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綺麗事だって

 まさか逃げられはしないだろうが、会えずじまいであったこともあったから、急いでギアピーネのもとに駆けていく。多分不安がなくなったことで俺は素で笑っていたと思う。

「全く……アーリンかヨクスは? 置いてかれたわけじゃないよね」

「いや、そのだな。不慮の事故で転移できてしまって……」

「えっ、まさか1人でここまで?」

「そう。けど来ることはできても出られなくなってしまって……」

「……そっか」

 ひとまず俺の事情は説明した。もちろんこれで帰れるようにはなったが、気になることがある。

「ギアピーネは今日は俺のとこに来るつもりだったのか?」

「あ……ああ……」

「ど、どうした?」

 ギアピーネは俺の質問に頭を抱えてうずくまった。これほどに動揺するというのは何か怪しい。

「……あ! そうだ、この前のことまだ謝ってなかったんだ。本当に悪かった。俺も配慮が足りず……」

「言わないで! もうその事はいいから!」

 両手を突き出してストップをかけてきた。詫びたいが本人がこうだと俺はもう黙るしかない。そして何かの覚悟を決めたのかすくっと立ち上がる。

「こほん。とりあえず人間界まで連れていく。ほら、来て」

「……嫌なら仕方ないけど、それと俺の部屋の修理の話は別だからな。とにかくここで会ったのなら一緒に来てくれよ」

 ギアピーネは多分俺を帰しさえすれば逃げ出してしまうつもりだろう。ギアピーネは嘘をついたり隠し事をするときは俺から目を背ける。

「……なんで今日に限っているんだよ。あーあ」

 ギアピーネは耳の辺りの髪をくるくるといじる。

「昨日も一昨日も、あの日からずっと私ここに通ってたんだ。理由は……うん。クラッキーの思ってる通りだよ」

 俺のところに来ることか、と尋ねるとこくりと頷く。

「けどここにいる間にヨクスかアーリンでも来たらおとなしく譲るつもりだった。で、それを待ってたらいつまでもそこから降りられなくて……うん。ただの引き返す言い訳だ」

「迷ってたのか」

「神だっていわれてても窮屈だよ。ただ会いたいだけでも、会いに来てほしくてもクラッキー何かが起きない限り、こっちから動かなくちゃあいけないんだからさ」

 俺のように待つ以外に選択肢の無い立場と同様に、その手次第で行く末を変えられる選択肢のある強者にはそれ故の苦しみがあった。

「私の中のもう1人の私を拒絶し続けて、それに、クラッキーを我がままに神にはしないなんてずっと否定し続けてたけど、全部間違ってた。今やっと、正しくこの胸が動いてるみたい」

 初めて見せたギアピーネの笑顔は、悪いつきものが取れ、それを不名誉なものとして笑った顔であった。

「クラッキー。ずっと好きだったよ」

 ギアピーネは優しく俺の手を取る。俺はヨクスの言っていたことが頭をよぎった。

『3人とも弱ってて』

 愛する思いを持っているなら当然、そうでなくとも、目の前で震える誰かには手を差しのべるべきだ。幸いここは人間の世界ではない、倫理も道徳も正義も定められていない場。俺とギアピーネが今だけ正しいと思うことをする。

「少し話そう」

 無機質な天上の星、2人でその縁に腰を下ろした。しばらく落ち着くまで待ったが、ギアピーネが豹変することはない。

「私、もうすぐずっと遠くに行くんだ。だから、最後にクラッキーにだけは本当の気持ちを言っておきたかった」

「遠くに、って今よりもなのか」

「クラッキーが神としてのクラッキーになっても、会えはしない」

「どうしても仕方の無い事情なのか」

「うん。例え私と契約をしたって離れることになる。だから、私に関わったって何の意味も無いよ。もう会うことはないだろうから、さ」

「……損得で付き合う誰かを決めてるのかよ。ギアピーネは」

 昔から、奥手などと慎ましい言葉で着飾って、その実、単に自ら行動をしない俺にとっては話しかけてくれる、気にかけてくれる全ての存在が勿体無いものであった。その全ては優劣無く対等なもので、離れられたくないという怯えによるものだったが、尽くすことは苦痛ではなかった。

 ギアピーネ、ヨクス、アーリン。3人も例に漏れず大層な存在であり、また特別、異性としてその利得を意識的に求めないようにした。初めにヨクスに迫られたときも、いくら妄想が膨らもうと、俺なんか、と結果的には諦めることにしていた。ありのままの姿を見なくとも、目に見えるだけの距離のままでいてほしかった。運命の少女のことがあったとしてもそうしていた。

「そんなの、わざわざ労力を割くんだから、私なんて……」

「特別な仲じゃあなくたって、俺達なら友達にだって……」

「うるさい……うるさい! 綺麗事言わないでよ……何したって、全部消えるんだ……」

 消える。消えるってなんだ。

「来て」

 静かに怒るギアピーネは俺の腕を強く引く。どうやら強制的に俺を地上へ帰すようだ。もちろん俺は抵抗する。

 ごっ。

 しかし、ギアピーネの蹴りが脇腹に入る。蹴り慣れているな、とだけしか考えが追い付かず、よろよろとなんとか歩ける状態で引き摺られ、光の穴を通じて地上に降りるときには体から落ちてしまった。

「ギア……ピーネ……」

「クラッキー。ついてこない方がいいよ。もう帰れなくなっても助けられないから」

 残された俺は、光とともに消える小さな背中をなにもできずに見るしかなかった。

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