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会いたい

 ああもしてしまったというのに、近い内に会いに来るなんて言うから俺は信じて待ち続けた。

 講義が終わったら真っ直ぐに帰宅して、古いアパートだったからいつもどこからかしていた物音にいちいち振り回された。

 休みの日も早起きをした。俺にとっては日常生活の根幹であった大学に行く必要は無く、何をするにも断る理由も用事も無かった。

 しかし、いずれ胸に寄せたのは誰も訪れなくなった休日の思ってもいなかった虚しさと心身を弱らせていく冷たさであった。

 まだ一週間ならまだドラマの延期みたいなものだ。別に取り立てて騒ぐこともない。そうやって俺は冗談めかして、今が最悪でないと言い聞かせる。

 それからもまた平日は普段通り大学に通ったが、結局誰も訪れずに週末になる。俺は思い立ってウサギヤマのなんたらに行ってみることにした。いち早く迎えに行くためにだ。

「ここならきっと入れ違いにもならないはずだろ」

 先週は成果というべきか、約束を果たせなかったからここに来る可能性は高くない。信じて待ち続けたのも、転生者とはいえ人と神の間のそれらを隔てる確かな壁があって、そうするしかなかったからだ。

 神じゃあないから神の雰囲気も感じ取れない。もちろん分かったとしても、高性能な計器にはならないが。

 しかし、もし神の雰囲気を知ったとしてそれで今までの見方が変わったりするものなのか。ヨクスの未だ緊張する浮世離れした美しさも少しは馴染むのか。逆にアーリンやギアピーネに、見た目に反した荘厳さらしきものが表れて萎縮してしまうのか。

「……来やしない」

 飽きるほど監視を続けた社は超常現象の兆しもなく、俺はまだ女神達のことを考えた。

 あの社、もといなんたらを使って恥ずかしかったが女神に両手を引かれ、あんな天上の星に行く未知の経験をした。けどそういえば、あれは人間が使ってもいいものなのか聞いていなかった。そもそも人間の世界のあちこちにあるものだからそう易々と使用できたらいけないものだろうか。

 ここから一枚光の層があって、あの世界の狭間のどこかにいつかは誰かが来る。そんな光景を想像したところ、何者かが強烈な閃光を浴びせてきた。いや、違う。これは日にちを空けて感覚が鈍っていたが、確かにこれは転移の時の感覚───


「あー……」

 頭の中で思っていただけなのに真のこととなってしまった。薄暗い空が真上にある光景。人間界からここに来るときは雪の結晶型の枝の先に立つこととなり、ここから発つときは中心の降りる用か、昇る用の光の門に行くしかない。それに初めは気がつかず、しばらくは無意識に振り返ってぼやりとした声を漏らしていた。

 取り扱いのための説明書きなどありはしなかったが勝手はさっきまでの転移と一緒だろう。戻れることも確かめておきたい。

 ウサギヤマのなんたらはあの巨大な岩があったから目印にはちょうどよかった。よし、完璧だ、とイメージを固めて人間界行きの穴に飛び込んでみたところ、俺の体は光に包まれ……なかった。池に張った氷のようにその場で立ち尽くしてしまったのだ。

「まさかね……」

 氷ならば割れてくれ、とその場で体重を乗せて跳ねてみる。だが、だん、だん、と虚しく消え失せていく足音は嫌な汗を滲ませる。

「帰れないじゃん……」


「誰かー。来てくれー」

 街中でそんなことを喚いていたら、少なからず注目はされて恥ずかしい思いをするだろう。だが今は緊急事態だ。それに、できるならそういう思いをしたい、という回りくどい願いを込める。

 俺はなんとか解決策を探ってはみた。この遥か上空の星から、例えば降りてみるのはどうかと。

 眼下に広がっている既に懐かしい新緑の大地と白い雲。青い海に、電子回路の部品のように小さくなったどこかの町。ここには柵が無かったのでその気になれば落ちてしまう。試しに唾なんか吐いてみたらやはり感知できるほど近くには落下した感覚は無い。

「このままどうなるんだろうか……このままだと本当に頼りはあの3人しかいない。ああ全く、半端にしかこういうことができない俺のせいなのは認めるさ」

 ここに来られたのはきっと俺がただの人間ではないからだ。ただ、なんたらの使い方を知ったからだけであろうか。この身に起きた変化などあったかと考えたが、時々頭をよぎり始めた俺の前世らしき運命の少女の夢、あとそれらしきことは……前にあの女神達の力かなにかが充満していた部屋で気を失ってしまったとかか。

 どれも琥珀の目の女神がどこにでもつきまとう。実はあの内の誰かが運命の少女の正体か。けどそんなはずはない。あの子は唯一無二の魅力があった、はず。

 くそ。ヨクス達だってあの子の事を知っているはずない。本当に何もできないんだな俺は。


「そんなことないよ。クラッキーは私のできないことを簡単にできちゃうんだから」


 俺の頭の中に、励ます声がかかる。途端にあの子が浮かんだのには、きっかけとなりうる女神がそばにいたためであった。

「……ギアピーネ!」

「えっ、え、クラッキー、なんでここに……」

 祈りを続けた結果、待ち望んだ女神はいつもにましてありがたく、可憐に見えた。

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