馬鹿な男
「いただきます」
ベッドから立ち上がって、配膳された通り俺はベッドから一番近い角でヨクスを右に、真向かいにはアーリン、俺から見てその右にギアピーネとした形の4人で食卓を囲む。
ヨクスが持ち込んだとは言え、立派な野菜がたっぷりと入っている洋風スープ。ベーコンなど肉は入っていなかったが歯触りのいいニンジン、よく味の染みたキャベツ、ぷちぷちとした豆の食感がするえんどう豆。スープと侮っていたが罪悪感の無い、腹を満たす幸福感が得られる。
それから食卓には肉はやはり出てこなかったが、卵をこれでもかと存分に使った料理を、どれも余すことなく味わった。
「ごちそーさま」
「……ごちそうさま」
ハキハキと、またぽつりとアーリン達の食後の挨拶がされた。いたって普通のことではあるが、やはり俺だけ3人の関係に疎外感を受ける。
「片付けますからそれぞれ台所まで持ってきてください」
一足先に台所に立ったヨクスはてきぱきと指示を出す。
「狭いから先に行っててくれ」
今だ。ここしかない。ここを逃すわけにはいかない。
アーリンが一人立ち上がって、割れ物である食器に少なからず注意は払っていて隙がある。
あのスカートの短さだ。ごく自然な感じで寝そべってみれば一発で覗ける。そうしてあの紺色の縞パンツが確かめられればあの事が夢でないと本当に裏付けられる。
しかしまだ障害がある。ギアピーネが厄介だな。いや、ギアピーネなら。
「ん。よいしょっと」
時間が惜しい俺はギアピーネの隣に特に意識などせずに座る。少し肩を寄せ過ぎて拳3つ4つ分ぐらい離された。どうせ話しかけてもろくに取り持ってはもらえないだろうし、このままこうして他所へ追いやる。
これだけ密着されて困るのはギアピーネの方である。互いにあいつに出てきてほしくはないが、なんとかギアピーネに、別人格を出さないように俺から逃げる、という行動をとらせたかった。
「なに? さっきから」
今朝まではやめろやめろと顔も見せなかったのに、今は過剰な拒否がなく、執拗に構う俺に緊張することなくぐいいと肘で押し退けてくる。なかなか強情だな。
最悪、目当てのパンツさえ見られれば後ろ指指されようと強行手段に出るつもりだ。幸い台所ではまだ何か話しながらこっちの目論見には勘づいていない。
「クラッキーてば、さっきからなんなのさ。ヨクスのこともだけど、変なこと考えてないよね」
今は純粋にアーリンのパンツの柄を確かめようなどとやましいことを考えている。だが、必須であるのだ。ヨクスやギアピーネには逆に、見るより見られているかという、その目が気になっている。
「別に。なんでもないけど」
ギアピーネもカリカリしていたし、俺にも心に余裕は無かった。
「そういやなんでクラッキーなんて呼ぶんだ?」
「……気のせい。ほら、倉木と似てるから、空耳」
「なんか怒ってる?」
「そんなことない。別にいつもの通りだよ。そっちこそなんでくっついてきてるのさ」
「……嫌か?」
ギアピーネの横顔を脇に見た時、見た目というのは本当にその人物を表し、その心情をもよく映すものだと再認する。
立てた片ひざを弱く抱え、美しい琥珀の目は嫉妬に燃えたり、じゃれついていた時に少しだけ取り乱したり、内に潜む別の少女によって歪ながらも自分の望みを満足していたり、普段から俺の一挙手一投足を忙しく追っていたりしていた時の輝きは無かった。
ごめん。運命の少女。君のことが好きで堪らないのは本当だ。
余所見をされるのは嫌いだって、また言わせる。
けど目の前の女神を、彼女が信じて遂行してきたことが報われずにいるなんてあったらいけないんだ。
まだ女の子のことは、いや今後一切も満点がとれるほど理解できやしないから、だから俺は、勝手に惚れられたって勘違いしてる馬鹿な男になる。
「ギアピーネ。話してほしい。何を、どう思っているのか。俺のことなんだろう?」
「は、はなしてよ!」
こういう時は手を添えてみるものだとこの人生の中で刷り込まれていた。しかし、ギアピーネに振り払われ、拒否をされた。
「やめて。やめて……よ」
「っつ……ギアピーネ!」
初めて見たそれは、俺の男としての本能、自らの自尊心を保ち、安心をするために弱っている誰かを救う、天上の者の気分にさせる。
だが、極めて利己的な気持ちだ。ただ利用をしているに過ぎない。最低だ。
俺をいい気分にさせてくれるからだったんだ。そのギアピーネの一筋の涙が落ちた、弱った表情が魅力的であったのは。
「はなして……私はもう帰るから……」
たまらず握った手首は幼くて細かった。俺の忌むべき気分では男ながら力任せに動くようにはならず、泥のような重いだけの俺の手はさっさと放られる。
「あら、ギアピーネ……えっと、ごめんなさい、アーリンお願い」
両手が塞がっていたヨクスは反応も遅れていてもたついた後、アーリンを部屋を後にするギアピーネのフォローに向かわせる。
「ま、待ってくれ。アーリン」
「い、いや! ……私も今は駄目だから」
吠えたアーリンには指一本も触れられず、黙ってその背中を見るしかなかった。
そして玄関で少し屈んで靴を履くとき、見えたのは紺色の縞のパンツであった。




