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事件発生

「……ギアピーネ」

 やはり本心ではなさそうだ。余計に疑われないために、下手に小細工をしないよう、まばたきや指を動かしたりなんなりのサインを一切しない。たった一人でその責務を背負っている。

「─倉木は─、それで─私は─好きだと──」

「……やめろ、ギアピーネ」

 疑わせる間もないよう、途切れず長々としゃべっていたがぐらぐらと揺れる俺の頭に入ってこなかった。

 我慢できず、俺は肩に手を置いてギアピーネを止める。

 偽造の契約をしてヨクスとアーリンに諦めをつけさせ、その後でギアピーネも身を引く、という考えのようだった。他の誰かを騙すなんてできなかったし、何よりギアピーネには自分を傷つけることはしてほしくなかった。

「皆、改めて話を……ぐ、げほっげほっ」

 息苦しい。気分が悪い。例えとかそういう話ではなく、この空間に確かに何かが充満しているようだ。

「クラッキー。外の空気を吸ってきてはいかがですか?」

 唐突に換気でもしたいなんて言いづらかったが、ヨクスがそう提案をしてくれた。

「ごほっ、ううんっ、ああ、そうさせてもらうよ」

「そのまま3時間ほど席を外していただけませんか?」

「……へ?」

 何故か離席を求められるが、はいそうですかとはならないし、それにここからまたギアピーネだけでは話が進むはずがない。

「どうしたんだよ急に。ちょっと咳き込んだだけだって。それに、ここ俺の部屋だし」

「クラッキーは聞かなくてもいい、3人だけで話したいことがあるのです」

「いや、だから……」

「クラッキー」

 アーリンに呼ばれたかと思うと、鞄から出した財布と俺の貸していたパーカーをパスしてくる。部屋着であったが、これだけは着ておけばいいだろう、とのことだ。

「あのー……」

 出ていくか出ていかないかではなく、今すぐ出るかもう少し支度をしてから出るかを決断させられている。ヨクスとアーリンは結託していて、もうどうにもできない。せめてギアピーネは。

「ごめん。しばらく時間潰してて」


 午後2時を過ぎていて、ひとまず腹ごしらえをするために適当な飲食店に行って、本屋に寄ったり、駅前の屋台でつまめるものを食べたりして、最後には結局自分のアパートが見える公園でぼうっと池の鯉を眺めていた。

「そろそろいいよな。家の中をこれ以上壊してないかが気がかりなんだが……」

 いくら少女と言ったって硬いものさえあればガラスは割れるし、壁もへこむ。幸い、パトカーも救急車も家には来ておらず、容易に大規模な影響を与えられる神器は使われていないようだ。さっきの綱引きもギアピーネがステルスの機能を発揮していたから目立たなかったが。

「ん? ああ、ドア直したからか」

 鍵を開けてドアノブを捻るが、かくんと不審な感触があった。だが構え過ぎていただけのようで、問題は無かった。

「おーい、帰ってきたんけど……」

 部屋の奥に呼びかけてみるが返事はない。返事もできないほど重い雰囲気なのか。だとしたら最悪のタイミングだ。

「入るぞー」

 ここまできて退けるか。部屋も心配だし、俺も流石にゆっくり落ち着きたい。

「…ヨクス? おーい、寝てるのか?」

 夕暮れ時であったのに照明をつけていなかったから部屋の様子がよくわからなかった。その中で唯一、白い服であったヨクスの横たわっていたのを発見した。

 こっちを締め出しておいて勝手に待ちくたびれてしまったのかと思って、どうにか文句の一つでも言ってみようとしたがそれどころではなかった。

「あれ……ヨクスじゃなくてアーリン? でも服は……」

 金髪ではなく、アーリンの赤い髪が寝返りと共に揺れる。

 顔を近づけてみたが紛れもないアーリンの顔だ。しかしヨクスの服を着ている。もしやアーリンの持っているよく似た別の服かもしれなかったが、胸のところが窮屈そうにピチピチと張っている。これはサイズが合っていない。

 なぜこんな格好なのか。そもそも気を失っているのはなぜなのかさっぱりわからない。

「他の二人は……あ!?」

 次に目に飛び込んできたのはうつ伏せに倒れていたヨクス。もちろん倒れていたのは心配であったが、またしても、他人の服を纏った状態。つまりはギアピーネのノースリーブに短パンを着ている。

「よりによってギアピーネの服か……」

 ヨクスとギアピーネでは身長差がかなりあったから、仮に交換したとして、似合う似合わないではなく、そもそも着られるはずが無かった。

 ピチピチ、パツパツと聞こえてきそうなほど目の前の短パンには柔らかな尻肉が詰まっていた。意外だったが、圧迫されていなくともヨクスのその尻は真のものであった。

 下着とも見られるあまりにも小さな布は抵抗むなしくそのたわわなものをこぼれさせて、タイトな裾の部分はまるで風船を握った手のようによく食い込んでいる。そして風船とは言ったが決して張りのあるものではなく、本来の脂肪の塊らしく自らの重さで力無く平たくなっている。

「はっ! 駄目だ、こんなことをしてる場合じゃあない。残り、ギアピーネを……」

 未だに何が起こっていたのかわからなかったが、アーリンもヨクスも服が入れ替わっていることだけは確かだ。となるとギアピーネも。

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