逃走
「仕方ないか……あの様子だといずれボロが出てただろうし、『空を裂く重翼』」
「やる気か? ならこっちも! 『強靭な心と……」
「遅い」
ギアピーネの両腕に装着された漆黒の筒から爆風が噴射される。
「きゃあっ」
人である俺も、神であろうとも部屋中のあらゆる物を吹き飛ばす。アーリンはなんとか中腰で耐えられるが、ヨクスは悲鳴をあげて壁にしがみつく。
「ヨクス! 伏せてた方が安全だ!」
体勢を崩してどこかにぶつけたりしないように四つん這いになって、ヨクスにもそうするように声をかける。
「逃がすかよっ!」
「ちっ。捕まるわけにいくか」
小さなギアピーネの体には不釣り合いであった巨大な筒は流れるような動きで背中に回り、続いて鋭い刃、ではなく黒く光る戦闘機らしきものの翼が展開される。先程の筒はどうやら噴射器だっようだ。
部屋が揺れるほどの轟音を立ててギアピーネが姿を消した。目も耳も塞いでいたが、玄関でなにかが壊れる音がしたのがわかった。
「『強靭な心と肉体を与える』」
「今度はなんだ!?」
棒状のものを振るったときのぶおん、という音が間近に聞こえた。ヨクスはしゃがんで動けずにいる。ならアーリンは。
「ちょっと背中借りる!」
声のする方へ自然と目を向けるが、振り向いている間も声の主は動き続けていて、背中にぐっと押されたような感触がしたかと思うと、アーリンは筆でゆっくりとなぞったような軌道上を飛ぶように通り抜けた。
がりり。
「ああ、ちょっと!」
アーリンの手には神器らしい、空色の金属の剣が握られていた。そして狭い部屋の中で持ち歩くだけでも危険なのに、飛び回るものだから俺の部屋はドア破壊に加え、壁に一文字の傷と、ボロボロになる。
「っと、ヨクス、大丈夫か?」
「はい、なんとか。それよりも、後できちんと事情は聞きますからね」
一瞬嫌な顔をしてしまったが、俺に全く非が無い訳ではないのではっきりと返事をしてアーリン達の様子を見に行った。
「……飛び出したはいいが、倉木を残してきてしまった。……迷っている場合ではないか。今は退いた方が……」
「捕らえろ、『決闘の掟』!」
数秒間の思考が無ければまだ結果は変わっていたかもしれないが、アーリンの発動した鎖の神器により、ギアピーネとアーリン、互いの左腕は繋ぎ合わされた。
「しまった、神器か。くっ、『銀の切断』!」
右手に装着した神器、高速回転する円盤状の刃で切断を試みるが寒気のするような高音が響くだけである。
「どっちかが折れるまでこれは解けねえ!」
「なら振り落とすだけだ……」
上空のギアピーネは、神器の出力を上げているようでジェットの音はさらに大きくなっていく。
「うおらあー!」
アーリンは剣の神器を地に突き立て、空いた両手で逃げ出そうとするギアピーネを力一杯に引っ張る。気迫のある叫び声と苦しそうな表情から、ギアピーネを逃がしてはいないものの必ずしも優勢ではないらしい。
「しつこいな……」
より高く、上空へ向かっていたギアピーネは進行方向を変えて円を描くように飛び始め、ぐるぐると前後左右にアーリンを揺さぶる。
「こんの……やばい、けど、まだだ!」
しぶとく粘り続けるアーリン。よく見てみると突き立てた神器から薄い光の帯が出ていて、その小さな光の粒が体に触れると花火のように弾け、柔らかく広がっている。
「あの光……きりがつかなさそうだな。このままだと」
「おーい! なにやってんだ、降りてこーい!」
存在が明らかになった今、ギアピーネだけが逃げ出したところで顔も割れていて、俺も二人に問い詰められてしまえば名前も明かさざるをえないだろう。
「クラッキー、もっと声張れよ声!」
「やってるよ! ただあいつがな……」
俺がきっとなにか言っているのはわかっているはずで、それでもなおジェットの出力を上げていた。
「わざとかよあいつは……アーリン、これ以上はなにかできないのか?」
「片手でも空いてたらそりゃなんでもするさ。けどー、うぐぐ……」
ギアピーネを引き留めるのはアーリンにしかできず、なんとか俺かヨクスがどうにかするしかない。
「攻撃……いえ、私にはそのような強力な神器は。ただ……」
後は俺だけか。耳が駄目なら次は目だ。なにか気を引けるものは。
「むりぃ……ん。曇ってきた?」
ヨクスの天候を操る神器によって曇った薄暗い空模様になる。すかさず懐中電灯を点滅させて注目させる。手に持っていたものも振って。
「なんだ? ……! あれ、は……」
そんなに遠投には自信が無い。それがむしろ助かるか。
俺は手に持っていた歯ブラシを真上に放り投げた。
「こい、こい……」
「おお、上手く誘導したんだな!?」
ギアピーネが高度を下げたことによって鎖がたわむ。好機とばかりに神器を手に握る。
「アーリン、そのまま放せ!」
「え、でも……」
「俺を信じてくれ!」
落下する歯ブラシを掴むため、猛突進したギアピーネは拘束が緩んでいたり、戦闘をするタイプでないヨクスしか残っていないことをよく考えてみて、勢いそのまま飛び去ろうとしていた。
「『天地を繋ぐ蔦』」
ヨクスの意思によって空へ伸びる逞しい腕の筋肉の繊維のような、細い蔦の束。飛んできたギアピーネのクッションにもなったが、蠢き、伸び続けるそれはもがけばもがくほどより絡まっていく。
「そこまでだ。これ以上は暴れんな」
ギアピーネは観念して力無く俯いた。




