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無心に努める

 今思えばそうさせるつもりで、ゆっくりとその手を伸ばしていたのだと気づいた。

「それだけはダメだ!」

 緊急事態であったため、怪我など考えずに咄嗟に手を伸ばした。なんとか間に合ったと思ったのもほんの少しの間だけで、アーリンは背中に回していた腕を素早く返していて、力の入りやすい肩の前で拳を握っていた。

 アーリンはこうなるとわかっていて腕を掴ませていた。それからまたそれを利用して上手く体を転がされ、今度は俺がアーリンの股に挟まれ、覆い被さった状態となった。

「お、おい、これは……」

 腰の後ろで足の先を組まれ、力を入れられず身動きがとれない。互いの息づかいが聞こえてしまう近さだ。

「アーリン、ホントにダメだ。放してくれ」

 しかし話など通じず、おもむろにビキニのブラに指を這わせて、捲り上げようとする。

「いや、だから!」

 アーリンの両腕を掴んで、なおも抵抗をするから体重をかけて地面に押しつける。俺はアーリンの腕を押さえて、アーリンは俺の腰を掴んで放さない、おかしな状況だ。

「やっと……やっとクラッキーの方からきてくれた」

 確かに俺が上にはなっているがこういうことじゃあないはずだろ。

「クラッキー。なんでもしていいよ。そしたら放してあげる」

「していいだの、放してやるだのややこしいな……ほら、女の子が行儀悪いぞ」

 大股を開いたアーリンに小言を言ってみる。偉そうに説教する気は無く、照れ隠しで、かつ挑発をするためだ。

「平気だよ。『だんなさま』だから」

 小さな子には、お父さんと結婚する、なんて言い出す可愛らしい時期があるらしい。子供ながらのまず叶うことの無い、その無謀さについ笑いを誘うが、体はすでに大人のアーリンは別だ。

 例にあげた子供と違って、もう男と女が同じものではないと知っている。血のつながりを越える、異性への愛情だ。もしかしたら、があり得てしまう。

 しかし、自分で旦那様などと言っておいて、逆に意識をして俺の顔を直視できず、恥じらいを見せている。

「痛いのだけは無しだよ……?」


 アーリンの言葉に耳は向けるな、俺。


 適当に済ませればいい。なんだったらヨクスと同じでいいんだ。

 どうだ。両手を空けられるか。自然とゆっくりと放してみれば。

「あ……手、手……」

 自由になった手をハイタッチするように伸ばしてくる。そうか。指を組ませるだけでいいんだな。それなら容易いことだ。片手だけでなく、促されるままに両手とも指を組んでやった。が、違ったようだ。

 全然放してくれない。そして、聞かずともその顔はさらに期待を高め、上気しているだけだ。

 で、何をする。両手が塞がっているのに。

 顔か。いや、こんな汗塗れの顔で迫れるわけない。よく見ればアーリンだって海水ではない、しっとりと汗に濡れている。

 ああ暑い。喉も乾く。意識は口元に向かう。自由に空いているのはこの口だけだ。愛の言葉は呟かないが褒めることならできる。

「……力、強いんだな。全然動けないや……」

「む……嫌だった?」

「いやその、肩幅とか小さいのに、手とかも。なんかすごいなって」

 失敗した。何やってるんだ俺は。

 女の子の褒め方、なに、かわいいでいいのか。いつもと髪型だって、格好だって違う。それを取り上げれば。

「かっ……」

 やめろ。本心じゃない。


「『クラッキー』」


 まずい、またこんな時に、なんで君の姿が浮かぶんだ。


「『好きだよ、クラッキー。……よそ見はしないでほしいな』」


 オレの唇は甘い口づけを求めていた。

 よそ見なんてしない。そう頭の中では思っていたのに、アーリンの琥珀の目に君が重なる。

 だめだ、だめだ、だめだ。

「うえっ。汗垂れてきてるぞ」

 オレの鼻先からアーリンの額に一つ汗が落ちた。小さく驚いた後、そのくすぐったさにふるふると顔を揺らす。

 オレの体は今、どうかなってる。全身熱を帯びてて、頭がふらふらして、心臓も強く速く跳ねている。

「ごめん……」

 オレの意識はそこで途切れた。


「……うう」

「クラッキー!? 気がついたか、大丈夫だよ……な?」

 体が重い。体のそこかしこに冷えた濡れタオルが乗せられていたからだった。横になっていた俺の左に動揺を隠せていないアーリンの顔を確かに見て、右にはじろじろと体調をうかがうヨクスがいる。

「気がついてよかったです。汗だくのクラッキーが抱えられてきた時は何事かと思いましたが、慣れていない暑さに参ってしまったみたいですね」

「あ……俺倒れてたのか。あーだるい……」

 すっかり記憶が抜け落ちている。まだ意識がはっきりしてたのは、アーリンと指を組んだところだったっけか。そこで倒れたから結果的に逃げることができた、か。

「……クラッキー、ごめんなさい」

 小さく呟いたアーリンは小さく小さく縮こまる。自分の行動にも責任があるのでは、と感じているようだ。

「いいよ。俺が貧弱すぎたのがそもそもの原因だからな」

「クラッキー……ありがとう。じゃあ今度こそー、おっと」


「続き。しような?」


 堂々とヨクスの前で耳打ちをするなよ。

 それから俺が動けないことをいいことにヨクスはぴったりと顔を寄せて迫ってきて、アーリンは隙を見て自信の胸を揺らして挑発をしてきたり、どさくさに紛れて体のあちこちをなぞられたりした。

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