アーリンの秘めた企み
「も、もう無理だ……」
先にへばったのは俺で、手足を広げて天を仰いでいた。隣に座ったアーリンもまとめていた髪はびしょびしょに濡れていて、大胆にあぐらをかいている。
「やっぱ楽しいな。海ってだけでまずアガるし、クラッキーもいい逃げっぷりだったし。なんだろ、今ホントにまだウズウズしてる」
その気持ちは態度によく表れていて、まじまじと俺を見ているかと思えばどこか海の方を眺めてみたりなど落ち着きがない。
だめだよな。このままだと。
アーリンはめげず俺にアプローチをし続けている。ここではないが、いずれまた改めて契約を断らなくてはいけない。そのために俺からは何もしないようにと意識をしている。
何がそこまでそうさせる。他人を嫌いにさせるどうすればいい。
恋愛なんて、食べること寝ることに比べれば二の次。最悪必要でないものと考えるときもある。だから俺なら、あの少女に嫌いだと言われたら、潔く諦められる、はずだ。そうだ。その気になればこの頭の中の虚像だって消せる。
「クラッキー」
そうだった。女神が側にいるとよくその姿は明らかになるんだ。綺麗とか可憐だとかではない、オレの中、奥深くから湧く少女への想いがかき乱してくる。
「『そこのお二人。飲み物はどうだい?』」
アーリンでない、よく張った太い声がかかる。そのお陰ではっと集中が切れた。危ない。またあの少女と空目をして今度はアーリンに何かしらをしてしまうところだった。
「『安くしとくよ。冷たいドリンクだ』」
「『あー……ごめんね。おにいさん。今ホントにお金無い』」
「『あらら、そこの彼氏さんもかい?』」
「『彼氏……まだ彼氏じゃないってば。こっちもお金は無いんだ』」
「『はっはっは。まだ、か。いやー、アツいねぇ。邪魔をしちゃいけねえ』」
言葉の通じない俺は進む会話から置いていかれ、何かと思っているうちにクーラーボックスを抱えた男は去っていく。
「……なんだったって?」
会話が気になったのでアーリンに聞いてみる。
「セールスだよセールス。でもお金無いしー。はぁ」
残念そうにため息をつきながら足を投げ出してばたつかせた。確かに海に来てただ泳ぐだけというのもあまり無い。
どうする。嗜好品というわけでなく、この灼熱の砂浜では水分は俺にとって死活問題だった。適当な理由はつけなければいけないにしても、一応調達は可能だ。この雰囲気だと、ここが一番のチャンスなのではないのか。
「悪い。トイレに行く。動かないでいてくれ」
すぐに戻るつもり、戻らなくてはと考えながらさっきの男の後を追った。
「なんだろ、やっぱ英語なら通じるか。えーと……」
「アーリン。ほら」
「え? ええ、どうしたんだこれ?」
俺はアーリンの分まで瓶詰めのジュースを買ってきた。アーリンのためでなく、仕方なくこうせざるを得なかった。
買う前にさんざん迷った。俺だけが買うのはなんとも気まずいし、かと言ってアーリンの分を買えばそこに何かしらの、望まぬ進展があるかもしれない。
俺は即決ではないが後者を選んだ。アーリンのことは好きでも嫌いでもない。そこに私的な感情はなく、ここまで連れてきてくれたことへの感謝とした。
「元々持ってた金を面白がってくれてな。取り合ってくれたんだよ」
もちろん嘘である。ギアピーネから渡されたもので無事に支払いは済み、たっぷりと出た小銭は固い箱の中でじゃらじゃらと重厚な音をたてた。このままではいずれバレてしまうため、苦し紛れに箱の中いっぱいに砂を詰め込んだ。
「……またヨクス?」
「あ、ヨクスから借りたってことか? いやいや、これはホントに、ヨクスのじゃあないって」
これも嘘ではないが真実でもない。
「ありがと」
アーリンは短くお礼を言ってくれたかと思うと、少ししょげた顔になる。
「誰にだってこうしたんだろうな」
心が痛くなるが、俺の意図した通りのことだ。アーリンのその呟きはなぜかよく聞こえて、それを口に出してしまったというのは、きっと終わりに一つ近づいたはずだ。
「ね。私も話がしたい。ついてきて」
正直足がしんどくなるほど歩いた。その間は互いに沈黙し、日が傾いてくるのがよく感じられた。そして人気の無い岩場に到着する。
「クラッキーの……ばか」
俺はアーリンの2、3メートル後ろについていたが、立ち止まったアーリンは振り返って、その距離をあっという間に詰める。そのまま首か肩かを掴まれて引き倒された。
「クラッキーのばか!」
「うぐっ!」
仰向けの俺にアーリンが馬乗りになる。痛くて苦しかったが、段々と他の危機を予感していく。
「どうしてヨクスにあんなことした。どうしてヨクスにだけ……」
「な、なんのことだ!?」
思わず叫ぶように言葉を返し、なんとか、せめてうつ伏せにさせてもらおうと体を右へ左へともがかせる。
「あんなに顔を寄せて……クラッキーから」
「あれは……事故なんだ、俺もわからなくて、つい……」
「ヨクスが特別なんだ……私にはしないことだって、クラッキーの方から!」
悲鳴に近い声で気持ちを吐き出したアーリンは、背中の水着の紐に手をかける。




