よく食べるヨクス
「いえ、どうぞ」
興味津々に見えたのは俺の勘違いだったか、ヨクスは丁重に断った。
「いやー、すげえ甘いんだよ。食べられないことは無いけどさ。一口ぐらい」
なぜヨクスは何も口にしないのか。
あーんによって食べ物を食べさせて、距離を縮める機会を伺っているのかと考えたが、俺の様子を見ているだけで満足のようである。ならこっちから仕掛けてみる。
あれだけ挑戦してきたあーんをこちらから差し出す。これならいい餌だろう。
「んー……」
やはり。肯定でも否定でもない曖昧な返事をした後、唇を薄く開いて緊張したように軽く舌で湿らせる。
葛藤に迷う顔でもあった。どれとどれだろう。
俺の奉仕は考えずともプラスだ。自惚れであろうとは考えたが単純に仮定した結果である。
後はやはりこの菓子のこと。というより、食べ物だと広げてみよう。葛藤は確かプラスとマイナス、プラスかプラス、マイナスとマイナスの選択肢を選ぶ時の問題だった。
プラスはひとまず設定した。ならこれを食べることはマイナスか。俺のごく一般的な味覚からして甘さが過ぎるだけで、十分美味しい。俺の様子を見ていたから予想はついているはず。プラスなら、この場合、AかBから1つ、ではなくAとBの2つを取るか取らないか、の選択であるから迷うことなどない。
だが、懸念すべき要素として、これまでの道中の一切の断食がある。好みであるとかではなく、何が出されようと、いいえ、と答えている。俺の手にあるこれも。
菓子云々もとい、食べるということがマイナスだとすれば葛藤は理解できる。食べることでの不利益とは。
まさかな。神様だぞ。食事の機会も人に比べて少ないらしいし。
よし。そもそも俺の奉仕がマイナスだったとしておけばいいな。この方が納得がいく。
「一口……一口だけ頂いてもいいですか」
頬を赤らめて恥じらいながら菓子を要求する。その言い方からして、食べさせてくれ、ではないところ、菓子の方に重きを置いた要求に聞こえる。
「どれがいいか?」
砂糖はたっぷりとかかってはいるが多少の差はある。俺がよほどその気にならない限り手をつけないであろう、小さな山のように盛られたものが一際目を引く。
「意外と大きいですね……か、貸していただけませんか? こぼしてはいけないので」
これは。本当に食べたかっただけか。ヨクスは俺から皿とプラスチックのフォークを受け取った。そして、ヨクスがこうしたのはこぼすからというよりも他の理由があった。
「見ないでくださいよ」
なんでも、口を大きく開けているところを見られたくないらしい。上品な振る舞いだ。
向こうを向いて隠れて菓子を口に運ぶ。提案の仕方はどうであれ、あのヨクスから進んで食事をしてくれるのは嬉しかった。
覗き見たりはしないが、ビキニの紐の結び目しかない背中は見てしまう。でも本当にこれが最後、これであれだけ目立ったことはチャラにする。
「どう? 食べ終わったか?」
もう1つの自らの手で食べることを望んだ理由。気にしていたのだろう。一番甘いであろうものを選んで食べていた。
よほどの甘党らしい。まああれを平気で食べるのはああだこうだといたずらに冷やかしたりはしないが、やや驚く。
「まだあるけど、どう?」
「うう……」
ヨクスはその旨味を知ってしまい、己に負ける寸前である。
「『そこのお嬢さん。海は解放感から食べ過ぎるけど、その代わり汗もかくから実際は差し引きゼロなんですぜ』」
「おっと……ヨクス、なんだって?」
ヨクスの良い食べっぷりを見て、店主がペラペラと話しかけてくる。全く意味がわからず、まさか途端に料金を請求されるのかと思って通訳してもらおうとした。
「『……本当ですか?』」
「『はぁい。さらに、作りたて熱々の方が消化されやすいんです』」
ヨクス、断ろうとしていないのか。話も聞かずキッパリ、ではなく、まるで吟味するようになにかを聞く。
「『なら……お1つ頂けますか』」
店主が厨房の方を振り返りてきぱきと調理を始める。急に注文の流れになった。
「冷やかしばかりでは申し訳ないですから、仕方なくですからね」
その料理を気に入ったのもあるだろうが、そうでなくとも何かしらの甘味を欲しただろう。
「はふっ、はふっ、冷めているのもまた違う美味しさですが、 出来立てはやっぱり美味しいです」
待っている間に既にもらったものは平らげていて、しつこい甘さによる飽きを危惧したがペースは全く落ちない。むしろ速くなる。
「……決してここだけではなくて、他だって、その申し訳ないですから回ってみましょう」
それからヨクスは、物価はどうか知らないが金銭の心配は無いようで、これまで見た店で特に甘いものをとことん食べ尽くしていった。
神様ってそりゃあ太るわけなんかないか。あれだけ控えてたのは謎だが。
「アーリン。お待たせ」
神と言えど何時間も泳ぎ続ける訳でなく、パラソルにシートを敷いて休んでいた。
「……おかえり」
やっぱり元気無いな。恋愛どうのこうのは抜きにしていち知り合いとして付き合わなくては。
「ちょっと待っててくれ。トイレ行く」
ヨクスを押しつけて、ひとまず俺も休憩する。




