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ヨクスのターン

「荷物、貸してください」

 まだまだ上機嫌のヨクスは俺の持っていた着替えのバッグを預かろうと申し出る。

「いやいや、いいよ。しばらくしてあっちが落ち着いたらロッカー探す」

「保管のことなら平気ですよ。これがあるので」

 またもや空中から取り出したのは銀色の板。陰陽師の使う札かと思う、細長く薄い物だ。それが一度だけ光ったかと思うとヨクスの左脇の空間に穴ができる。

 おかしなことだが本当にその通りで、大きめのポスターぐらいのそれは真横から見るとなんの変哲も無いのだが、覗き込んでみると夜のように暗い空間が広がっている。

「どうぞ。まだ余裕はありますから」

「何これ。ロッカー?」

「はい。神器以外はこうしてしまわなくてはいけないので。入り口は狭いですが結構大きいんですよ」

 操作していたあの板からしてヨクスの能力では無さそうだ。神器かどうかはわからないが便利なものがあるんだな。


「はー……つめてー」

 子供のように全身を投げ出してもよかったが、二人の前では大人しく沖の方へ歩いていく。くるぶしからじわじわと浸かっていき、勿体無かった気がしたが乾いていた水着の裾は遂に海水に濡れた。

「クラッキー、さっさと泳ごー。シャチあるぞ、シャチ」

 目一杯腕を伸ばしてアーリンは大きなシャチの浮き輪を掲げる。たぶんしまってあったものだな。

「ああ、わかった。で、ヨクスは何かあるか?」

 アーリンはヨクスに対抗している訳ではないが、何事も真っ直ぐ、即断即決であるために大変助かる。

 そしてヨクスは未だに緊張するときがある。一回契約を断ったときの見ているこっちが辛くなる、空元気の状態を知っているがその後はめっきり、体に触れてくるなどをしてこなくなった。かと思うと、何か俺がアーリンと親しくしていると駆けつけるように圧力をかけてくる。こうしてきちんと気にかけていると見せつけなくては。

「私はあまり体を動かすのは苦手で。もちろん海には行きますが、お店を見てみたいです」

 これはどうしたものか。考えてみれば今回はどちらが付き添いとかじゃなく、平等な立場でのお出かけか。

 俺が選ぶのか。どうする。時間で分けるのが得策か。それならまずどちらを選ぶかで悩む。

 アーリンを選んだとしてヨクスの言ってることから、一人で待ったりするか。ああ、またナンパされたりする可能性が高い。ならヨクスの方をまず。

「いーよ。ヨクスから付き合ってやりなよ」

 アーリンは渋々、という顔で身を引いた。

「どうせヨクスがナンパされないか心配なんでしょ? ふんだ。私はそんなにきれいじゃないからナンパなんてされないもん」

「あう……いやいや、まだ考えてみれば……」

「よし、行くぞシャチさん」

 引き留める間も無くすぐにアーリンの背中は小さくなっていった。

「すみません。悪者にする気は無かったのですが」

 アーリンとは馴れ合う気は無し、申し訳ないも、ざまあみろも感じてはいない、真の無関心であった。そのため、俺にだけフォローの言葉をかける。

「……いや、嫌われた方がいいかも……」


「『そこの美人さん、一口どうだい? 安くしとくよ』」

「『お土産にどうですかい? 今なら1つ、いや3つおまけしとくよ?』」

 まるで芸能人のようだ。少し覗いただけであってもそこの店主は上機嫌で試食を勧め、また別の店では指で数字を示して、たぶんセールストークをしているようだ。こんな光景がどこの店でも、ではなく男の店主のところだけ見られた。

「良かったら食べてください。あーん」

 ヨクスはアクセサリーなどは試しに着けてみたりして興味津々に見てたが、食べ物に関しては飲み物も一切口にせず俺に横流ししてくる。

 あーん。もとい、他人にものを食べさせられる行為は何が楽しいのかわからなかった。だから、いいよ、と遠慮してヨクスから手渡しで受け取る。少し視線を反らして、照れたように見せると素直に渡してくれた。俺がデレていないのは知っていたから、あちらとしては弄ばれてくれないのは面白くないようで、いい顔をするのは疲れるものだった。

 しかし、試食だけなら、と侮っていた。

 つるつる頭のよく肥えた店主がいる店を通りかかっただけなのに、代金が発生するほどであろう量のドーナツらしき砂糖まみれの商品を出してくる。そもそもそこの店主は誰であろうとこういうことをしているようで、ヨクスではなく真っ先に目に入った俺にそれを渡してきた。後で目にしたヨクスにはちゃっかり手を振っていた。

 例によってヨクスは食べない可能性が高かったので黙って一口。思っていたよりサクサクの食感が心地よい。

 二口目。甘い。美味しいけどまずいな。甘過ぎて既に飽きてきた。

 まだしばらくは歩くから時間をかければ食べられるかな。いざとなればアーリンにも分けてやろうか。

「……ヨクス?」

 一応ヨクスに勧めようと思って横目で様子を伺うと、大抵何かを食べている俺をにこにこと見ていたはずだが、その視線は俺の手の中の菓子に向いた熱烈なものである。

「食べるか?」

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