豊穣神降臨2
俺は今、ついさっき会ったばかりの自称女神に告白された。もちろんここから検討は始める。
「具体的にどこが好きだとかは?」
いーじゃん、よくわからないけど好きだから好きだよぉ、なんて頭の悪そうなことを言われたらまず笑うこともない。
「んーと……」
あれ、考え込んでしまった。なんか思わぬ形でボロが出たな。
「女神ですよ? 私達にはそういう『巡り合わせ』があるんですよ」
ここで女神パワーか。確かに俺は神のことを知らないが、そう言えばなんでも通じると思うなよ。
「女神様なら何が出来るんですか?」
ここで超常現象でも見せない限りその、神である、という証明はできない。見せられなければこっちの勝ちだ。
「いいですよ。豊穣神の力の及ぶ限りなら。何がいいでしょうかね」
あっさりと快諾されてしまった。しかもやる気満々ですくっと立ち上がる。
「あ、そう言えば、もう既にひとつ見せていましたね。さっきあったばかりの大雨が止んでいるでしょう?」
雨。さっきのにわか雨か。確かに窓の外からいつの間にか雨の音は聞こえなくなっていた。実際窓を開けてみても確かに止んでいる。
いやまだだ。正直あのにわか雨を止ませるのは時間さえあれば誰でもできる。
「私の神器は作物に応じて、輝く陽光も、大地を潤わせる恵みの雨も、豊かな実りを約束する天候を操ることができます」
そう言っていつの間にかヨクスの手には金色の棍棒が握られていた。細いピラミッドのような菱形の板が重なってできたようなものだ。
「もう一度降らせてみましょう」
高くそれを掲げると、雨上がりの晴れた空に再び暗雲が立ちこめ、まもなく大雨が降りだす。
「まじか……夢なんかじゃあないよな」
まさか自分の身にこんなことが起きるとは思わなかったが、霧状の雨粒はひんやりと頬を引き締める。
「これで満足いたしましたか? 女神であることの証明になったでしょう」
ヨクスがもう一度棍棒を振るうとシャワーを切ったみたいに突然雨が止む。
「どうです? まだ疑いますか?」
あれだけ見せられればヨクスが神であるという可能性は高い。
「あの、ヨクスさん。その、結ばれることに関して聞きたいことが色々あるんですけど」
「契約をしてくださるんですか!?」
「待った待った! まだ検討をしているだけで、何をするかとか、こっちのメリットとかを聞きたいんです」
危ない。まだ学生の身からしたら契約なんて言葉に過剰に反応してしまう。
「神界ということは俺は何になるんですか? あなたは女神で、俺は人間のまま? 体におかしなこととか、命を落としたりするリスクはあったり?」
女神様と結ばれるなんて、決して裕福でない俺の人生ではまず経験しないことだ。一度客観的にこの事態を改めてみると、芸能人だって顔負けの美人で、増して人智を越えた異能を備えた神に言い寄られているというこの上ないことだ。
けどこういうのはリスクも大きいはず。
「もちろん神界に行き、生涯を共にするためにあなたにも新たに神になっていただきます」
神になれるのか。
神になる。
もしかして、人間では到底叶いっこない異能を使えたりするのか。なんて思うと拳に力が入る。
「神となるのに、試練のような大袈裟なものはありません。誓いを立てるためのペアリングを互いにつけて、わずかな神の力を元にして、新たな神になると自ら宣言をしていただくだけです」
ヨクスは銀色を基に、緑色の、ガラスのように透き通ったものが細い帯のように巻きついているリングを差し出した。
「神としての力を一度共有することについては、あなたなら問題はありません」
「俺なら? 本来人間には危ないことだったり?」
「……はい。なんというか、人を含むあらゆる生物には、例外が存在します。あなたはその特別な人なんです」
あくまで注意をすべきことのようで、歯切れはよろしくない。
「もし仮にその特別じゃあなかったら?」
「安心してください。点滴のように微量に吸収をしていくので異常があればリングを外せば平気です」
とりあえず、嫌なときはいつでもやめられて、こっちの意思は十分に保障されている。
「……突然ですものね。長居をしてしまったようなので、今日は失礼させていただきます」
「あ、いえ、俺もちょうど考えたかったので……」
そういえばすっかり夢中になっていた。すっかり窓の外は暗い。
「では。明日、またお話でもしましょう」
ヨクスは下手に話を長引かせず、席を外そうとしたので玄関まで見送った。
結局出かけ損ねた俺は買い置きのインスタントラーメンを啜りながらヨクスのことを考えていた。
神になれる。ヨクスのパートナーになれる。
無邪気だった子供の時の、お嫁さんをもらう、なんて遠い夢だったことが突如、目の前の岐路として現れた。
そして、大学、課題、親のこと。
人間として身についている習慣に人間関係、新しいことの不安も心をそわそわさせる。
うーん。まだ若いからなんとかはなるか。どう転んだってその時はその時で最善の手は必ずある。
明日になったら考えてみるか。俺以外の、まして神の今後とも大きく関わることだ。背中についてこいなんて、他人を導く自信はまだ無い。




