豊穣神降臨
月曜日の昼過ぎ、安アパートのインターホンが鳴る。
宅配か。新聞の勧誘か。まあ、どちらでもいいや。宅配なら再配達とかで二度手間だし、居留守は通じないか。
自宅で過ごしていただけの週末。そろそろ他人と話したくなった。
「こんにちは。倉木アレンさんですね」
玄関の前に来ていた訪問者が俺の名前を呼んでにっこりと笑う。
綺麗な女の人だな。
第一印象はそれだった。肩まである金髪に、宝石の琥珀みたいな色の目を持っている。
そして、高そうなドレスを纏っているな。まるで。
「初めまして。わたくし、豊穣神ヨクスと申します。……あの?」
ゲームで見る女神みたいだ、なんて思ってた俺の心を覗いたのかこの人は。
いやそれよりも。
「……あー、興味無いです。失礼します」
固まっていた俺を見て困惑してたみたいだけどそんなのは知らない。まずい訪問者だったみたいだから、俺はそのままドアを閉めて部屋の奥に退がった。
「あ、あのー、怪しいものではないんです。少しだけ、少しだけ話を聞いてくれませんかー」
ドア越しにそう呼びかけてくるが、耳を塞いでじっと息を潜める。引っ込んだ相手にどこまで食い下がるかのかと思ったが、1分もせずに静かになった。
一応夕方まで待ってから、夕食でも調達しに行くか。
夕方の6時半。そろそろいい時間だし、近くのコンビニにでも行くか。
ベッドに投げ捨てたままの鞄から財布を出して、玄関に立つ。
ん。握ったドアノブが重い。
「うわわ、お出かけでしたか? 今どきますから」
さっきの女の声だ。
まさかあれからずっと部屋の前に居座っていたのか。
「……どうぞ?」
「あの、まさかずっとそこにいたんですか?」
ドア越しにそう聞いてみた。
「待ってましたよ」
下宿してる安いアパートだが、もちろん他にも住人はいるんだぞ。
チェーンをかけて、もう一度「豊穣神様」の様子を伺う。
「もう一度聞きますけど、あなた、『豊穣神』様で良かったですか?」
「ええ。確かに貴方様に用件があってまいりました」
まずいな。設定は完璧みたいだ。
「警察呼びますよ」
「警察?」
「今呼びますから」
もう一回ドアを閉めて、わざと音を出すように足踏みをした。
「あのー、警察とはなんでしょうか?」
呑気にそんな質問をしてきた。全然怯まないな。しかし警察沙汰にしたら面倒なことになる。
「今すぐに帰れば穏便に済ませますよ」
俺は最後の忠告をした。ドアの向こうには一年に一度、いや生涯でお目にかかれるかどうかの美人がいる。ただ、これまでの振る舞いもからして危険な人物だと認識していた。
「……」
静かになったな。素直に言うことを聞く気は無いみたいだし、次の手を考えてるのか?
静かな玄関先で耳をすましていると、バケツでも放ったような水音がした。そしてそれは途切れることなく続く。
「あのー……雨が降ってきてしまいました。へくしゅんっ」
これほどの雨音だとアパートの小さな屋根は意味をなさない。
「止むまでですからね」
仕方ない。こういう雨は激しい分すぐにやむことが特徴だ。
相手は大男でもないからいざとなれば簡単に放り出せるし、話を聞く間だけ部屋の中に入れてやった。
「改めまして、豊穣神ヨクスと申します」
ヨクス、なんて言うわりにぴしっと姿勢よく正座をして丁寧に頭を下げる。
「で、何の用でしょうか。あいにくうちはただの学生なんで」
騙される気はないぞと強気に先手を打った。美人だとはいえ、金を貢いでご機嫌を取ろうとは思わない。そんな寂しい人間じゃあないさ。けど、ただでお話はさせてもらう。
「倉木さん。そんなご冗談はよしてください」
ん。図星を突かれて話を逸らす気か。
「単刀直入に提案しますと、私の伴侶となり、共に神界へと行きませんか?」
「伴侶……って、あなたと夫婦に? それで神界?」
ヨクスは輝く笑顔を見せて頷く。
いやいやいや。随分大胆な作戦だな。契りを交わすことでしか救われない、みたいな脅迫じみたものか。しかし、初めに言った通り俺にはそんな搾取するものなんてないぞ。
「俺なんかでいいんですか?」
違う。何を俺は食い下がってるんだ。確かに千載一遇のチャンスだけど。
「……好きだからです。貴方のことが……」
ヨクスは頬を赤らめて目を背けてしまった。
強い。この人は自分が綺麗だって自覚してる。そしてその効果的な使い方もよく。




