覚悟はある
「……いいのか?」
俺は無礼をする許可を求めるための問いかけでなく、ギアピーネの選択と意思を確かめるため、「それでいいのか」と問いかけた。
「うん。そのためにもまず、なんで倉木は転生して人間になったんだ?」
「えっと、記憶が無いからわからないが」
「倉木に限らず、神はどうして転生する?」
「んー……いや、だから皆目検討もつかないって」
二つの難解な問いに少しだけむっとしてしまう。
「まだ倉木の過去の真実はわかっていない。けど、神の転生なんてそう易々と起きてはいない」
「俺の過去? なんだ、その言い方だととんでもないことが起きてたとでも」
神であった前世を持つ人間の俺は普通ではないらしい。
「また神に戻ったとして、同じ悲劇が起きるとも考えられる。私はきっとそうだと考えてる」
とんでもない大事故を起こした、製品にしろ工場設備にしろ、どちらも疑念と不信感が生み出される。きっと人や神も同じで、こういう経験がある、というのは必ずじっとその腫れ物を見る者がいる。ただギアピーネは、神の忠告らしく戒めてくれた。
「だろう、なんて無責任なのはわかっている。だがそれだけじゃない。倉木、今いくつだ?」
ギアピーネのどこか面倒見のよい親戚らしさにむずむずするが、質問の答えだけを返した。
「そうか。『倉木アレン』として、19年生きてきた。きっと苦しいこともあったけど、これからの残りの人生は奪われるものじゃない」
「奪われるって……大袈裟過ぎないか?」
「でも学校に通って、日々生きる目的を持ってる。こう知り得た仲での贔屓目でも私、その目は好き……ううんっ、いい印象を受ける」
きっと本当に少女として見とれているのではなく、誰しもが持っている他者への尊敬による人間的な好意のことで、誤解の無いよう咳払いをして改めた。
「神になれば、これまでの倉木としての幸せを否定することになる。それに、辛い道を進むことになるかもしれない」
「アーリンは、俺が本来の姿に戻るべきだって。それはどうなんだ?」
破壊神としての道を外れた俺は、敷かれていたレールに戻るべき、歩まなければならない道があるのではないのか。
「それは倉木が決めること。これは誰にも正解はわからないし、まずはヨクスかアーリン、どっちの想いに応えるつもりなの」
契約は俺が破壊神だと自覚して宣言をすることで履行される。誘われているだけで、道を曲がるのは俺の意思だ。
「ギアピーネ、本当に契約をする気は無いんだよな」
「……何のためにそれを聞く?」
「契約を抜きにしても俺はあの二人のことはその……あまり進展していない。この先別に警戒しなくていい。これは本当だ」
好きな人、黒髪の少々を思い浮かべるのは楽しかったが、正直今の二人はストレスでしかなかった。まだ押し掛けられて責任を求められるまでは、男の悪い性で、間抜けに優越感に浸っていた。
「なら特に支障は無いんじゃない? このまま誰とも結ばれないで」
「そうなんだが……」
絶対に神になりたいという願望は無いが、絶対に会いたい女神はいる。琥珀の目の三女神と背中から伝わる運命の力によって、いずれ巡り会うような予感がしているが、一向に会いたい気持ちは募っていくばかりである。
運命の少女に会うために神になるのか。そうしたらパートナーにした女神から顰蹙を買う。何にせよ神とつながるためには神の仲介が必要だ。
「……なんでもないです」
仮にその少女と巡り会って、神としてギアピーネ達と肩を並べた時、想定するのもためらわれるしがらみが生まれる。どうすれば平和的に解決するか、出会う確証ははっきりとは無かったので、相談はせず考えるのは後回しにした。
「……今まで、実害を与えなかった、なんて言い聞かせて堂々と迷惑をかけて、ついにはこう……取り返しのつかないこともした」
自分の過ちを後悔する気持ちに改めて向き合い、ギアピーネは苦しそうに言葉を紡ぐ。
「これで罪を償うことにしてくれとは言わない。だが私はこれから倉木のためにすべてを尽くす。神への道を断ち、人として真っ当な運命へと導くためならば、私はたとえ己自信であっても壊す覚悟はここにある」
「破壊神の存在を否定する身として、道はとうに別った。神が一人として、私は私の成すべきことを実行する」
これまでアーリンとは手を繋いだこと、ヨクスに至っては柔らかいだろうな、と思っていた頰に触れたこともある。疑うことなんて無かったけど人間と同じあたたかさを確かめられた。
対して今目の前にいるギアピーネからは「私は神様なんだ」と、歩み寄るのをためらう冷たく硬い壁を感じた。
その小さく幼い目はもう笑ってはくれない。聞きそびれたが、ギアピーネ自身、転生者である俺を見た時点で少しは興味は持ってくれていた。もうひとつの人格のことを差し引いたとして、会えずとも日がな通いつめ、前世の俺のことを思って、戒めてくれたのがそれを裏付けている。
恥ずかしくて、俺のことが好きなんだろ、なんて言ってやれなかった。




