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機械神降臨

 俺は今、我慢をしなければならなかった。

 目の前で弱っている女の子がいるが、それは自分の犯した過ちが明るみになって、事態の解決に手を打てずどうしようもできなくなって、声を出せず苦しんでいるためだ。

 無断で他人の家に入る、だけに限らず、罪を犯すには余程の事情があるはず。優しく優しく諭して心を開かせようと思ったが、俺と彼女の間には生温い感情が入る余地は無かった。

「今、出る。今度は逃げないから、きちんと話をする」

 説教なんて慣れていなかったから開いたクローゼットの隣にもたれかかって黙っていたら、少女はごそごそと準備をした。

 大事な話をする、それに他所への訪問でもあったので、部屋に出るとロングコートを脱いで、丁寧に畳む。背の大きさからして察しはついていたが、黒の短パンにノースリーブからはまだまだ成長しうるであろうか細い手足が惜し気も無く晒された。

「ああ、流石に座ってくれ」

「失礼……する」

 もじもじと指を組む少女に着席を勧めて、まずは名前を聞いた。

「私は機械神のギアピーネ。神界から来た、女神だ」

「久し振りだな。ま、いいや。とりあえず何をしていた?」

 挨拶もそこそこに話を進めることにした。

「……これを」

 かたん、と小銭のような音だったがテーブルに差し出されたのは複製した覚えの無い俺の家の合鍵であった。

「本当にすまない……つい出来心で」

 ギアピーネは神妙な面持ちのまま土下座をした。出来心で、とはつまり、二人の女神と同じ事情なのであろう。

「それぐらいの行動力があるならちょっと話しかけるなんてできただろうに」

 前に会ったときは契約の気は無いとしていたが、咄嗟についた嘘か。なんにせよ、アプローチの仕方は間違っている。

「違う……」

「ん?」


 ばあんっ。


 逆上してしまったのか、テーブルに手を叩きつけて、苦悶の表情で合鍵を握りしめた。

「これから言うことを、別に信じてくれなくていい。私は、私は……」


「二重人格なんだ」


 苦しい言い訳だな、と、大きな物音によって静まり返った部屋と、乱暴者を見下す気持ちから初めはそう思った。

 しかしすぐにその考えは覆った。

 片方の目は罰を咎められようと、それを糧にして何なら人の首を平気で裂きそうな、怒り狂った目をしていて、それに反し、もう片方の目は弱った蝶のように震え、一筋の涙を流している。人間でなく神ならばそういう身の振りだけは可能であったかもしれないが、ギアピーネが放っていた気迫は本物の感情が込められていた。

「うぐっ、ううっ……クラッキー、好き、好き好き、好きだよ……」

 熱い吐息と共に吐き出された本当の気持ち。それは果たして、狂人の面か、はたまた、払い除けられている蝶であるか。

「……ん」

「俺に水?」

「舐めて。クラッキーのが欲しい……」

 どうやら中身は狂人であった。奉仕を求める割には遠慮など知らずに口の開いたペットボトルをぐいいと俺の顔に寄せてくる。どれだけかと思ったが、口をすぼめてひとつだけ舌で撫でてやる。

 しかしまるでお手本のような不満の顔である。腹立たしさも覚える。

 少女に媚びへつらう特殊な状況にあてられたか、俺も意地になって行儀悪くべろべろと舌を動かす。ああ、親には絶対に見られたくはない光景だ。

 彼女にとっては高く積まれて完成したアイスクリーム同然の至高の一品。理性の失われた歪な口の形で笑うと、今まさに味わおうとする。

「……って、何してるんだよぉー! わたしぃー!」

「おっ、こぼれる、こぼれてるって!」

 相当な葛藤を越えて、ペットボトルを大きく掲げた。後々のことも考えていなかったのでテーブルはびしょびしょだ。

「あうう……恥ずかしいもう死にたい、誰か殺して……」

 正気に戻ったギアピーネは両出で顔を覆って何度もその旨の言葉を呟く。助けて欲しいのはこっちだと内心思いながら濡れたテーブルを拭いた。

「とりあえずその人格の話を詳しく聞きたい。まず俺のことにいつ気づいた?」

 あの人格は精神的に強烈なストレスを与えられたとき、それを回避するため生まれたようなものではなく、俺への好意が異常に膨れ上がってできたものだ。言わば俺が生んだ。

「二週間ぐらい前。豊穣の神よりも先に」

「なるほど。ヨクスより先か。それで、あの時はどういうつもりでここに来ようと決心したんだ?」

「……平日は家を空けてるってわかったから、どうしても気持ちを抑えられず……侵入はしない……ど、ドアノブを触りに行った……」

 そもそもつきまといでもしない限り、俺の生活習慣やヨクスを知っているのはおかしいし、どうしても気持ちを抑えられなかったとか危ない言動であったがまず目をつぶっておく。

「……で、俺に鉢合わせて咄嗟に契約をしないと、注意を反らした」

「それは違う。私は、好きとか嫌いとかじゃなくクラッキーを神に戻さないように、関わらないと決めた」


「クラッキー。ヨクスとも、アーリンとも、私ともこれ以上関わらぬよう、『大嫌い』だと突き放してくれ」

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