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ついしてしまう

「ヨクス……今日は本当に悪かった。今度からはなるべく気をつけるよ……」

 アーリンと入れ替わりで肩を寄せてきたヨクスに開口一番謝罪をした。

「もういいですって。起きてしまったことをこれ以上引きずりはしません」

 そう言い終えると海の方を指差した。

「自然の前では心も穏やかで、素直になりますね。誰にも等しくありのままを見せられては」

 ヨクスの言うとおり、言葉が通じなくとも伝わってくるものを独りでに考えさせられる。

「……私のこと、嫌いですか?」

「決して嫌いなんかじゃない。けど、ヨクスに応えられるほど、その……」

 嫌いじゃない、というのは無責任な言葉だったが、好きじゃない、はまた、これこれこうだから、と真意を正しく伝えるために丁寧に扱わなければならないものである。結局言い損ねた。

「私、今日は楽しかったです。それにアーリンにも大切なこと気づかされて、クラッキーにもヤキモチ焼かされて、でも……幸せだな、って」

 楽しかった、幸せだ、と聞くと、抗えない温かなものが胸に湧いてくる。ヨクスの照れたような、指を組んでほどいたりする仕草もとても可愛らしい。

「なにか急ぎ過ぎていたことに気づいたんです。どうしてでしょうか、クラッキーと結ばれたときの幸せを既に知っていたかのように、目的だけにしか目がいかなくて。私はまだ一歩も踏み出していませんでした」


  「こっちが惚れたからって大して私のことも知らずにフるなよ!」


 そう言ったアーリンの、まず互いを知ろうとする動きを見ていて、自身の焦った心を顧みたようだ。

「でも、さっき手を差し伸べてくれた時素直に嬉しかったです。そんなことで、と思われたかもしれませんがクラッキーだったから嬉しかったんです。特別な貴方だから」

 困ったな。確かにたったそれだけのことで、見返りも何も期待していなかったのに。

 運命の力。勝手に名付けた、俺に発症した恋煩いのことだが、このヨクスのように、いざ相手を目の前にしてどこまで何を思うのか。

 あくまでヨクスの話の途中であったからちらりとだけ妄想してみた。実物の女神のアーリンとヨクスをなんとなく参考にして、顔を知らぬために揺れる髪や、眺めるだけで触れられなかった手の先まで、輪郭を空で思い浮かべる。そうすると、女神の雰囲気を間近で感じていたためか、何度も思い浮かべようとすると、まるで高速の列車のように暴れていたイメージがゆっくりと明かされていく。


「クラッキー。どうしました?」


「……あっ。ごめん、なんだった?」

 予想外の好調な想像力に気をとられてしまっていた。とてもとても惜しいが、何よりも目の前のヨクスを放っておく方が失礼であった。

 俺はそうやってヨクスの顔を見た後、そっとその頬に手を添えた。

「……へ? く、クラッキー?」

 ヨクスの顔が、耳が、真っ赤に染まっていく。


 なにやっているんだ俺は。


「ご、ごめん。その、ついだな、俺もなんでか……」

 なぜだ。ヨクスをさっきまで頭のなかにいた少女と空目したのか。確かにあの琥珀の目は彼女を想わせるものを含んでいる。しかし、ただそれだけでなのか。

 俺がこの手を伸ばすまでの過程は不安定な精神によるものが大きかったとして、実際にヨクスに触れてみて、女性の健やかな肌の感触に後ろめたい気持ちがした。多分アーリンであってもその「気持ちよさ」に震えてしまうはずだ。

 だがおかしなことに、後ろめたさと同時にその感触に覚えがあったのだ。それは、ヨクスの頬を触ったことがある、というわけではなく、恋人がいなかったはずなのに、己の愛を伝え、相手の愛を確かめるためには頬を撫でることをしていた。つまり、記憶に無いのだが経験したことのあるこの行動の、ブランクを取り戻した感覚になっていた。

「クラッキー……」

 あわてふためいていたヨクスであったが俺が考え込んでいたわずかな時間の間、触れているだけの左の頬で拘束されているように全身を強張らせていた。

「あー! なっ、なにいちゃいちゃしてるんだよー!? 私だってまだなにもしてもらってないのにー!」

 大きなことが始まってしまいそうな雰囲気であったが、アーリンによりそれは砕かれ、結局その場はどたばたで締められた。

「そ、そろそろ帰ろう。時差はあるとして、多分昼も過ぎてるし」

 美しい風景でも腹は満たされず、空腹も限界だった。そしていざこざから逃げるようにして帰り道も先行した。

 焦りからか、階段を下る最中、腐っていた木のくぼみに足をとられてしまった。幸い、体勢は崩したが、転がり落ちはしなかった。誰かに触れられなかった限りは。

 わっ、と声をあげてヨクスが俺の手を掴んでくれたが、その手助けは逆にヨクスを引っ張り込んでしまい、ばたばた緩やかに階段を転げ落ちた。

「いてて……大丈夫か、ヨクス」

 ヨクスが俺の胸に寄りかかって座った形で倒れ、俺はそれを自然と抱き抱えた状態となった。漂ってくる髪の匂いにはっとして立ち上がろうとするが、両手は柔らかななにかを抱えている。

「ひっ!」

 ヨクスが悲鳴を上げた。それは俺が一度不思議な感触の正体を確かめようとしたときのことで、軽くさすったそれに連動してヨクスは小さく跳ねる。

 不思議なことで、分別のつかない子供ではない俺は、それが悪いことだと知った時、どうしようもない背徳的な興奮を知ってしまう。

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