トーマ ― その生い立ち
祠の内部はガランとしていた。
天井が高く、壁一面には何かの文字が書いてある。
奥に祭壇らしきものがあるが、
何かの形を刻んだものがいくつか置いてあるだけの
ひどく簡素な作りだった。
中央の床に、先ほど石の扉に刻んであったものと同じ
円形の印が刻んであった。
キースはその印の前に進むと、ゆっくりとその上に座った。
何かがキースの身体の奥を突き上げていく―――
キースの脳裏に見たこともないトーマの姿が浮かび上がった・・・
※ ※ ※
トーマは主神と人間の間に生まれ、生存した唯一の子である。
トーマの体内に封印される前の主神は、
男の生気を喰らい、女を襲って子を宿させることで
自らのテリトリーを広げようとしていた。
トーマの母であるサリは村で一番の美人で有名だった。
病弱な父と母を支え、山に入って山菜を摘みながら細々と暮らしていた。
ある日、いつものように山に入って山菜を摘んでいると、
突然眩しい光が目の前を通り過ぎた。
光はサリの身体を通り過ぎるとほどなく消えた。
一瞬のことにサリは瞬きもできないくらいだった。
「なんだったのかしら?」
サリは不思議に思ったが、
とりあえず目の前のかごに山菜をいっぱいになるまで採った後、
家に戻った。
そしてほどなくサリは妊娠した―――
全く身に覚えのなかった彼女は、
初めてこれが主神に襲われたということを悟った。
村ではもう何人もの女が主神に襲われており、
若い男の半数は抜け殻のようになり、死んだ。
主神の子を宿した女たちは、皆一様にお腹の子を気味悪がった。
生んでしまえば情が湧き、育てる者もあれば
山や川に捨てる者も続出した。
育てられた子も一年も経たずに何かしらの病にかかり死んでいく。
主神の子は今まで一人として一歳以上生き残るものはいなかった。
サリが主神の子を宿したことを知った父と母は、
彼女が子を産んだ後、捨てるよう説得したが、
サリは言う事を聞かなかった。
目の前にいるのは主神の子であっても我が子に変わりはない。
サリはこんな運命を背負って生まれてきた我が子を、
何があっても愛情を持って育てようと心に誓った。
トーマは生まれてすぐから次々に病気にかかった。
特に肺が弱く、病気の度に苦しそうに息をする。
サリはその度にトーマを一晩中介抱した。
トーマが生後11ヶ月の時、高熱が下がらず
息もできない状態になった。
顔面は蒼白になり、話しかけても全く反応しなかった。
「トーマ! トーマ!」
サリはトーマに必死に声をかけた。
するとトーマはうっすらと目を開け、口をパクパクしたが、
母の手を握ろうと出した手はそのまま力なく下へと落ちた。
「トーマ!?」
トーマを揺すってもピクリとも動かない・・・
サリはトーマの鼻をつまむと口を開け、
トーマの肺に思い切り自分の息を吹き込んだ。
「トーマ、生きなさい!
あなたは私の・・・大切な子なのよ!」
サリは叫びながらトーマに何度も息を吹き込んだ。
何度も・・・ 何度も・・・
そして何回目のことだったか・・・
トーマは僅かにプフーと息を吐き、また呼吸をし始めた。
サリはトーマの身体をそっと抱きしめると、涙を流した。
トーマは1歳を過ぎると、
今までの病弱がうそのように病気をほとんどしなくなった。
健康にすくすく育つ様は、普通の人間の子とまるで同じだった。
トーマは銀髪で濃いエメラルドグリーンのきれいな瞳をしていた。
優しそうな顔立ちは、母のサリに良く似ていた。
トーマは優しく、家の手伝いもよくやった。
村の人々は主神の子であるトーマを気味悪がっていたが、
ある時トーマが主神の気配を感じ、村人を救ったことがきっかけで
主神が見える唯一の子としてトーマを大事にするようになっていった。
人々が主神を恐れ、世界中に散り、小さな国をいくつも作ったことで
どの国も集中して主神に襲われることは無くなったものの、
やはりいつ現れるか知れない主神は、人々にとっては脅威そのものだった。




