ーMagic Lessonー
「ラミアお姉ちゃん! 私も、魔法を使ってみたい!」
その言葉を待っていた……!
だけど――。
「フィールちゃんはどう?」
ゼフィちゃんは、すぐにそう言ってくれることは、予想できた。
問題は、フィールちゃんだ。
フィールちゃんが、これを見てどう思うか……。
「……私もできるの?」
「ええ、もちろん。きっとできるよ!」
「……本当?」
なんだか、フィールちゃんの声色こわいろに、違和感を覚えた。
フィールちゃんは、何を教えてもすぐに覚えてしまうほど物覚えのいい子だ。
おまけに、ゼフィちゃん程ではないが、何をするにしても「やってみる!」と、迷わずに答えるほど、積極的な部分もある。
おそらく、ゼフィちゃんの前で弱いところを見せたくないのだろう。
しかし、今のフィールちゃんには期待や自信ではなく、不安や心配が潜んでいるように思えた。
——それでも、その気持ちを払しょくしてあげることが私の役目だ。
「うん。本当よ。フィールちゃんなら、きっとできるわ」
「じゃあ、私もやってみたい」
「やったぁ! フィールお姉ちゃんと一緒だね!」
ゼフィちゃんは、ぴょんぴょんフィールちゃんの手をつなぎながら、飛び跳ねていて、フィールちゃんはそれに応えるかのように微笑んでいる……。
本当に、この二人の絡み方を眺めているだけでも、口角が上がってしまう。
これが、癒しというものなのだろうか。
——っと、それよりも。
「爺、あれを持ってきて」
「かしこまりました」
「あれ? あれって、なぁに? ラミアお姉ちゃん」
「ふふっ。私からの贈り物よ」
本来なら、二人に魔法の発芽が訪れるはずの七歳の誕生日の時に贈るつもりだった。
その日のために、私は一年以上前から迷宮をめぐり、必要な素材を集めていた。
フィアンマお兄さまからは、気が早すぎると言われていたが、それが功を奏したのだ。
五日前に、王都でも名が知られている一流の職人に、素材を持ち込み依頼した魔道具。
本当は、もっと先の誕生日の日にプレゼントしたかったのだが――。
ドスッ、ドスッ、ドスッ。
爺が、二体のゴーレムそれぞれに箱を持たせて、庭園に戻ってきた。
「ラミアお嬢様。お約束のモノを、お持ちいたしました」
「ご苦労様、爺」
「あ! じいやのゴーレムだ!」
——ピッピッピッピッ。ピッ。ピッピー、ピッピッ。
ピッピー、ピッピッ。ピーピーピー。
「うん! こんにちは、ゴーレム」
「あら? ゼフィちゃん。爺のゴーレムとお話ができるの?」
「うん! できるよ! こんにちはって言ってるよ!」
「そうなんだ……爺、そうなの?」
「はい。確かに、このゴーレムは、ゼフィお嬢様のおっしゃる通りのことを言ってます。それよりもラミアお嬢様。こちらを」
「あぁ、そうだった。二人とも、受け取って」
二体のゴーレムが、ゼフィとフィールそれぞれに、大きな箱を渡してくれた。
「うわぁ……おおっきい」
「中を開けてみて」
二人が、包装された箱を丁寧に開けると、そこにはお揃いで作られた箱が姿を見せた。
そして、その箱の留め金を外し、ゆっくりと蓋を持ち上げる。
それぞれの箱に眠っていたのは、小さな一挺のバイオリン。
「わぁ……!」
フィールちゃんは箱の中を覗き込み、ゼフィちゃんは、バイオリンを高々と持ち上げた。
「見て! フィールお姉ちゃん! おそろいだよ!」
「う、うん。そうだね……。うわあ、きれい――」
フィールちゃんは、そのバイオリンに見惚れており、ゼフィちゃんは、フィールちゃんとのお揃いに、いたく感動しているようだ。
命懸けで潜った迷宮——。
半分以上の金貨を失い、痩せ細ってしまった財布——。
そして、一年以上費やしてきた貴重な安息日——。
そのすべてが、二人の笑顔だけで報われていく。
しかも、二人が魔法使いとして初めて手にする魔道具が、私からの贈り物なのだと思うと――。
やばい……。目頭が熱くなってきた。
しかし――。
「ラミアお嬢様。お二人に喜んでいただき、良かったですね」
「そうね……。本当によかった」
ただ、一つだけ気に入らないのは、この特等席を爺が当然のように、共有していることだった。
この席を共有するのなら、私に、金貨二十枚くらい納めることが道理ではないだろうか。
「ラミアお姉ちゃん! これで、ラミアお姉ちゃんのきらきらが出せるの?」
「うーん……。すぐには、難しいかなあ」
「……すぐには?」
「じゃあ、二人とも。まずは、バイオリンを鳴らしてみなさい」
「ぇ? う、うん」
二人は、それぞれの手にしたバイオリンを肩に置き、弦を弾いてみた。
しかし……
ギィ――――!!
「キャッ!」
「み、耳が……」
「うふふっ。まぁ、最初はそんな感じよね」
「ラミアお姉ちゃん……。魔法でない……。それに、耳が痛いよぉ」
「ゼフィお嬢様、フィールお嬢様」
「何? じいや」
「横からの物言いをお許しください。ですが、お二人とも、弓と弦を優しく弾いてみてください」
「優しく?」
「ええ、そうです。ゼフィお嬢様もフィールお嬢様も、ラミアお嬢様のハープをご覧になったのでしょう?」
「うん! とってもきれいな音だった!」
「ほっほっほ。ゼフィお嬢様らしい答えですな。フィールお嬢様はどうでしたか?」
「うん。私も綺麗だと思った。でも、それ以上に――」
「それ以上に?」
「何だろう。すっごく優しい音って感じだった――。もしかして……」
フィールちゃんが、もう一度バイオリンを構える。
今度は力を抜き、壊れ物に触れるように弓を滑らせた。
キィン――。
細く、けれど澄み切った一音が、庭園の奥まで伸びていく。
「すごい……フィールお姉ちゃん」
「そう、その調子よ! フィールちゃん!」
最初の一音としては、十分すぎるほど美しい。
けれど、光も風も現れていない――。
フィールちゃんが、もう一度弓を滑らせる。
キィン――。
「きれい……」
ゼフィちゃんが、その音を追いかけるように口を開いた。
「ラー……ララ、ラー……」
フィールちゃんの一音に、ゼフィちゃんの歌声が重なる。
ふわり――。
私の頬を、小さな風が撫でた。
その直後——。
フィールちゃんの手から、弓が落ちた。
「フィールちゃん?」
「大丈夫。ちょっと、手が疲れただけで……」
病み上がりだし、無理もない……か。
「——ラミア」
庭園を吹き抜けていた風が、止まった。
聞こえた低い声に振り返る。
いつ戻ったのだろう。
回廊の入り口には、お父様が立っていた。




