ーA Dream Deniedー
「お父様……」
どうして、ここに――。
お父様は、たしかペリクレス家の宴会に招待されていたはず。
「フィール」
「は、はい。父上」
お父様が、フィールちゃんへ歩み寄り、その場に身を屈めた。。
「……熱はもうないのか?」
「だ、大丈夫です」
「そうか……。爺」
「はい。こちらに」
「念のため、医術師へ連れていけ」
「かしこまりました」
お父様は地面に落ちていた弓を拾い上げると、爺へ差し出した。
「これは、預かっておけ」
「かしこまりました」
「あ、あの父上。私はもう大丈夫ですよ。それに、その弓——」
「念のためだ。それより、ラミア、ゼフィ」
「は、はい」
「今すぐ、私の執務室へ来なさい。爺、診察が終わり次第、フィールも連れてこい」
「あ、は。はい」
「かしこまりました」
そう言うと、お父様は自身の執務室へ向かって歩いて行った。
「さ、フィールお嬢様はこちらへ」
「うっうん。わかった」
フィールちゃんも、爺の言われるがままに、医術師のもとへ行ってしまった。
「……ラミアお姉ちゃぁん」
「うん?」
「フィールお姉ちゃん、大丈夫? また、熱くなったりするの?」
「ゼフィちゃん……」
「それに、お父様。すっごく怒ってた。もしかして、怒られちゃうの? もしかして、私たちが外に出ちゃったから? それとも、魔法を使っちゃったから?」
「そっそれは……」
あぁ、ゼフィちゃんの、今にも泣きそうな顔……。
この顔を見てしまうと、胸の奥が締め付けられるような思いだ。
「ラミアお姉ちゃん……。ごめんね。私のせいだよね。ごめんね」
ゼフィちゃんが、ぎゅっと自分の服の袖を握ってくる。
こんな愛らしくて優しい子一人のせいにできる姉がどこにいるだろうか――。
少なくとも、ここにはいない。
「違うよ。ゼフィちゃんは何も悪くない」
「でも……」
「大丈夫。大丈夫だから、ゼフィちゃん」
私は、ゼフィちゃんの手を取り、ゆっくりと執務室へ足を運んだ。
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執務室には、お父様だけでなく、フィアンマお兄様の姿があった。
お父様は、服装も変えないまま、執務机の前に立っている。
「フィアンマお兄様——。どうして」
「フィアンマおにいちゃんだ! おにぃちゃあん」
「ゼフィ。ここで、抱き着くな」
「えぇ。なんでぇ? どうしてぇ?」
「どうしてもだ。いいから、座りなさい」
「はぁい」
ゼフィちゃんは、少し頬を膨らませながら応接用のソファに座り込んだ。
フィアンマお兄様——。
私のゼフィちゃんのハグをしてもらっただけでなく、それをないがしろにするなんて……。
どこか、無人の島へ転移させてやろうかしら――。
「ラミア、どうしてお前まで不機嫌そうな顔をしながら座るんだ」
「別に――なんでもありません」
「そ、そうか」
フィアンマお兄様は、それ以上追及することなく、お父様の方へ向き直った。
「爺のゴーレムから、二人のことは報告を受けている」
「二人のこと……?」
「魔法の発芽のことだ。俺の方から爺に頼んだんだ」
お父様に変わって、フィアンマお兄様の方が口を開いた。
「そうだったんだ。それで、こんなにも早く――」
王都【テーバイ】にあるペリクレス家からこの屋敷まで、馬を使ったとしても、二日くらいはかかってしまう。
きっと、お父様は知らせを受けるなり、休まず馬を乗り継いで帰って来たのだろう。
「今は、その話ではない。ラミア」
「は、はい」
「なぜ、二人に魔道具を持たせた」
「ラミアおねえちゃん……」
ゼフィちゃんが、私の袖をぎゅっと握ってきた。
「御承知の通り、二人に魔法の発芽があったからです」
「どうして、それがわかる」
「どうしてって――」
「二人は、まだ五歳の子ども。その二人に、魔法の発芽があったとどうしてわかる」
そ、それは――。
私は、五日前に起きた出来事と、先ほど庭園で起きたことを順番に説明した。
「つまり、五日前も今日も、ゼフィが風を起こした直後にフィールへ異変が現れた」
「二人の魔法が重なった可能性があります。フィールちゃんの魔法だけが、目に見えなかったのかもしれません」
「ですが、父上。フィールについては、飽くまでも可能性です」
フィアンマお兄様が、私の言葉へ付け加える。
「現時点では、フィールにも発芽が起きたという確証はありません」
「つまり、ラミア。お前は、確証もない中で、病み上がりのフィールに魔道具を渡したということだな」
一番、痛いところを突かれてしまった。
私も、魔法学園に通っている以上、毎日のようにフィールちゃんの容態を診ることができるわけではない。
それでも、フィールちゃんの熱が下がっていたことも、食欲が戻っていたことも確認している。
しかし、私は医術師ではない。
元気そうに見えていることと、完全に回復していることを、同じだと思ってしまった。
二人に魔法の発芽があったことに頭がいっぱいになってしまっていたのだ――。
「お父様。ラミアお姉ちゃんは悪くないよ」
「ゼフィちゃん?」
「私が、お姉ちゃんにやりたいと言ったんだもん! ラミアお姉ちゃんは私の願いをかなえてくれただけだもん! 何も悪くない――何も悪くないもん」
「——ゼフィ。黙りなさい」
「悪いのは私なんだ。私が――私が言ったんだもん。だから、ラミアお姉ちゃんをいじめないで!」
「ゼフィ!」
「ひっ!」
「今は、黙っていなさい」
「で、でもぉ……」
「ゼフィ。ほら、水を飲め」
フィアンマお兄様から、水の入ったコップを渡されたゼフィは、それをゆっくりと飲み干した。
それにしても、ゼフィちゃんにかばってもらうだけでなく、こうしてゼフィちゃんを泣かせちゃってるなんて……。
最悪だ。
「ラミア。お前は、我が家の決まり事を知らないわけではなかろう」
「はい」
「にもかかわらず、お前は、ゼフィとフィールを外に出した。そしてあまつさえ、魔法を見せた。確かな確証もなしに――だ」
わかっている。
いや、わかっていた。
二人のために。
我が家——メディアル家の取り決め。
特に、ゼフィちゃんとフィールちゃん。
二人に対する取り決めだ。
二人は、同じ日に、同じお母さまから生まれてきた。
そんな現象は、誰も聞いたことがない。
私自身も、この国だけでなく、世界中の歴史を調べても、そういった文献を見つけることができなかった。
そして、二人を産んで間もなくすて、お母様は亡くなってしまった。
だから、お父様が、二人を外の世界から遠ざけようとする理由はわかる。
分かっては、いる。
それでも、私は――。
生まれてきてくれた二人には――。
私の可愛い妹には、この世界で自由に、幸せに生きてほしい。
「——まず、原因が判明するまで、二人からその魔道具は没収する」
「お父様——。なんで!」
「これは、決定だ」
「なんで! ラミアお姉ちゃんが、せっかく、私とフィールお姉ちゃんのために、用意してくれたものなんだよ! 私の宝物なんだよ!」
「二度も言わせるな! これは、決定なのだ」
そう言って、お父様は、二人のバイオリンを奪い、それを火の檻に放り込んだ。
「——お父様! いやぁ! 私の! フィールお姉ちゃんのバイオリン!」
檻の中の火は、バイオリンを包み込みながら消えてしまい、目の前には炭だけが残ってしまった――。
「そんな……。せっかく、ラミアお姉ちゃんからもらったのに……。せっかく、フィールお姉ちゃんとおそろいだったのに」
炎が消えたあと、そこに残されていたのは、真っ黒な炭の塊だった。
焦げた臭いも、煙もない。
ただ、二挺のバイオリンだけが、形を残したまま黒く染まっていた。




