間話 ーWhat Was Taken【フィール視点】ー
「フィールお嬢様、お加減はいかがでしょうか?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう、爺」
「滅相もございません」
嘘だ。
本当はまだ――。
身体は重たいし、歩くのもきつい。
だけど……。
この爺に、これ以上の心配はかけたくない。
「とりあえず、私はもう寝るから、爺も休んで」
「恐縮でございます」
——ガチャッ。
部屋に入ってみると、ベッドの上で眠っているゼフィの姿が目に入った。
それと一緒に寝ているのは――。
うん?
バイオリンではない?
「ゼフィったら、どうして、バイオリンじゃなくて空っぽの箱と一緒に寝ちゃってるのよぉ」
「フィールお嬢様……」
「なに? 爺」
「実は、非常に申し上げにくいのですが……お二人のバイオリンは、ランサディ様——いえ、お父様が燃やしてしまったとのことです」
「あ……そう、だったの」
「申し訳ございません。ラミアお嬢様から、お二人への大切な贈り物を……」
「ううん。爺は悪くないじゃん。爺は、私と一緒に居てくれたし、それに――。もし、爺がその場にいても、お父様がそうすると決めたら、爺にも、どうしようもなかったでしょ?」
「フィールお嬢様……」
って、かっこよく言ってみたけど、心のうちは――。
ラミアお姉さまには、申し訳ないとは思うが、正直、ほっとしている。
それなら、ゼフィも魔法を使わなくなるだろうし、私も――。
もう、苦しまなくて済む。
ラミアお姉さまは、私に言ってくれた。
『ごめんね、フィールちゃん。フィールちゃんの魔力、私が魔法で使ってしまったかもしれないの』
そうやって、ラミアお姉さまは、私に申し訳なさそうな顔で打ち明けてくれた。
だけど、私はそのことに、違和感しかなかった。
私が苦しくなってしまうのは、きっとゼフィ――。
ゼフィの魔法のせいだと思っていたからだ。
ゼフィが魔法を使うたびに、息が苦しくなってしまう。
ゼフィが風を吹かせるたびに、私の身体が重くなってしまうのだ。
最初は、なんとなくの感覚でしかなかった。
だけど、今日——。
今日の魔法で、はっきりした。
ゼフィが使っているのは、私の魔力だ。
だから、私は魔法を使えなかった。
最初にバイオリンを鳴らしたのは、私だった。
小さな身体で、長い弓を握って、弦を震わせて、頑張って、綺麗な音を出した。
だから、ラミアお姉さまも、爺も私のことを見てくれた。
だけど――。
ゼフィの風が吹いた瞬間、私を見ていたみんなの目が、一斉にゼフィへ向いた。
まるで、私のことなど忘れてしまったみたいに――。
嫌だ――。
あれ?
行かないで、みんな――。
この記憶……。
そうだ。
そうだった。
昔、ずぅっと昔。
同じようなことがあったのだった。
暗い部屋。
眩しい画面の前。
私は、そこで笑って、歌って――。
何度も何度も、画面の向こうへ話しかけていた。
最初は、みんな反応してくれていた。
だけど、今日。明日。明後日と、日を重ねるごとに、反応してくれる人は少なくなっていった。
そして、最後は――。
嫌だ。
その先は、思い出したくない。
そう思っていても、一度開いてしまった記憶は、止めどもなく、溢れ出てくる。
誰もいなくなった暗い部屋。
私の顔を照らす、四角い光。
その中では、白い髪の女の子が笑っていた。
私が笑えば、その子も笑った。
私が手を振れば、その子も手を振った。
私が歌えば、その子も私と同じ口を開いて歌ってくれた。
前の世界で、私はその子の姿を借りて、たくさんの人へ話しかけていた。
楽しいよ。
ここにいるよ。
だから、私を見て。
そんな気持ちを隠しながら、毎日笑っていた。
だけど、どれだけ笑っても、返ってくる声は少なくなっていった。
最後には、私が何を話しても、誰も答えてくれなくなった。
「フィール……お姉ちゃん……」
「——ゼフィ?」
目の前で眠っているゼフィが、あの子と重なって見えた。
あれ?
似ている?
そんなこと考えたこともなかったけど――。
なんだか、あの子に似ているような気がする。
そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっと痛くなった。
ゼフィは、私のかわいい妹だ。
同じ日に、同じお母さんから生まれた、たった一人の私の妹。
なのに――。
私だって、魔法を使いたかったのに。
私だって、魔法で空を飛んでみたいのに。
ラミアお姉さまや爺に、すごいねって言ってほしかったのに。
私からそれを全て奪った。
なのに、この子は何も知らない。
『フィールお姉ちゃん! 見て見て! 私、使えたよ! 魔法が使えたよ!』
違う。
それは、私の魔法だ。
『魔法って楽しいね! フィールお姉ちゃん!』
楽しくない。
私は――。
ただただ、苦しいだけ。
なのに、この子は――。
ずっと、みんな」の真ん中で嬉しそうに微笑む。
「ずるいよ。ゼフィ」
ずるい。
そうだ、ずるいよ。
ゼフィばっかり……。
そう思うと、ゼフィが――。
目の前に眠る白髪の天使のことが……、たまらなく、嫌いに思えてしまった。




