ーGrown Windー
カーン。カーン。
朝の教会の鐘の音が、耳に届いた頃。
珍しくも、私は既に目を覚ましていた。
そして、目の前の暦書カレンダーをずっと眺めていた。
「ふふっ。フィールお姉ちゃん、喜んでくれるかな」
そう。今日は、私とフィールお姉ちゃんの七歳の誕生日なのだ。
暦書の奥に置いてある包み紙。
この日のために、じいやに教えてもらいながら作った黒いローブ。
きっとこれならお姉ちゃんに――。
「ゼフィお嬢様、おはようございます」
「あ、おはよう。じいや」
「朝餉あさげの準備ができております」
「わかった! 今行く!」
よっし。
ラ~ララ~♪
ビュ~ビュ~。
私の歌に合わせて、風が私の髪の毛を浮かせてくれる。
これだけで、私の髪のセットは完了だ。
本来、魔法を使うことは、お父様から禁止と言われているが――。
このくらいなら、使ったうちにも入らないだろう。
それに、今は誰も見てないんだし。
きっと大丈夫だ。
きっと……。
◇
食堂の部屋に行ってみると、既にじいやが朝餉をテーブルに並べていた。
それと――。
「おはよう。ゼフィちゃん、今日は早いわね」
「あ! ラミアお姉ちゃんだ! おはよう!」
やった! 今日はツイている!
ラミアお姉ちゃんと一緒に朝ご飯を食べられるなんて――。
「ふん。いつもこれくらいに起きてきてくれたらいいのにな」
「おはよう、フィアンマお兄ちゃん。あれ? フィアンマお兄ちゃんもいるんだ。珍しいね」
「何を言っている。俺は、いつもこの時間から朝餉をいただいているぞ」
「え? そうなの?」
「あぁ、そうだ。お前が起きるのが遅いだけで、いつもはフィールと食べてるぞ」
「ええ! そうだったの?!」
初めて知った……。
まさか、いつももう少し早く起きていたら、フィアンマお兄ちゃんともご飯を食べられていたなんて――。
「おはようございます。フィールお嬢様」
「——おはよう、爺。それから、ラミアお姉さま、フィアンマお兄様。おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「おはよう、フィールちゃん」
フィールお姉ちゃんが、食堂に顔を出した。
そして、それぞれの顔を見ながら挨拶している。
だけど――。
「……フィールお姉ちゃん?」
「——ゼフィ、また、今朝魔法を使ったでしょう?」
「えっ?」
どうして分かったんだろう。
去年から、フィールお姉ちゃんとも部屋が別々になった上に、隣同士というわけでもない。
絶対にバれるはずもないのに――。
「つ、使ってなんか……ないよ?」
「嘘」
「う、ウソなんて、ついてないもん」
「爺」
「はい、フィールお嬢様」
「ふーん」
フィールお姉ちゃんが、私に近づいて髪の毛を触って来た。
「——ゼフィの髪、爺がまとめたの?」
「いいえ、私は、朝餉の準備がございましたので」
「じゃあ、ゼフィが自分で整えたの?」
「……ごめんなさい。髪を整えるために、ちょこっとだけ使いました」
「やっぱりね」
「ゼフィちゃん……どうして? 髪くらい私がまとめたのにぃ」
「ラミアお姉さま、そういう問題ではありません」
「え……? あぁ、ごめんなさい」
フィールお姉ちゃんの放った低い声は、ラミアお姉ちゃんでさえも黙らせた。
正直、怖い。
「で、でも。フィールお姉ちゃん……」
「なに?」
「私、今回の魔法で、誰も困らせてないよ? それに、小さな魔法だし」
「小さくても魔法は、魔法よ。ゼフィちゃん」
「うっ……」
「——誰も、困らせてない?」
「う、うん」
どうしてだろう。
フィールお姉ちゃんが、さらに怖くなった気がする。
「お……お姉ちゃん?」
反応してくれない。
なぜか、このところいつもこうだ。
フィールお姉ちゃんは、私から離れた位置の席に座った。
昔は、いつも隣だったのに……。
それに、どうしてだろう。
私が魔法を使うと、フィールお姉ちゃんはいつも怖くなってしまう。
もしかして、魔法が怖いのかな――。
あ、そうだ!
「ねね! ラミアお姉ちゃん!」
「え、うん? どうしたのゼフィちゃん」
「今日は、平日なのに魔法学園に居なくてもいいの?」
「ええ、大丈夫よ。今日は、二人の誕生日だもの。ちゃんと休みをいただいたわ」
「そうなの? やった! え、じゃあさじゃあさ。どのくらいお屋敷におれるの?」
「そ、それは……ごめんなさいね。明日には帰らなきゃならないの」
「そうなんだ……。でもでも! 二日間は一緒におれるんだよね?」
「ええ、もちろん」
「やったぁ! ラミアお姉ちゃんと二日間もお話ができる!」
「何を話したいんだ? ゼフィは」
「それはねそれはね。魔法学園のことだよ」
「魔法学園?」
「うん! だって、私もフィールお姉ちゃんも今日で七歳になったんだもん」
「ゼフィ、お前。まさか、魔法学園に行きたいのか?」
「そうだよ! だって、魔法学園は七歳から入れるんだよね?」
「え、ええ。原則としては、七歳になった年から入学はできるわ。ただ……」
「へへっ! やったね! フィールお姉ちゃん、一緒に学校に行けるんだよ!」
「私は――行きたくない」
「え?」
静かに食事をしていたフィールお姉ちゃんの手が止まった。
そして、変わらず低い声でフィールお姉ちゃんが続ける。
「私は魔法を使えないから」
「そ、そんなこと……。だって、お姉ちゃんは」
「はぁ――」
フィールお姉ちゃんが、深くため息をついた。
「じゃあ、ゼフィ。あなたは、私が魔法を使っているところを見たことがある?」
「そ、それはないけど……。それは、お父様に止められてるからなんでしょ?」
「いいえ、私は魔法の発芽すら来てないもの」
「そ、そうなの?」
「そうなの。それに私たち、屋敷から出られないでしょ。ねえ、フィアンマお兄様」
「……今のままではな」
「どうして?!」
ずっと、ずっとずっと、疑問に思ってた。
私たちはお父様から、屋敷から出るなとずっと言われ続けた――。
どうして、私とフィールお姉ちゃんは屋敷から出られないの?
どうして、私たちは自由に外を――。
「——ねえ、ラミアお姉ちゃん。どうして私たちは外に出られないの?」
「そ、それは……」
「ねえ、どうしてなの? どうしてどうして?」
「ゼフィ。ラミアお姉さまを困らせないで」
「でも、フィールお姉ちゃん」
「いいから。この話は終わり。早く、朝餉を済ませないと爺にも迷惑かけるでしょ」
「そんなぁ」
どうしてこうなっちゃうんだろう。
私は、単に魔法学園に行きたいだけではない。
フィールお姉ちゃんと一緒に学校へ行けば、また昔みたいに仲良くなれると思っただけなのに――。
それに、このままだと私……。
フィールお姉ちゃんに、ローブを渡すこともできない。




