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ーLamia Missー

 今だけは聞きたくない声が、背後から聞こえた気がする。


 おそらく、私の気のせいだろう。


 いや、気のせいであってほしい。




「爺、俺にもくれ」


「かしこまりました。では、フィアンマ様には、コーヒーを淹れさせていただきます」


「いや。ラミアと同じやつでいい」


「よろしいのでございますか?」


「あぁ。今からコーヒー淹れてたら、陽が沈んでしまうからな」


「かしこまりました」




 残念ながら、気のせいではなく現実のようだ。


 


 声の主であるフィアンマお兄様は、当然のように私の向かいの椅子を引き、腰を下ろした。




「……今日は、ペリクレス家で宴会があるんじゃなかったの?」


「父上に任せた」


「任せたって……ペリクレス家の宴会と言えば、皇太子様もお目見えになられる重要な会ではなくて?」


「だからだ。それほど重要な会に、次期当主の俺では身に余る」


「そんなこと言って……。単純に、押し付けただけじゃないの?」


「適材適所だ」




「フィアンマ様。こちらが、粗茶になります」


「あぁ」  


 


 爺から差し出されたハーブティを、お兄様はためらいもなく口へ運んだ。


 


 しかし、その直後——。


 


 フィアンマお兄様の顔が歪んだ。




「……なんだ? これは」


「ラベンダーだよ」


「ラベンダーぁ? っち。ハーブティかよ」


「私のと同じがいいって言ったんでしょ?」


「やはり、コーヒーをお淹れいたしましょうか?」


「いや、いい。これで」




 そう言って、もう一度、カップへ口を近づけた。


 


 ——しかし、飲まずに唇を付けるだけ。


 宴会で、嫌いなワインを飲むときにやるフィアンマお兄様の常套手段だ。




「それよりも、本題だ」




 フィアンマお兄様は、ほとんど口をつけていないカップを受け皿へ戻した。




「まず、ゼフィとフィールに何があったんだ?」


「それは、私からご説明いたします」




 ——————————————。




「なるほど。つまり、ゼフィは魔法を使ったということか」


「うん。私も見た。まさか、まだ五歳のゼフィちゃんに魔法の発芽があるなんて――」


「たしかに、それも驚きだ。だが、俺が気になるのはその魔法属性だ」


「魔法属性?」


「爺。ゼフィは風を扱ってたと言ったな?」


「はい。ゼフィお嬢様の歌声に応えるように風が集まり、ご自身を空へと運んでおられました」


「風を集める……? そんな魔法、聖魔法で聞いたことないわ」


「聖魔法どころじゃないぞ。火・水・雷・地・闇・聖すべての魔法属性とは明らかに異質だ。爺は、見たことあるか?」


「いいえ。私もこの人生で初めてお目にかかった魔法でございました」 


 


 そんな……。


 ドワーフ族の血を持ち、三百年以上もの年月を過ごしている爺が、見たことがない魔法だなんて……。


 


「まあ、それは後で俺が調べておこう。それよりも、フィールだ。フィールは何をしていた?」




 尋ねられた爺は、しばらく記憶をたどるように目を伏せた。




「私が確認した限りでは、楽器にも触れておりません。ゼフィお嬢様の御様子を、傍らから見守っておられました」


「なら、魔法は使っていないんじゃない?」


「フィールは、その時何をしていた?」




 尋ねられた爺は、記憶をたどるように目を伏せた。




「私が確認した限りでは、楽器には触れておりません。ゼフィお嬢様を、すぐそばで見守っておられました」




「なら、魔法は使っていないんじゃない?」




「本当にそう言い切れるか?」




「どういうこと?」




「魔力が枯渇していたのなら、フィールは何かに魔力を使ったはずだ」




「でも、爺は何も見ていないって……」




「風そのものは、目には見えん」




 お兄様は、静かに爺へ視線を向けた。




「爺。あの時に起きた風のすべてが、ゼフィ一人のものだと確認したのか?」




「……いいえ。そこまでは」




「では、ゼフィの風だと思っていたものに、フィールの魔法も重なっていた可能性がある」




「二人が、同時に風の魔法を……?」




「あくまで仮説だ。だが、片方だけに異例の発芽が起きたと決めつける根拠もない」




 ゼフィちゃんもフィールちゃんも、魔法の発芽が起きていたなんて……。


 今からでも、部屋に戻って抱きしめたい。


 思いっきり祝ってあげたい。


 だけど……。




「っということは、私はただでさえ少なくなっていたフィールちゃんの魔力をさらに使わせてしまったということよね」


「その結論は保留だ」


「でも――」


「可能性があるだけで、確証はない。勝手に自分を有罪にするな」




 そう言って、お兄様は私から視線を外した。


 きっと、お兄様なりの言葉で私を励ましてくれたのだろう。


 しかし……。


 それが、より一層、私の胸を重くする。


 


「その件は、記録を調べてからだ。それより、俺が気になるのはゼフィだ」


「ゼフィちゃん?」


「ゼフィは、五歳で二度も魔法を使い、その後、ラミアと鏡渡りをしたのだろ?」


「うん。そうだよ」


「おまけに、そのあとフィールの看病までしたんだろ?」


「うん。まあ、そのあと疲れちゃったのか、一緒に寝ちゃってるけどね」


「なら、ゼフィの魔力量はかなり多いのかもしれん。下手すれば、俺やラミア以上の可能性もある」


「そんなに……?」


「あくまで可能性の話だがな」




 お兄様は椅子から立ち上がった。




「家に残されている記録を調べる。母上の家系だけでなく、過去の発芽事例も含めてな」


「今から? もうすぐ、ディナーだよ?」


「そんなものよりも今は、ゼフィとフィールだ」


「……そっか」




 お兄様はそう言い残し、庭園をあとにした。




 結局、カップの中のハーブティーは、ほとんど減っていなかった。




 私もまた、二人の部屋へ戻った。


 目の前のゼフィとフィールちゃんは、まだ同じ布団の中で眠っていた。


 


 二人の小さな手は、固く結ばれたまま。


 私はベッドの傍らへ腰を下ろし、まずフィールちゃんの髪をそっと撫でた。




「ごめんね、フィールちゃん……」




 私が聖鏡を使わなければ、ここまで苦しませずに済んだのかもしれない。




 続いて、ゼフィちゃんの銀色の髪にも指を滑らせる。




「ゼフィちゃんも、ごめんね……」




 大切なお姉ちゃんを守りたかったはずなのに。




 私は、その小さな願いさえ傷つけてしまったのかもしれない。




 眠る二人から、返事はない。




 ただ、重なった寝息だけが、静かな部屋に響いていた。

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