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ーSmall Nurseー

 ゼフィちゃんが、一枚の布と格闘している……。




「うぅーん……! うぅーん……!」




 水をたっぷり吸った布を、小さな両手で懸命にひねっている。


 


 冷たい水に触れているせいか、指が少し赤い。


 おまけに、全身の力を振り絞っているせいか、頬を真っ赤にしながら、小さな肩を何度も上下させている。


 


 ぽたっ……ぽたっ……。


 


 けれども、桶に落ちたのは、ほんの数滴……。




「ゼフィちゃん。私がやろうか?」




「ううん。いい! 私がやるの!」


  


「えっ……あぁ、そう?」




 私のことを見向きもせずに、断られてしまった。


 


 そして、ゼフィちゃんは大きく息を吸い、もう一度、布に力を込めた。




「うぅーん……! フィールお姉ちゃん……もう少しだからね……!」


 


 ぽたぽたぽたっ――。




 今度は、細い腕だけではない。


 背中も、肩も、小さな身体全部を使って、目の前の布をひねっている。


 そのおかげもあってか、先ほどよりも多くの水が、桶の中へ落ちていった。




 週に一度しか会えない、愛しの妹の健気でかわいらしい姿……。




 それを前にして、布を取り上げられる姉がどこにいるだろうか。




 少なくとも、私には無理だ。




 そしてもう一度——。




「うぅぅーん……っ!」


 


 ゼフィちゃんが、全身の力を込めて布を絞るが、もう水はただの一滴も出てこなかった。




「で、できたぁ……!」


「うん。ばっちりだよ。えらいね、ゼフィちゃん」


「フィールお姉ちゃんのためだもん!」


 


 ゼフィちゃんは布を両手に広げて、嬉しそうにベッドへ駆け寄った。


 しかし、幼いゼフィちゃんにとってこのベッドは少しばかり高い。




「うーんっしょ……」


 


 背伸びをしながらピョンピョンと小さな身体を跳ねさせている。


 しかし、残念なことにフィールの額には今一歩届かない……。


 


 ここは、やはり――。


「ゼ、ゼフィちゃ――」 


「ゼフィお嬢様。よろしければこちらの台をお使いください」


「ありがとう! じいや! うんっしょっと……」


 


 流石は爺だ。


 あの土製の土台。


 おそらく、爺が魔法で作ったものなのだろう。




 ゼフィちゃんの心を尊重しつつ、適切なタイミングでサポートをする。


 その手際の良さは、執事としては満点だ。




 しかし、ゼフィちゃんからの『ありがとう』を姉の私から奪ったことは、罪に値すると思う。




「フィールお姉ちゃん。おでこに冷たいの、乗せるね」




「うん……お願い……」




「はい。どうぞ」




 ゼフィちゃんの小さな手が、絞った布をフィールちゃんの額へ、そっと乗せた。




「つめたい……」




「気持ちいい? フィールお姉ちゃん」


「うん……気持ちいいよ……」




 つらくて瞼も重たいのだろう。


 それでも、がんばってゼフィちゃんに向かって微笑んでいる。




「ありがとう……ゼフィがやってくれたんでしょ?」


「うん! 頑張ったんだよ! 私!」


「そっか……」




 ゼフィちゃんに話しかけているフィールちゃんの声が、とても弱々しい。


 


 当然だ。




 ここまで、魔力を失えば、大人でさえも三日はまともに起き上がれない。


 フィールちゃんも、本来なら、言葉を返すことさえもつらいはずなのに……。




 それでもフィールちゃんは、ゼフィちゃんに笑顔を向けている。




 そして、その小さな笑顔は、ゼフィちゃんの顔にも花を咲かせた。




「ねえ、フィールお姉ちゃん」


「なぁに……? ゼフィ」


「隣で寝てもいい?」


「うん……おいでぇ」


 


 手を握り合いながら、同じベッドで、同じ布団の中で、横たわる二人……。




「……二人とも寝ちゃったのかな?」


「ええ。お二人はいつも一緒でございますからな」


「ふふっ。爺見てよ、二人の顔。同じ表情しているよ」


「そうですな。まるで、お二人で同じ夢を見ているようです」


「同じ夢……か」




 私と爺は顔を見合わせ、音を立てないように部屋を後にした。




「爺」


「なんでしょうか? ラミアお嬢様」


「二人を起こしたくないから、続きは庭で話さない?」


「かしこまりました。では、お茶のご用意をいたしましょう」


「うん。お願い」




 庭園に用意されている席へ腰を掛けていると、爺が静かにハーブティを持ってきてくれた。


 


「——この香り、もしかして、乾燥させたラベンダー?」


「ご明察でございます。こちらは、高ぶらせた神経を鎮める効能もございますので」


「……私、疲れた顔してた?」


「いえ、この老いぼれからは、何とも 」


「ふふっ。ありがとう」


「喜んでいただけたなら、幸いでございます」


「それはそうと、爺。今日の話を聞きたいんだけど」


「承知いたしました」




 爺は、ゆっくりと話し始めた。


 魔法ごっこの最中、ゼフィちゃんが鼻歌を歌い始めたこと。


 


 その歌に応えるように、風が集まり、ゼフィちゃんを空へと運んだこと。


 


 そして、その直後にフィールちゃんが倒れたこと――。


 


「ねえ、ゼフィちゃんさ。私と水場で会ったときも飛んでたんだけどあれって……」


「はい、おそらく私が見たそれと同じ類かと」




「同じ類……それってやはり――」


「はい。おそらくは、魔法の発芽かと……」




 にわかには信じがたい。


 


 一般的に、魔法が発芽するのは、早くても七歳くらいだ。


 おまけに、楽器ではなく歌による魔法の発芽なんて、学園でも聞いたことが無い。


 それに――。




「フィールちゃんも魔法を?」


「いえ、私が見た限りでは、一度も」


「なら、どうして……」


 


 どうして、フィールの魔力がなくなっていたのだろう。




 そのとき、鏡の中から伸びてきた、小さな手を思い出した。




 鏡渡りは、私一人の願いだけでは開かない。




 こちらの「行きたい」という想いと、


 向こうの「来てほしい」という想い。




 二つが重なって、初めて道は繋がる。




 けれど、五歳の子どもを受け手にしたことなど、一度もなかった。




 もし――。




 フィールちゃんの願いに引かれて、あの子の魔力まで術式に流れ込んでいたのだとしたら。




 胸の奥が、急に冷たくなった。




 あの子に残っていた、わずかな力まで。




 私が、使わせてしまったのだとしたら――。




「もしかして……私が」




「ラミアお嬢様?」




「私の魔法が、フィールちゃんに残っていた魔力まで、使わせてしまったのかもしれない……」




「ずいぶんと性急に、自分を犯人にしたものだな」




 突然聞こえた声に、顔を上げた。




 庭園の入口に、フィアンマお兄様が立っていた。

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