ーDepletion Of Magicalー
光る鏡の向こうから伸びてくる二本の手。
「へゃ!?」
「ふふふ。ゼフィちゃんったら、可愛い声出しちゃって」
「だって、おててが! 鏡からおててがにょきぃってぇ!」
「そうだねぇ。おててが伸びてきたね」
「うん! すごい! ラミアお姉ちゃんすごいね! これも魔法なの?」
「あら? ゼフィちゃん。怖くはないの?」
「うん。大丈夫だよ」
――そう。
不思議と怖い気持ちは無い。
鏡の向こうから伸びる手。
幽霊が出てくる怖い絵本で、見たことがある。
あの絵本を読んだときは、ラミアお姉ちゃんとフィールお姉ちゃんと一緒じゃないと目をつぶることさえもできなかったっけ……。
でも、目の前にある手は、その時の絵本に出てくるような手とは全然違う。
白くて、細くて、きれいな手。
この手、まるで絵本に出てくる天使様が、雲のすきまから差し出してくれているようだ。
「ありがとう。ゼフィちゃん」
「どうしたの? ラミアお姉ちゃん。どうして、ありがとうなの?」
「このおててはね。初めて見せる子には、必ず怖がられちゃうの」
「そうなんだ。こんなに、きれいなのに――」
「そうね。とってもきれいよね。ゼフィちゃん」
「なに?」
「おててに、触れてみて」
「触れていいの?」
「ええ、もちろん」
私は、そっと光る手に触れてみた。
あたたかい。
怖いなんてとんでもない。
というよりもこの手の感触は……。
「——フィールお姉ちゃん?」
「そう! じゃあ、フィールちゃんのところに行きますよ」
ラミアお姉ちゃんが、私の手をぎゅっと握ってくれた。
もう片方の手は、鏡から伸びてきた光る手。
あたたかくて、柔らかい。
そして、ラミアお姉ちゃんと違って、私と同じくらいの大きさの手。
やっぱり、フィールお姉ちゃんだ。
フィールお姉ちゃんの手だ。
「フィールお姉ちゃん……?」
その名前を呼んだ瞬間、光る手が私を鏡の中へ引きこんでくれた。
強烈な光のせいで、目を開けることができない。
「ラミアお姉ちゃん……! 眩しくて、目が開けられないよぉ」
「大丈夫よ。両方の手を決して離さないで」
「う、うん」
私は、両方の手をぎゅっと強く握りしめた。
すると、鏡の手が私を引っ張ってくれる。
「大丈夫よ。もうすぐで、フィールお姉ちゃんのお部屋だからね」
「う、うん!」
ぎゅっと、両方の手を握り返す。
すると、足の下にふわりと何かが触れた。
さっきまで、空の中に浮かんでいるみたいだったのに。
今は、足がついている。
「きゃっ!」
光が一瞬強くなり、思わず、目をつぶったまま声を上げた。
次の瞬間。
まぶしかった光が、すうっと消えていく。
「おや? ゼフィお嬢様?」
「じ、じいや?」
ゆっくりと目を開けてみた。
水場の冷たい匂いも、石の床のひんやりした感じも、もうどこにもない。
代わりに、知っている匂いが広がっている。
お日様に干したカーテンの匂い。
目の前には、ふかふかの羽毛が広がる大きなベッド。
フィールお姉ちゃんと私が、いつも一緒に眠っている部屋だ。
「ゼフィお嬢様。ずいぶんとお早いご帰還でございましたな」
「じ、じいや? なんで……?」
「これが、私の魔法よ」
ラミアお姉ちゃんが、私の後ろにある鏡の向こうから、にょきっと顔を出してきた。
胸には水の入った桶と布を持って。
「おぉ……ラミアお嬢様ではございませんか。あ! なるほどなるほど。それで――」
「久しぶりね、爺。はい、これ布と水」
「これはこれは、ありがとうございます」
良かったぁ。
じいやのお願いを叶えることができたみたい。
これで、フィールお姉ちゃんも元気になれるんだ!
だけど、どうしてだろう……。
じいや、声はいつも通りなのに、どこか疲れているようにも見える。
「ねえ、じいや。フィールお姉ちゃんは?」
「はぁ……はぁ……はぁ」
「フィールお姉ちゃん??」
ベッドに近づいてみると、フィールお姉ちゃんは苦しそうに寝ていた。
「お、お姉ちゃん……」
「先ほど、ようやく眠ったところでございます」
「じ、じいや……?」
「先ほど、熱がさらに上がってしまいましてな。相当、苦しんでおられる様子でございました」
「そ、そんな……お姉ちゃん」
「はぁ……はぁ」
苦しそうに息をしている……。
顔と体も、汗でびっしょりだ。
「申し訳ございません。急ぎ井戸水で冷やした布を用意し、額を冷やすことしかできず……」
「井戸って、あの爺の庭園にあるところ? 結構端のところにあるし、水場よりかなり、遠いよね?」
「ええ。ですので、土魔法で庭の地面を少し動かし、井戸の縁だけをこちらへ寄せました」
「なるほどね。それで、そんなに魔力を消耗しちゃったのね」
「いえいえ、お気になさらず。私めにできる些末なことですから」
「ううん。十分だよ、爺。あとは私が診てみるから休んでて」




