ーMake-Believe Magicー
「では、お二人とも。こちらへどうぞ」
じいやが案内した先は、屋敷の外。
生まれて初めて出た屋敷の外。
「すごい! 外だ! お姉ちゃん! 外だよ!」
外だ……。
絵本でしか見たことない青空。
頬を撫でる風。
目の前に咲き誇る無数の花たち。
全部触れられる。
匂いを嗅ぐこともできる。
全部全部、本物なんだ!
「爺。大丈夫なの? 私たち、外に出ちゃってるけど……」
「御心配には及びません。ここは屋敷の外であって外ではございませんゆえ」
「どういうこと? じいや」
「ははは。お転婆なゼフィお嬢様も、さすがに外に出ようとしませんでしたからな。ご紹介させていただきます。ここは『アーサン・ガーデン』。私の庭園であり、魔法の研究所でございます」
「爺の庭園? てことは、ここって……」
「流石は、フィールお嬢様。ご明察です。こちらは屋敷の敷地内ということになります」
「てことは、じいや!」
「なんでしょうか? ゼフィお嬢様」
「屋敷の敷地内なら、外に出てもいいの?」
「えぇ。もちろんでございます。ここは、ゼフィ様の場所でございますから」
「やったぁぁぁぁ!」
「ちょっちょっと! ゼフィ! 転ぶってば!」
すごい……。
こんなに、心が躍るのは初めてだ。
生まれてからずっと、私たちは外に出てはいけないと言われ続けてきた。
だから、絵本の中に出てくるものすべて、私にとっては夢でしかなかった……。
でも今は……。
今は、違うんだ!
「お姉ちゃん! フィールお姉ちゃん! 見て見て!」
「わかった! わかったから! ゼフィ! 頼むから、そんなに走らないで!」
「はっはっは! ゼフィお嬢様は本当に元気でございますなあ」
「爺! 早く! 早く、ゼフィを止めてよ!」
「いいえ、フィールお嬢様。これは、鬼ごっこでございます。ですので、ゼフィお嬢様を捕まえるのは私ではなく、フィールお嬢様でございます」
「鬼ごっこ?!」
「はい。鬼ごっこでございます。もう、魔法ごっこは始まっているのでございますから」
鬼ごっこが魔法ごっこってこと?
じいやの言っていることは、たまに理解できないことがある。
だけど、今日のはわかりやすい!
「お姉ちゃん! 私を捕まえてみてよ!」
「もぉ……ゼフィったら」
「では、参りますよ!」
じいやが懐から小さなオカリナを取り出した。
「じいや?」
ピィ――――。
庭園に澄んだ音色が響いた。
音が、地面を振動させると、うねりをあげて、いくつもの土の壁と柱が出来上がる。
「すごーい! じいや! すごいよ! これが魔法なの?」
「さようでございます。これが魔法——この、爺の数少ない取柄でございます」
「魔法! これが魔法なんだ!」
「もぉ……爺ったら。さらに、ゼフィが興奮しちゃったじゃない」
「よいのでございますよ、フィールお嬢さま。ほら、早く捕まえないと、逃げられてしまいますぞ」
「きゃっ!」
足元が、ぽよんと跳ねた!
「うわぁ! 一瞬で、柱の上に来ちゃった!」
「ちょっと! ゼフィ! 危ないよ!」
「御心配にはおよびませんぞ!」
ピピィ――――。
オカリナの音色が庭園を駆け抜ける。
次の瞬間、私の目の前で土が盛り上がり、大きな滑り台になった。
これは、もう。
滑るしかない!
「うわっは―い! 楽しい!」
「もぉ……これじゃ、捕まえようがないじゃないのよ」
すごい……。
今、私がお姉ちゃんを圧倒している。
いつも、負けてばかりの私が、お姉ちゃんを……。
これが、魔法なんだ。
ピィ―――————。
また、オカリナの音が響く。
すると、今度はお姉ちゃんの足元の土が、お姉ちゃんの走る方向に滑り始めた。
「うっうわ! 地面が滑り出した」
「フィールお嬢様! バランスをお取りください!」
「バ、バランスって……急に言われても」
少し、戸惑い気味になりながらもすぐに、身体のバランスを整え、滑るその地面に順応し始めた。
「よし、これなら! ゼフィ! 絶対に捕まえてやるんだから!」
「え、ちょっちょっと! お姉ちゃん速すぎるって!」
お姉ちゃんが、瞬く間に近づいてくる。
このままでは、捕まってしまう。
「じいや! 私にも魔法使ってよ!」
「ここからは、自分次第でございますよぉ! ゼフィお嬢様!」
「え?! 自分次第って、そんな……じいや!」
「ゼフィ、捕まえちゃうよぉ」
ずるい!
これじゃあ、お姉ちゃんが有利でしかないじゃん!
私にも――。
私にも、魔法を使えたら。
うん?
私も魔法?
もしかして、使えるかもしれない。
じいやのように、私も音を鳴らせば――。
「うーん。どうやって、音を鳴らせば……」
私は、オカリナを持っていない。
そもそも、お姉ちゃんと違って、私は楽器を鳴らすことが苦手だ。
だから、もしオカリナを持てたとしても、じいやのように、綺麗に奏でることなんて……。
「うぅーん……」
考えていると同時に、不思議と口が勝手に動き始めた。
「ふん、ふんふ~ん……♪」
なんだろう。この音楽……。
いつ聞いたものなのか分からない。
初めて歌う音楽だ。
だけど、不思議とメロディが次々と浮かんでくる……。
「ふんふ~ん……♪」
その瞬間。
私のスカートがゆらゆらと揺れ始めた。
それだけじゃない。
足元にある花弁が、次々と空へ舞い始めた。
それでも、歌は止められない。
「ふんふふ~ん……♬」
風がどんどん強くなっていく。
そして、その風は私の足元に移動し始めた。
「ゼ、ゼフィ……?」
その瞬間、足元の風が私の身体を押し上げて、また高く飛んだ。
さっきのとはまるで違う。
気が付けば、私はじいやが作り出した一番高い柱の上にいた。
「これって……もしかしてっ――!!」
わかる。
これが魔法……!
私だけの魔法なんだ!
じいやの魔法じゃない。
今、私。
私の魔法で、空を飛ぶことができたんだ!!
「お姉ちゃん! 見た? 私、魔法が使えたんだよ――って、お姉ちゃん?」
お姉ちゃんの返事がない。
さっきまで、私を全力で追いかけてたはずのお姉ちゃんの声が――。
「お姉ちゃん?」
どうしたんだろう。
なんで、返事がないのだろう。
「えいっ!」
足元の土へ飛び降りる。
ぽよん、と柔らかく弾んだ私は、そのまま夢中でお姉ちゃんのもとへ駆け寄った。
「……お姉ちゃん?」
「はぁ…はぁ――」
顔色が真っ青になっている。
汗もすごい。
「お姉ちゃん?」
――ドサッ。
「フィールお嬢様!」
――――――――——。
「お、お姉ちゃん?」
返事がない。
さっきまで大声で追いかけていたお姉ちゃんが、地面に倒れたまま動かない。
「フィールお嬢様!!」
じいやが声を荒げ、お姉ちゃんに駆け寄ってくれた。
「フィールお嬢様、お怪我はございませんか?」
「じ……じ、じい……」
お姉ちゃんの声が、消えてしまいそうなくらい小さい。
「じいや、どうしよう……お姉ちゃんが、お姉ちゃんが」
「ゼ、ゼフィ……」
「お姉ちゃん? だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
うそだ。
絶対に、大丈夫じゃない。
「お姉ちゃん……」
「ゼフィお嬢様」
「じいや……?」
じいやがいつもの穏やかな声で、私の頭に手を置いてきた。
しわだらけの大好きな手……。
「泣かないでください、ゼフィお嬢様。まずは、お部屋に参りましょう」
じいやがお姉ちゃんを抱き上げると、そのままゆっくりと歩き始めた。
大好きなじいやが、大好きなお姉ちゃんを助けてくれる。
これほど、心強いことはない。
でも……。
「じいや、私にできることはない?」
「ゼフィお嬢様?」
「私も、お姉ちゃんのために何かしたい!」
「——そうでございますね。大切なお姉様ですからな」
「うん!」
「では、一つ頼まれてくださいますか?」
「なに?」
「お部屋に、水を入れた桶と布を持ってきてはくださいませんか?」
「お水を持ってくればいいの?」
「さようでございます。お願いいたします」
「うん! わかった! すぐ持ってくる!」
お水を汲む場所まで、走ってもすぐには着かない。
だけど、お姉ちゃんが待ってる。
じいやもきっと、すぐに水を使いたいはず――。
「そうだ……! さっきの魔法なら!」
「お、お嬢様?」
「ふん……ふん……♬」
さっき、鼻歌を歌ったときの歌……。
お願い。
魔法を出して!
「ふんふ~ん♪」
ヒュウ……。
やった……。
風が吹き始めてる。
「ふんふん~♪」
ヒュウ―ヒュー。
風が、私の周りに集まってきた。
「お願い……!」
ビューヒュー!
「ひゃっ!」
地面から、足がふわりと離れた。
身体が浮いてる!
これだ!
「お、お嬢様……?」
「じいや! できた! できたよ!」
「そっそれは……もしや魔法でございますか??」
「うん! そうだよ!」
「さ……さようでございますか……」
「じいや? どうしたの?」
「い、いえ。今はフィールお嬢様でございます」
「あ、そうだった」
「ゼフィお嬢様。そのまま水場まで飛べますか?」
「うん! やってみる!」
「では、よろしくお願いします!」
お願い。
私を水場まで連れて行って……!
ビュー!
風の動きが変わった。
足元をくるくると回っていた風が、一つの流れになって私の背中を押す。
「わっ!?」
ふわり、と身体が前へ滑り出した。
地面を蹴っていないのに、景色だけがどんどん後ろへ流れていく。
「す、すごい! 飛んでる!」
花壇を越え、木々の間を風と一緒に駆け抜ける。
まるで風そのものになったみたいに、私の身体は水場へ向かって一直線に進んでいった。
「あ、水場だ! ってあれ? ラミアお姉ちゃん?」
「うーん? ……え? ゼフィ?」
あれ!?
止まれない!!
「お願い! 止まってぇぇぇぇ!」
ドンッ!
「きゃっ!」
「いたっ……じゃなくて、ゼフィちゃん?! 大丈夫?」
「うぅ」
「ゼ、ゼフィちゃん?? もしかして、ケガしちゃった? どこか痛くしてない?」
「うぅーん。だ、だいじょうぶ……」
「本当に? それならよかったぁ。お姉ちゃん心配したんだよ?」
ぎゅー。
気がつくと、ラミアお姉ちゃんが私を抱きしめてくれていた。
あったかい。
フィールお姉ちゃんや私よりも背が高くて、お胸も大きくて、とってもきれいなお姉ちゃん。
学校に通っていて、いつもは寮にいるから、週に1度くらいしか会えない。
だけど、会ったときは、一緒に遊んでくれるし、絵本を読んでくれる。
そんな、ラミアお姉ちゃんの匂い。
すっごく安心する……。
「ねえ、ゼフィちゃん。どうして、空から飛んできたの?」
「あ、そうだった! ラミアお姉ちゃん! 助けて」
「ど、ど、どうしたの?? やっぱりどこか痛くしたの?」
「ちがう! 私じゃないの! フィールお姉ちゃんが……」
「フィール? もしかして、フィールになにかあったの?」
「うん! とにかく、一緒に来て! あ、そうだ。お水も……」
「大丈夫よ! 私が持って行ってあげる。お部屋に持っていけばいいの?」
「うん!」
「じゃあ、ちょっと待っていてね」
ラミアお姉ちゃんがいそいそと水場に戻っていくと、瞬く間に、水と布を持ってきてくれた。
「準備できたよ」
「ありがとう! ラミアお姉ちゃん」
「うふふ。それだけじゃないのよ。ゼフィちゃん、ちょっとこっちに」
「え?」
ラミアお姉ちゃんが私の手を引っ張って、水場の近くにある鏡の前に来た。
「ラミアお姉ちゃん?」
「大丈夫。怖くないから。これ持っておいてもらえる?」
「う、うん」
私に、桶と布を渡すと、小さなハープを取り出した。
「ゼフィちゃん」
「なに?」
「フィールお姉ちゃんを助けに行きたい?」
「うん! もちろん!」
「じゃあ、一緒に気持ちを込めて。静かに、そして心の中でフィールお姉ちゃんのことを思い浮かべてね」
そういうと、ラミアお姉ちゃんは、小さなハープの弦を静かにつま弾いた。
ぽろん――——。
綺麗で神秘的な音。
それが、鏡の表面を振動させ、大きな波紋が生まれ始めた。
「あれ? 私たちの姿が消えた?」
「ゼフィちゃん! 想いを止めないで!」
「えっ」
「お願い。ただひたすら、フィールのことだけを想って!」
「え? そ、そんな」
「いい? 目をつぶって。フィールお姉ちゃんのことだけを想って」
言われた通り、目をつぶって、ただひたすら想い続けた。
フィールお姉ちゃん……。
早く。
早く、フィールお姉ちゃんのところに……!!
その瞬間。
鏡の向こうから、誰かがこちらへ手を伸ばした。




