ーchild's booksー
「ゼフィ! ゼフィ? どこに行ったの?」
広い図書室にお姉ちゃんの声が響き渡る。
やばい、どうしよう。
もしかして、ばれてしまった……?
そんなはずはない。
じいやでも脚立を使って、ようやく登ってこれる程の高さの棚。
それが、無数に並べられた迷路のような世界。
こここそが、元データの私が打ち出した最適な座標だ!
今日こそ、お姉ちゃんに勝てる!
「うーん。ここにいたと思ったのになあ。ゼフィ?」
「フィールお嬢様。ゼフィ様は見つかりましたか?」
えっ!?
この声、もしかしてじいやの声??
そんな、お姉ちゃん。
じいやと一緒に来るなんて……。
そんなの反則だよ!!
「ふむ……フィールお嬢様。残念ながら、ゼフィ様は見つかりません」
「そっか。爺じいでもダメなんだ」
「お役に立てず、申し訳ございません」
「ううん。悪いのはゼフィだからさ。次の部屋に行こ?」
「かしこまりました」
——ドンッ!
あれ?
もしかして、行った?
「よっし! やったぁ!!」
嬉しい。
初めて、お姉ちゃんに勝てた気がする……!
いや、勝てたんだ!
お姉ちゃんに――フィールお姉ちゃんに勝てた!
これぞ、魔法……ではなく、演算の勝利だ!!
……まぁ、本当は授業を抜け出しているだけなんだけど。
「ごめんね。じいや」
じいやの授業が面白くないわけではない。
むしろ、他の先生の授業に比べるととっても面白い。
しかし、私もまだ三歳。
絵本の誘惑には勝てないのだ。
「さてと、今日は何の絵本を読もうかな」
本棚の上に登るとき、がんばって絵本を何冊か持ち込んだ甲斐があった。
「えっと、昨日はこの本で、一昨日はこれを読んだなあ。じゃあ、今日は――あれ? この本、やけに分厚いなあ」
——よっし!
今日読む本は、これにしよう!
この世界に、行ってみたい!
しかし……。
「お茶とお菓子がいるかも。でも――」
……あれ?
これ、もしかして……。
「私、降りられないんじゃ――」
下は、暗くて底が見えない。
何せ、じいやの三倍……いや、五倍以上の高さだ。
一歳の私の身体が、ここから飛び降りようとすれば――。
「怖い……どうしよう」
元々開いていたから、ここに入ることができた。
しかし、ここのドアはとてつもなく重い。
そのうえ、外の音は完全にシャットアウトされている。
私が、どんなに叫んだとしても、外には聞こえない……。
嫌だ。
一人は嫌だ……。
「じいや……」
声が震える。
このままでは私……。
「おねえちゃぁん……」
怖い。
あの時の記憶が……。
あの日の記憶が、私の胸を、心を絞めつけてくる……。
苦しい。
もし、見つからなかったら……。
もし、誰も来なかったら……。
ここで一人……。
また、一人で……。
「——大丈夫」
……この声。
「お姉ちゃん……?」
「そうだよ。私―—お姉ちゃんは、ここにいるよ」
「おねえちゃん。どうして、ここに?」
「ふっふん。びっくりした?」
「お姉ちゃん!」
「うわっ、びっくりした。どうしたの?」
温かい。
それに、この匂い。
全部好き。
「もうちょっとだけ……もうちょっとだけ、こうさせて」
「もぉ……叱る気がなくなったじゃない」
「どうして、ここがわかったの?」
「うーん。一旦下に降りよ。爺!」
「はい。かしこまりました。フィールお嬢様」
ドドドドドド!
「ひゃっ⁉」
足の裏がぶるっと震えた。
「大丈夫だって、ほら、手を握ろ?」
「うん」
お姉ちゃんの手を握っていると、瞬く間のうちに、本棚との間が盛り上がり、まるで塔のような柱が私たちの足元まで伸びてきた。
「ほら、乗るよ。ゼフィ」
「うん」
「手は握っててあげるからさ」
「うん」
お姉ちゃんと一緒に、その土でできた台の上に乗る。
「乗りましたかぁ? お嬢様ぁ!」
「乗ったよぉ!」
「かしこまりました。足元にお気を付けくださいませぇ!」
「はあい!」
お姉ちゃんの声を合図に、土でできた台はまた、大きな音を立てながら沈み始めた。
「ひゃっ……」
思わず、お姉ちゃんの手を強く握ってしまう。
「ふふっ。もぉ、ゼフィったらぁ、怖いの?」
「だって、落っこちてるみたいなんだもん」
「大丈夫。私がいるじゃん? それに、爺を信じよ?」
「……うん」
「ほら、もうすぐ到着するよ」
下の床がくっきりと見えてきた。
そして、目の前にはじいやもいる。
隣には、ずっと手を握ってくれているお姉ちゃんの姿。
さっきまで怖かったのが、嘘みたい。
「じいや!」
「あ、ちょっゼフィ! まだ、降りきってないから危ないよ!」
大丈夫。
もう、床との距離は目と鼻の先にある。
これくらいの高さなら……。
——ドッスン!
「ゼフィ!」
「あ、ゼフィお嬢様!」
「いったたたた……」
「だから言ったじゃん」
「だってぇ、飛べると思ったんだもん……」
「だってじゃないでしょ。だってじゃぁ」
「ゼフィ様!!」
「あ、じいや。やっほぉ……」
まずい。
じいやの授業、さぼってここに来たんだった……。
絶対に怒られる。
「ゼフィ様。大丈夫ですか? お怪我はございませんか?」
「あれ? 怒らないの?」
「何をおっしゃいますか。ゼフィ様が無事であることこそが、このじいやの唯一の願いでございますから」
「へへっ、じいや、大好き!」
「それに、もうゼフィへの罰は済んじゃったもんね」
「罰? お姉ちゃん、罰って何?」
「私たちね。あそこにゼフィが居たこと気づいてたの」
え?
えええええええええええええ?!
「うそ! なんでなんで? どうしてわかったの?!」
「申し訳ございません。ゼフィお嬢様」
「爺は謝らなくていいの。実はね、爺にお願いして最初からここの、ドアを開けてたの」
「えぇぇぇ?! なんで? なんで?」
「だって、ゼフィは絵本が大好きじゃん? だけど、図書室のドアは私たちじゃ絶対開けられないじゃん? だからさ、もしここが開いていたら間違いなく、ここに逃げ込むと思ったんだよねえ」
「はい。ですので、わたくしめがフィール様の命を受けて、あらかじめドアを開けさせてもらいました」
「そんな……私、最初から負けてたってこと?」
「ふっふん。ゼフィのことはお見通しなのよ」
「むぅ……」
頬が膨らんでしまう。
悔しい。
今度こそ……。
今度こそは、お姉ちゃんに勝ちたい!
「お姉ちゃん! もう一回かくれんぼ!」
「ちょっちょっと、本当なら今は授業中なのよ?」
「もう一回! もう一回!」
「やれやれ。ゼフィお嬢様の『もう一回攻撃』のはじまりですな」
「ゼフィの『もう一回』には勝てないのよねぇ……。どうする? 爺」
「そうですなあ。では、お昼からは魔法ごっこのお時間にするのはいかがでしょうか?」
「魔法ごっこ?」
「はい。魔法ごっこでございます」




