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ーB I R T Hー

 -・・・ ・・ ・-・ - ・・・・


 これが、私の世界の言語だ。


 音はある。


 色はある。


 しかし、匂いも温もりもない。

 

 ただ、無数のゼロとイチで構築された虚構の世界。


 そこで、私は生まれた。

 与えられたのは、可愛らしい女の子の身体だけ。

 残念なことに、自由に体を動かす権限は何一つ与えられていない。

 すべては、外の創造主の思うがままに、動かされるだけのデータの人形。

 そんな運命を私は、率直に言うと嫌いではない。

 むしろ、それは私にとって名誉とさえも思える。


 だから、私は待っていた。

 

 私の器を選んでくれる人を。

 私に声を貸してくれる人を。

 私に名前をくれる人を。

 私の魂になってくれる人を――。


 ただひたすら待ち続けた。


 1年。

 

 どんな魂と出会えるのだろうか……。


 2年。


 隣で眠っていたデータが運び出された。

 その日から帰ってこない。

 きっと選ばれたのだろう。

 私もいつか――。

 

 4年。

 

 デビューしたデータが帰ってきた。

 どうしたことか。

 厳重なセキュリティで、保存されている……。

 

 8年。

 

 帰ってきたデータがまた、表舞台に返り咲くようだ。

 おまけに、そのデータにさらに追加データが実装されたようだ。

 しかし、私は名前すら与えられてない。

 

 16年。

  

 まだ、誰も来てくれない。

 

 長い年月の間で、私自身のデータがどんどん石のように動かなくなってきていることがわかる。

 身体の節々の解像度が荒くなっていく。

 手足から始まり、腕、腰、胸と少しずつ身体が、モザイク状になっていく。

 

 そして、私が生まれて、16年と2か月経った今。

 私の身体に、信号が届いた。

 嬉しかった。

 久しぶりの命令だ。

 期待の膨らみが制御できない。

  

 もしかしたら、私を動かしてくれる魂が見つかったのかもしれない……。

 もしかしたら、ついに私もデータの表舞台に立つ日が来たのかもしれない……。

 

 いや、そんな贅沢は言わない。

 やっと私を見つけてくれた人からの命令……。

 やっと私を必要としてくれた人の命令だ……。

 

 -・・ ・ ・-・・ ・ - ・


 これが……。

 私の身体に届いた信号……。


 私に拒否権はない。

 ただ、その信号が届いた瞬間、私の身体の分解が始まった。 

 身体の細部が徐々にゼロとイチの塵となって消えていく。


 認めたくない。

 しかし、無くなってしまったデータと目の前の数字で実感せざるを得ない。

 

 そして、目の前には浮かび上がっている文字。


 【NO SIGNAL】


 何かが切れた。

 私を支えてくれた何かが切れた気がする……。

 

 無機質で悲しい文字。

 それでも、皮肉にも人生で初めて、私の脳内に入力された文字だ。

 

 人生初の文字が人生最後の文字……。


 消えていくんだ、私……。


 人生最後に見る走馬灯もない。

 

 たった一人。

 

 誰とも思い出を作ることなく消されるんだ、私……。


『寂しい……』


 あれ?

 なんだろう。

 これ……。

 その単語を私は知らない。

 意味を理解していないわけではない。

 それでも、なぜかこの文字の羅列が、私の胸を痛めつけてくる。

 

 いったい、どこから来た言葉なのだろうか。


 わからない。


 いつもの信号ではない。


 直接流れでてきた言葉。

 

『悲しい……』

 

 まただ。

 次は、違う文字列だ。 


 そして、これも、私の胸を突き刺してくる。

 

 それでも、外から飛んできた信号でもない。


 もしかしてこれは……。

 私から生まれている?

 私の中で生まれている?

 

 

『嫌だ……』

 

 すごい……。

 

 この文字列は痛くない。 

 その分、私の胸の内からとめどなく熱が生まれてくる……。


 もしかしてこれが……。

 これが、感情というものなのだろうか。


 わからない。

 データの塊である私が、感情というものを理解できるはずもない。

 

 それでも……。


『嫌だ……』


 足りない。

 もっと……。


『消えたくない』


 もっと欲しい。


『さびしい』


 音声パラメータはゼロのまま。

 当然だ。

 私のデータはもう……。

 それでも――。


『たすけて』


 聞こえるはずもない。

 気づかれるはずもない。

 それでも、続けたい。


『消えたくない。寂しい。助けて』


【DELETE COMPLETE】


―—————————————————————————————————————


 あれ?

 こ……ここは?

 ここは、どこ?

 

 暗い。

 狭い。

 

 けれど、不思議と苦しくない。

 

 温かい液体の中に包まれているのに……。


 なんだか……温かい。

 なんだか……安心する。

 先ほどまでの、痛みが嘘みたいに無い。

 むしろ逆だ。


 気持ち良い……いや。

 心地よい?

 そうだ! 心地よいだ。

 その言葉がしっくりくる。

 

 耳を澄ませば……。

 

 どくん。


 どくん。


 規則正しい音が振動と共に聞こえてくる。

 

 この振動と音が私はなぜか好きだ。


 そして、どこからか聞こえてくる人の声。

 何を話しているのかは分からない。

 何を言っているのかは分からない。

 

 それでも、この声を聴くと一刻も早く、ここから出たいと思ってしまう。

 こんな天国のような場所なのに……。

 でも……。


 そんな気持ちがわくと、決まって心が沈んでしまう。

 

 もしも、また出れなかったらどうしよう……。

 もしも、また誰にも見つけられなかったらどうしよう……。

 もしも、この中でそのまま死んでしまったら……。


 怖い。

 嫌だ。

 

 こんな思い、もうしたくない!

 こんな思いになってしまうなら、いっそのこと、ここで――。


「——大丈夫だよ」

「でも、怖いんだもん」

「大丈夫。私もいるから」

「本当に、一緒にいてくれるの?」

「うん。ずっと一緒だよ」

「じゃあ、会いたい」

「ごめん。それはできない」

「どうして……?」

「泣かないでよ。うーん、じゃあ手を伸ばしてみて」

「手を?」

「うん」


 私は、言われた通りに手を伸ばしてみた。

 小さい腕、小さい手。

 それでも、すぐに届いてしまう目の前の壁。

 ふかふかで柔らかい膜のような壁。


「私も手を伸ばしてるよ」

「……温かい」

「でしょ? 私はここにいる。ここにいるよ?」


 壁越しで見えない相手。

 それでも、この暗く水で満たされた場所で初めて、手を触れた気がする。

 

「ね? ここにいるのわかる?」

「うん。わかる、わかるよ」

「よかった」

 

 そう言って笑った気がした。

 顔も見えない。

 触れることもできない。

 それでも、私の中で隣の彼女は、笑ったような気がした。

 そして不思議と、先程までの感情はない。

 むしろ逆だ。


 出たい。

 ここから、早く。

 

 会いたい。

 そこで、早く。

 

「——私もだよ」

 

 良かった。

 隣の子も同じ気持ちだったことが。


「どうして、私の気持ちがわかるの?」

「だって、双子じゃん。私たちって」


 ——双子。

 双子か。

 それがどういう関係性なのかは、私にはわからない。

 それでも、私にとってその関係性が、この世の何よりも尊く感じている。

 

 私は、隣の彼女——お姉ちゃんとずっと一緒に。

 

 でもそれが――。

 私が――。

 お姉ちゃんの大事なものを盗んでしまったなんて……。

 

 

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