ーFirst Timeー
――ガラガラ、ゴッドン。
「うわっ! 牛さんだ! フィールお姉ちゃん! 見て見て! 牛さんがいるよ!」
「ちょっと、ゼフィ。あまり、乗り出さないで。 馬車から落ちちゃうよ」
「大丈夫! って、キャッ!」
「あ! ゼフィ!」
やばい!
馬車から落ちちゃう――。
キラン――。
あれ?
落ちてない。
あ――。
「光の手?」
「ふふっ、私の魔法よ。ゼフィちゃん」
光の手が、私を優しく掴んでくれていた。
「——ありがとう。ラミアお姉ちゃん」
「どういたしまして。ゼフィちゃん」
「もぉ……ゼフィったら。だから、言ったのに」
「えへへ。ごめんね、フィールお姉ちゃん」
だけど――。
「あ、ゼフィったら、また――」
「だって、フィールお姉ちゃん! 外の景色なんだよ?」
どこまでも続いている草原。
遠くに見える山。
馬車の目の前を流れている川と、そこに架かっている橋。
全部全部。
私の心を躍らせてくれる。
「ねえ、フィールお姉ちゃん。私たち、本当に外の世界に居るんだね」
「——うん、そうだね」
「ふふふっ。ゼフィったら、あんなに嬉しそうにしちゃって」
「だってだって。外なんだよ? 外! 絵本でしか見たことないものが目の前にあるんだよ!」
「それは、わかったから。身を乗り出すのはやめなさい。また、落ちちゃうでしょ?」
「大丈夫よ、フィールちゃん。私がいるんだから、フィールちゃんも、もっと外を眺めたらどう?」
「わ、私は――」
「ほら、フィールお姉ちゃん! 見てよ! あそこ!」
「あ、ちょっと。ゼフィ、引っ張らないでよ」
「見て! 山があんな遠くに!」
「……綺麗」
「でしょ?!」
「なんで、ゼフィが自慢げなのよ」
「だって、綺麗なんだもん!」
「そうだね。うん、楽しいね。ゼフィ」
「うわぁ……うん!」
やった!
フィールお姉ちゃんが笑ってくれた!
やっと、フィールお姉ちゃんと楽しくおしゃべりができている。
しかも――。
「——どうしたの? にやにやしちゃって」
「ううん、なんでもない」
――フィールお姉ちゃんが私のロープを着てくれている。
なんだか、あの夜が悪い夢でも見ていたようだ。
そして――。
「さぁ皆々様、到着いたしましたぞ」
「さ、ゼフィちゃん、フィールちゃんもうすぐ到着するわよ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「すっ、すっごい……」
目の前に広がっている、大きな壁とそして――。
壁の奥から見える、大きな建物の数々。
目に映るすべてが、まるで別世界のようだ。
「二人とも、ここが魔法都市【マジア】よ」
「ここが――」
「ねえねえ! フィールお姉ちゃん、フィールお姉ちゃん! 人がたくさんいるよ!」
「ちょ、ちょっと! ゼフィ!」
すごいすごい!
走っても走っても、目の前には、人、人、人!
こんなにもたくさんの人であふれているなんて――!
って――。
「あっ!」
「キャッ!」
ドスッ――。
「いったた……、ってごめんなさい!」
「いえ――、こちらこそ、ごめんなさい」
って、うわぁ……。
綺麗な髪——。
水みたいに透き通った青色。
私とも、フィールお姉ちゃんとも、ラミアお姉ちゃんとも全然違う。
それに、この子——。
「大丈夫? ケガとかしちょらん?」
「う、うん。私は大丈夫だよ」
「ほんと? すっごい勢いで、ぶつかってきちょったけど……」
「うん! 大丈夫! それより、ごめんなさい」
「わ、私は、いいっちゃ。それよりも……、この街は初めてなん?」
「うん!」
「そっか、他に家族は?」
「フィールお姉ちゃんと、ラミアお姉ちゃんと一緒におるよ!」
「ラ、ラミア……? ラミアって、もしかして――。ラミア・メディアルのこと?」
「そうだよ。もしかして、ラミアお姉ちゃんのこと知ってるの?」
「当り前っちゃ! 聖・ラミアと言えば、このマジアでも有名っちゃ!」
「そうなんだ! お姉ちゃん、すごい人なんだね」
なんだか、嬉しいな。
ラミアお姉ちゃんが、こんな風に言われているなんて――。
「ゼフィ! ゼフィ! どこに居るの?」
「あ! フィールお姉ちゃん! おーい! ここだよぉ!」
「もぉ……。ゼフィったら。勝手に、馬車から出て行くし……。って、その子は」
「さっき会ったの! 名前は、えぇっと……」
「フィウメよ、フィウメ・マレ」
「へぇ、フィウメって言うんだ。私、ゼフィっていうの。ゼフィ・メディアル」
「わ、私は、フィール。フィール・メディアルです」
「メディアルって……。もしかして、二人ともラミアさんの妹さん?」
「うん! そうだよ!」
「えっ……まじ?!」
「ちょっと待って……。てことは、あなた、あのメディアル家てことよね?」
「うん、そうだよ?」
「そうだよって……、えっ、えぇ……」
どうしたんだろう。
なんだか、フィウメが動揺しているように見える。
「ねえ、ラミアさんはいないの?」
「ラミアお姉さまはなら、今は馬車を――」
「そう……。ってことは、今はいないっちゃね」
「え、ええ。そうだけど」
「じゃ、じゃあさ。ちょっと、街を探検してみない?」
「え? 本当に?!」
やった、やったやったぁ!!
この街を――、マジアを探検できるなんて――!
「で、でも。ラミアお姉さまが待ってるので――」
「あ、そうだった……。ラミアお姉ちゃんが」
「だ、大丈夫っちゃ。ラミアさんなら、きっと二人の場所くらい分かってるはずだから」
「そうなの?」
「う、うん。私、ここに来る前にこれをラミアお姉さまに渡されたんだ」
フィールお姉ちゃんは、ポケットから小さな光を取り出した。
「こ、これって?」
「ラミアお姉さまの魔法らしいよ。これで、私たちの居場所がわかるらしいよ」
「そうなんだ! すごいね! ラミアお姉ちゃん」
「じゃ、じゃあ、決まりかな」
「うん! 行こうよ! フィールお姉ちゃん!」
「……まあ、うん。わかった」
「やった! 探検だ! 探検!」
——すごい。
宙に浮かぶ炎と、その上でぐつぐつと煮立たせている大きな鍋。
何も無いところから出てくるお水。
そして、地面から伸びた土塔……って。
あれは、じいやが見せてくれた魔法と同じだ!
「フィールお姉ちゃん! あれ見てあれ! すっごいきらきらしてる!」
「ゼフィ、あんま走らないの。また、はぐれちゃうでしょ?」
「あはは、ゼフィは元気っちゃんね」
「もぉ……元気すぎるよ」
「あなたは、楽しくないの?」
「——私? 私は……、うん。楽しいよ」
「そっか」
「あ! ねえねえ! 二人ともあれ、見てよ! あれ」
「どうしたっちゃ?」
「すっごい美味しそうじゃない? なんだろう、これ」
「はっはっはっは。嬢ちゃん、ハニーパイは初めてかい?」
「ハニーパイ? なにそれ!」
「この街の名物っちゃ。甘くて、柔らかくてとっても美味しいのよ」
「ちっちっちっち。青のお嬢ちゃん、うちのハニーパイはそれだけじゃないぜ? なんせ、油で揚げてるんだ。外はカリッ。中はふわとろの新触感を味わえるぜ?」
「そ、そうなんだ」
「フィールお姉ちゃん! これ食べようよ!」
「ゼフィ、お金は持ってるの?」
「……お金? あ」
そうだった。
私、お金持ってきてなかったんだった……。
どうしよう。
「はぁ、そうだと思った。おじさん、このハニーパイ、三つください」
「三つ?」
「えぇ、私とゼフィ、それからあなたの分よ。フィウメ」
「私?」
「ゼフィと遊んでくれたお礼」
「あ、ありがとう!」
「って、フィールお姉ちゃん。結局、フィールお姉ちゃんも食べたかったんじゃん」
「ゼフィ、うるさい」
「あいよ、ハニーパイ四つ。お待ちどう!」
「あ、ありがとうございます……。って、あれ? 四つ? あの――」
「へへん。そいつはお姉ちゃんの分だぜ? お嬢ちゃん、白髪の嬢ちゃんのお姉ちゃんなんだろ?」
「あ、はい。まあ、そうですけど……」
「しっかり、お姉ちゃんを頑張っているお嬢ちゃんには一つサービスだ」
「あ、ありがとうございます」
「あー! ずるいぃ! フィールお姉ちゃんだけ二つなんて」
「もぉ、ちゃんとゼフィにもあげるから……」
「やったぁ!」
「あっはは。ゼフィって、ほんと甘え上手っちゃんね」
目の前の、揚げたてハニーパイ。
そこに、これでもかってくらいにかかっているはちみつと、真っ白な生クリーム……。
はぁむっ――。
「おいひぃぃぃ!」
「ゼフィ、食べながらしゃべらないの」
「だって、フィールお姉ちゃん、これすっごく美味しいんだよ! ね? フィウメ」
「え、ええ、これは予想外……。このパリッとしていて、そしてもちっとした食感。これ、もしかして、パイの下をクレープで包んでるんじゃ」
「あ、そっか。それで、このサクっとしていて、中がもちもちしているんだ」
「おいしいね! フィールお姉ちゃん。——って、あっつ!」
「あ、ゼフィ!」
「あっつつ……」
「もぉ、慌てて食べるからでしょ? ちゃんとふぅふぅしなきゃ」
「ゼフィは、何でも楽しそうにするっちゃんね」
「ただの、慌て者なだけよ。この子は」
「でも、フィウメ。良いなぁ、毎日こんな美味しいもの食べてるなんて」
「そんなわけないっちゃん。こんなん、毎日食べよったら、お腹がぽよぽよになっちゃうじゃん」
「大丈夫だよ! フィウメ、とっても綺麗だもん! ちょっとくらい、太っちゃっても平気っちゃん!」
「ゼフィ、人の口癖の真似しないの」
「あっははは。ほんと、二人とも面白いね」
「ごめんなさい、ゼフィが」
「いいっちゃ。それよりも、二人はどうしてマジアに来たん?」
「私たちね! プラトン魔法学園に行くの!」
「……プラトン魔法学園に?」
「うん!」
「ゼフィ? フィール? いるぅ?」
「あ、ラミアお姉ちゃん!」
「二人とも、大丈夫だった? ごめんなさいね、二人っきりにさせちゃって」
「ううん。大丈夫! フィウメが一緒に居てくれたの!」
「フィウメ? フィウメって?」
「ほら! そこに……って、あれ?」
なんでだろう。
そこに目を向けたとき、フィウメは居なかった。
「どこに行っちゃったんだろう――。フィウメ」
「用事でもあるんでしょ?」
「うふふ。さっそく、素敵な友達ができたみたいね。じゃ、二人とも行きましょうか、プラトン魔法学園に」
「ゼフィちゃん、見えてきたわよ」
「……うわぁ」
ラミアお姉ちゃんの指さす先。
そこには、今まで見たこのもないほど大きな石造りの建物が、街そのものに溶け込むように建ち並んでいた。
「ひ、ひろい――」
「ラミアお姉さま、これ。どこからが学校なの?」
「ふふん、フィールちゃん。目の前に見えてる全部が学校なのよ」
「え――。これ、全部?」
「す、すごい……」
「改めて――。ようこそ、プラトン魔法学園へ」




