間話ーDetermination【ラミア視点】ー
「もぉ、出て行って!」
「わかった。私、一人で行く」
バタンッ――。
「ゼ、ゼフィちゃん!」
——止められなかった。
私、お姉ちゃんなのに。
二人のお姉ちゃんなのに――。
二人の喧嘩を……止められなかった。
いや、あれを喧嘩と言っていいのだろうか、それすらもわからない。
そして、何よりも情けないのが、私の本音だ。
二年前の鏡魔法——。
私は、今日まで、自分のせいでフィールちゃんを苦しめてしまったと思っていた。
私が使った、鏡渡かがみわたりが、フィールちゃんの魔力を枯渇させてしまったんじゃないかって……。
だけど、それは全くの見当違いだった。
——ゼフィちゃんが、フィールちゃんの魔力を使っていた。
それを聞くと、全てに合点がいく。
ゼフィちゃんが使った風魔法で、フィールちゃんは倒れた。
ゼフィちゃんがそこに、追い打ちをかけるかのように魔法を使ってしまい、それがフィールちゃんの魔力衰弱を招いた。
そういうことなら、全てが繋がる。
そう。
私じゃなかったんだ。
私のせいじゃなかった。
それを実感した途端、胸の奥から罪悪感がスッと消えていった。
その代わり、解放されたことによる安堵がとめどなくあふれ出てきている。
そんな自分が――。
嫌で嫌で仕方がない。
——本当に苦しいのは、ゼフィちゃんとフィールちゃんなのに。
そしてなにより――。
「あの……、フィールちゃん?」
「…………」
「その……」
あぁ、悔しい。
今、目の前で苦しんでいる愛妹に、なんて声をかけてあげたらいいのか。
最初の言葉は、どうしたらにいのか――。
言葉が全く見つからないなんて。
私って、なんのために――。
「ラミアお姉さま」
「え? あ、うん? どうしたの? フィールちゃん」
「お願い、隣に居て」
「う、うん」
——————————————。
「あ、あのさ。フィールちゃん、ゼフィちゃんの事だけど――」
「言わないで」
「え?」
「あ、ごめんなさい。ラミアお姉さま。でも、お願い。お姉さま」
「いまは、ゼフィのこと……言わないで」
「フィールちゃん……」
「……お願い」
フィールちゃん……。
もしかして、本当にゼフィちゃんのことを――。
「ラミアお姉さま、私って最低だよね」
「——フィールちゃん」
「私……。お姉ちゃんなのに、ゼフィのお姉ちゃんなのに。あんなこと……」
そっか。
フィールちゃんは、ゼフィちゃんのことを嫌ってなんかないんだ。
むしろ、私と同じ――。
「私は、ゼフィのお姉ちゃんとして、ゼフィのやりたいことを尊重してきた。ラミアお姉さまのように、ゼフィから慕われて、かっこよくて優しいお姉さまを目指してた。だけど――。今日の私……最低だった」
そんなことない。
私は、ゼフィちゃんやフィールちゃんが思っているような理想の姉なんかじゃない。
逆に、フィールちゃんは違う。
もしも、私がフィールちゃんだったら――。
ゼフィちゃんが、私の魔力を使って魔法を使っていて、私が使えなくなっちゃったことを想像すると――。
ゼフィちゃんに、無条件で自分の魔力を差し出せるだろうか。
ゼフィちゃんを、可愛い妹として見られるだろうか。
正直、分からない。
魔法は、私たちメディアル家——、いや、全ての貴族の人たちにとっての生命線だ。
もしも、魔法を使えないとなってしまえば、私たちは家督を失い、隷属へと落ちてしまう。
だけど、ゼフィちゃんとフィールちゃんは七歳の子ども――。
そんな、大人の事情などは一切関係ない。
それでも、彼女たちにとっては魔法ほど、偉大なものはない。
私だって、今でも覚えている。
爺や、フィアンマお兄様、そして――。
お母さま目の前で、初めて魔法を使えた日のことを。
自分の思い通りに、ハープで音色を奏でた全能感。
全身を走り抜ける魔力のこそばゆい感触。
そして、初めて自分の魔法を、使うことのできた達成感。
すべてが面白くて、楽しくて、仕方なかった。
それを、フィールちゃんはゼフィちゃんに奪われたのだ。
そして、そのゼフィちゃんは、フィールちゃんの目の前で、これ見よがしに魔法を使っている。
だけど――。
それは、ゼフィちゃんも知らなかったんだ。
知らず知らずのうちに、ゼフィちゃんはフィールちゃんを苦しめていたなんて――。
こんなの……こんなのって――。
「フィールちゃん。あなたは――」
「ラ、ラミアお姉さま?」
気が付いたら、私はフィールちゃんを抱きしめていた。
「フィールちゃんは悪くない。ちゃんといいお姉ちゃんしているよ」
「でも、私——ゼフィを、傷つけちゃった。言わなくていいことを言ってしまった」
「ねえ、フィールちゃん。あなたは、どれくらい前からそのことを知っていたの?」
「バイオリンレッスンの日」
「バイオリン? 二年前の?」
「うん。あの日、ゼフィが魔法を使っている時に、私の中から、何かがゼフィに流れているのを感じたんだ」
「うん」
「そして、その時の感覚が、あの時と似てたんだ」
「あの時って……もしかして、フィールちゃんが倒れちゃったときの事?」
「うん。それで、わかっちゃったんだ。私の魔力はゼフィが使っちゃってるんだって」
「そっか」
つまり、この子は二年前からその事を知っていたんだ。
だけど、それを私を含めてみんなに言わなかった。
「最初は、そのことを知ったとき。ひどく、ゼフィを妬んじゃったの」
「うん」
「なんで私なのって思った。私の魔力なのにって。私だって魔法を使いたかったのにって……」
「うん」
「でも……ゼフィに言えなかった」
「どうして?」
「だって、ゼフィは何も知らないんだもん」
「……」
「もし私が『あなたのせいで魔法が使えない』なんて言ったら……あの子、絶対に自分を責めるでしょ?」
「……そうだね」
「だから、言えなかったの」
「それが、お姉ちゃんだから?」
「……うん。たぶん、そうなんだと思う」
「だから、黙っておくことにしたの?」
「うん。でもね、ラミアお姉さま」
「うん」
「黙っておけばおくほど、すっごく辛くなっちゃったの。ゼフィは何も知らずに私の魔力を使っていて、そのたびに私は――ひどく疲れちゃってさ。だから、ゼフィに冷たくしちゃった。何度も何度も」
「そっか……そうだったんだね」
「でも、それでもあの子は私のことを好いていてくれた。なのに、私はあの子を――」
「フィールお嬢様」
「爺?」
爺が、部屋のそばに投げ捨てられていた包み紙を持って、私たちの元に近づいた。
ずっと、何も言わずに話を聞いてくれていたんだ。
「フィールお嬢様、こちらを」
「これ――。私が投げてしまった……」
「どうか、この中身をご覧になってはいただけませんか?」
「う、うん」
なんだろう。
ゼフィちゃんが、大事に持っていた包み紙だったと思うけど――。
中身は一体……。
「——こ、これって」
「すっごい、綺麗——」
「こちら、ゼフィお嬢様がフィールお嬢様のために用意なされた魔法使い用のローブにございます」
「ゼフィが?」
「はい。毎日毎日、ゼフィお嬢様が御作りになられたものでございます」
「作ったの?!」
「さようでございます」
「そんなものを、私は投げちゃったの……。ゼフィ――ごめん、ごめんね」
「ゼフィお嬢様は、これを着ていつか、魔法を使えるようになったフィールお嬢様を見てみたいとずっと、懇願されておりました」
――魔法を使えるようになったフィールちゃん。
そうか、ゼフィちゃん。
ゼフィちゃんは、フィールちゃんと本気で――。
「フィールちゃん、あなたはどうしたい?」
そう聞くと、ずっと泣いていたフィールちゃんは、涙をぬぐった。
「私も、魔法学園に行きます。ゼフィと」
「……うん」
「私、もう一度……お姉ちゃんになりたい」
「フィールちゃん」
「今度は、ゼフィの隣にちゃんと立てるお姉ちゃんになりたい」




