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「命を喰うレベルアップ ―僕は誰かの余命で強くなる―」  作者: 黒豚
第1章「三十日のログイン」

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第八話 ユイ

第八話です。

どうぞよろしくお願いします。


牙猪が倒れたあとの静けさの中、俺とユイは、しばらく互いに立ち尽くしていた。


「本当に、ありがとうございました。あのまま一人だったら、どうなっていたか……」


ユイと名乗ったその人物は、改めて深く頭を下げた。癖のある短い髪、細身の体格。着ている服は、俺の支給品と同じような、簡素な布の服だった。


「怪我は、本当にないですか」


「はい、大丈夫です。ただ、腰が抜けちゃって、動けなくなってしまって……情けないところ、見られちゃいましたね」


ユイは苦笑しながら、地面についていた手を払った。俺は手を差し出し、立ち上がるのを手伝った。


「討伐、初めてだったんですか」


「はい。今日、ちょうどギルドで討伐依頼を受けたばかりで。この牙猪を三体倒せば達成っていう依頼だったんですけど……最初の一体で、もう心が折れかけてました」


ユイは肩をすくめながら、自嘲気味に笑った。俺はその言葉に、少し引っかかりを覚えた。


「討伐を選んだのは、何か理由があったんですか」


「理由、というほどでもないんですけど……ギルドの人に、経験値効率のいい依頼を聞いたら、討伐を勧められて。実際、成長経験値の依頼より、ずっとレベルが上がりやすいって聞いたので」


その言葉に、俺は自分の胸の内が、少しだけざわつくのを感じた。ユイは今日、恐らく初めて、誰かのLPを伴う経験値を手にしようとしていたのだろう。それは、さっきまでの俺と、まったく同じ立場だった。


「あの、リョウさんは、討伐依頼で来られたんですか。それとも、たまたま通りかかっただけとか」


「いえ、俺はたまたまです。今日は特に、依頼を受けていたわけじゃなくて」


「そうなんですね。あの、リョウさんの装備、討伐向けって感じじゃないですよね。採取とか、そっち系の依頼が中心だったりします?」


鋭い指摘だった。俺は少し迷ってから、正直に答えることにした。


「はい。ここに来てから、ずっと採取とか、伐採とか、そういう依頼ばかり受けてました。今日、初めて――討伐、しました」


「え、そうなんですか」


ユイは少し驚いた顔をした。


「じゃあ、私を助けてくれたのが、リョウさんにとっての初討伐だったってことですか」


「そう、なりますね」


「なんだか、申し訳ないような……ありがたいような、複雑な気分です」


ユイはそう言って、困ったように笑った。俺は自分のステータスウィンドウに、まだ表示されたままになっている通知を見つめた。


【実績解除】

「初めての選択」


説明:初めて、他者のLPを伴う

   経験値を獲得したことへの記録


効果:称号「一線を越えた者」を獲得


視界の端で静かに点滅するその文字を、俺はしばらく見つめていた。称号という言葉の響きが、妙に重かった。一度手にしてしまえば、恐らく二度と消えることのない記録なのだろう。


「リョウさん、大丈夫ですか。さっきから、少しぼんやりしてますけど」


「あ、すみません。ちょっと、色々考えてて」


「もしかして、討伐したこと、後悔してます……?」


ユイの問いに、俺は言葉を選んだ。


「後悔、っていうのとは、少し違うと思います。ただ――今の一撃で、どこかの誰かのLPが、少しだけ削られたんだなって。そう思うと、単純には喜べないっていうか」


ユイは、俺の言葉をじっと聞いていた。しばらく黙り込んだあと、彼女はぽつりと言った。


「私も、それ、分かります。今日、ギルドでその話を聞いたときから、ずっと胸のどこかに引っかかってて。効率がいいって分かってても、素直に喜べない自分がいます」


意外な言葉だった。討伐を選んで、今日まさに三体倒す依頼を受けていた彼女の口から、そんな迷いが出てくるとは思っていなかった。


「でも、成長経験値だけでやっていくのは、正直、私には難しそうだなって思っちゃって。効率、悪いんですよね」


「はい。すごく悪いです。実際、レベルが上がるごとに、もっと悪くなっていくらしくて」


俺はここまでの経験を、簡単にユイに話した。銀葉草の採取、木材伐採、少しずつ積み上げてきた成長経験値、そしてレベルが上がるたびに減っていく獲得量。ユイは真剣な表情で、俺の話に耳を傾けていた。


「それでも、リョウさんは、その道を選び続けてるんですね」


「今のところは、まだ。この先、どうなるかは、正直分かりません」


俺は正直に答えた。ミラの説明では、成長経験値だけで進める道には、いずれ限界が来るはずだった。その限界がどこにあるのか、俺自身、まだ知らない。


視界の端で、ミラが静かに姿を現した。


「お取り込み中に失礼します。ユイ様も、専属ナビゲーターは、もう呼び出されたことがありますか」


ユイは少し戸惑ったように瞬きをした。


「あ……そういえば、村に着いたときに、そういう機能があるって表示された気がします。でも、まだ一度も呼んだことなくて」


「よろしければ、今、確認されてはいかがでしょうか」


ユイは頷き、自分のステータスウィンドウを操作した。視界の端に、また別の淡い光が集まる。今度は、青みがかった涼しげな色の光だった。姿を現したのは、ミラとはまた違う、落ち着いた雰囲気の男性の姿をしたナビゲーターだった。


「はじめまして。私はカイ、ユイ様専属のナビゲーション機能です」


「わ、本当に出てきた……存在は知ってたんですけど、なんとなく呼ばずにいました」


ユイが照れくさそうに笑った。俺はその様子を見ながら、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。この世界に来てから初めて、誰かと並んで、こうして言葉を交わしている。それは、思っていたよりもずっと、安心できる時間だった。


「あの、リョウさん」


ユイが、改まった様子で切り出した。


「よかったら、なんですけど。これから受ける依頼、少しだけ一緒に回ってもらえたりしませんか。今日みたいなことが、また起きたら困るので……その、正直、一人で討伐を続ける自信、あんまりないんです」


予想していなかった申し出に、俺は少し戸惑った。誰かと行動を共にするということは、この世界のルールを思えば、決して単純な話ではない。だが同時に、目の前で困ったように笑うユイを、放っておく気にもなれなかった。


「討伐、俺は今のところ、あんまり積極的にやるつもりはないんですけど……それでもよければ」


「もちろんです。むしろ、リョウさんみたいな考え方、私も少し見習いたいと思ってて」


ユイは、ほっとしたように微笑んだ。


「依頼、あと二体でしたよね。付き合ってもらってもいいですか」


「はい、それは大丈夫です」


そこで俺は、一つ気になっていたことを確認しておくことにした。


「あの、念のためなんですけど。これ、ユイさんの依頼ですよね。俺はただ手伝うだけで、報酬とか経験値は、ユイさんが受け取る形でいいですよね」


「あ……そうですね、すみません、そこまで気が回ってなくて。もちろん、そのつもりです」


ミラが補足するように言った。


「依頼の受注者はユイ様ですので、達成報酬はユイ様に帰属します。ただし、討伐そのものによって発生する経験値は、実際にとどめを刺した、あるいは有効打を与えたプレイヤーに個別に加算される仕様です」


「なるほど。じゃあ、俺が手を出した分は俺に、ユイさんが自分で倒した分はユイさんに入る、ってことですね」


「その理解で問題ありません」


俺たちは頷き合い、草原の奥へと歩き始めた。ユイの依頼書には、残り二体の牙猪を討伐する旨が記されている。俺はさっきの一戦を思い返しながら、短剣を握り直した。


しばらく歩くと、また別の牙猪を見つけた。今度は、ユイが先に動いた。


「行きます……!」


ユイは震える手で剣を構え、牙猪に向かって踏み込んだ。だが、その一撃は浅く、獣の体をかすめただけだった。牙猪が怒ったように鼻息を荒くし、こちらへ突進してくる。


「ユイさん、離れて!」


俺は割り込みながら、観察眼を発動させた。


【解析中……】

【牙猪】

弱点:後方、脚部の腱


さっきと同じ弱点だった。俺は牙猪の突進をぎりぎりでかわし、後脚の腱に短剣を突き立てる。獣が甲高い声を上げて体勢を崩した隙に、ユイが慌てて追撃を加え、とどめを刺した。


【牙猪の討伐に貢献しました】

【討伐経験値を獲得しました】経験値:+12

(累計 88/220)


俺の視界には、そう表示された。有効打を与えた分の、俺への加算らしい。ユイの方にも、恐らく同様の通知が入っているのだろう。


「や、やった……!」


ユイが、へなへなとその場に座り込んだ。


「二体目、無事に倒せましたね」


「リョウさんのおかげです。私一人だったら、絶対に無理でした」


俺たちは少し休憩を挟んでから、最後の一体を探して歩いた。三体目は、川沿いの茂みの中に潜んでいた。今度はユイも、最初より落ち着いた様子で剣を構えていた。


「今度は、ちゃんと自分でやってみます」


「はい、俺は見てるだけにします。何かあったら、すぐ動きますけど」


ユイはそう言って、俺が示した弱点の位置を頼りに、慎重に間合いを詰めていった。牙猪の突進を横に逃れ、腱を狙って剣を振るう。一撃では倒しきれなかったが、二撃目で、獣はようやく動かなくなった。俺は今回、手を出していない。


「や、やっと自分で倒せました……!」


ユイが、達成感の滲んだ声で言った。俺の視界には、経験値の通知は表示されなかった。当然だった。今の一体は、完全にユイ自身の手柄だ。


「よかったですね、自分で倒せて」


「はい……なんか、リョウさんが隣にいてくれるだけで、全然違いました」


「これで、依頼、達成ですね」


俺たちは村への道を戻り始めた。行きとは違い、隣を並んで歩く道は、どこか心強く感じられた。


村に戻り、ギルドの扉を開けると、朝も見た受付の女性が顔を上げた。


「討伐依頼、お疲れ様でした」


ユイが依頼書を差し出す。受付の女性はそれを確認し、頷いた。


【依頼達成】

牙猪討伐(3体)


報酬を獲得しました(ユイ様)

・成長経験値:+30(達成報酬)

・銅貨:90枚

・名声:+8


達成の通知が、ユイの方にだけ表示されているのが、俺の視界からもなんとなく分かった。ユイが革袋を受け取り、嬉しそうに笑う。


「ありがとうございました、リョウさん。本当に、助かりました」


「いえ、俺は少し手伝っただけなので」


「そんなことないです。この報酬、リョウさんにも分けさせてください」


ユイがそう言いかけたが、俺は首を振った。


「大丈夫です。俺は俺で、途中の分の経験値はもらってますから。それで十分です」


ユイは少し驚いたような顔をしたあと、小さく頭を下げた。


「リョウさんって、本当に、変わった人ですね。悪い意味じゃなくて」


「よく言われます」


「リョウさん、本当にありがとうございました。よかったら、この後も、しばらく一緒に行動しませんか」


ユイの申し出に、俺は少し考えてから、頷いた。


「はい。俺で良ければ」


奪わない道を選び続けるつもりだった俺が、今日、確かにその一線を越えた。それでも、隣に並んで歩く相手がいるということが、思っていたよりもずっと、心強く感じられた。

────────────────────

【ステータス】

名前:リョウ

LV:3

HP:9/18(負傷分未回復) MP:11/11

STR:7 VIT:9

AGI:7 INT:7


延命ポイント(LP):29.8日分

所持金:銅貨5枚(変動なし)

名声:8(変動なし)

満腹度:58/100(低下中)


次のレベルまで:88/220


【装備】

胴:革の胸当て


【所持スキル】

・痛覚遮断

・観察眼

・植物知識・初級

・木工の心得・初級


【称号】

・一線を越えた者

────────────────────


最後まで読んでいただきありがとうございました。

初めての仲間との出会いです。

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