第九話 昼食と調合
第九話です。
どうぞよろしくお願いします。
ギルドを出たところで、俺の腹が、また情けない音を立てた。
「あ……すみません」
「ふふ、大丈夫ですよ。私もちょうど、お腹空いてたところです」
ユイが笑いながら言った。俺はステータスウィンドウを盗み見るように確認する。
【満腹度】
現在:41/100
(低下中)
朝食からそれなりに時間が経ち、討伐でも動き回ったせいか、数値は着実に減っていた。
「よかったら、お昼、ご一緒しませんか。今日のお礼も兼ねて、私が奢ります」
「いや、それは……」
「経験値も報酬も受け取らなかったじゃないですか。せめて、これくらいはさせてください」
ユイの言葉には、有無を言わせない強さがあった。俺は少し迷ったあと、素直に頷くことにした。誰かの厚意を無下に断るのも、違う気がした。
村の南、食堂の並ぶ通りへと、俺たちは足を向けた。木の看板に「宿場亭」と書かれた店に、ユイが迷わず入っていく。以前、村を見て回ったときに、ミラが教えてくれたエリアだった。
店内は、木の温もりを感じる内装で、昼時ということもあり、何組かの客で賑わっていた。俺たちは端の席に腰を下ろす。
「おすすめは何ですか」
「日替わりの煮込みが、この店の名物らしいです。私、まだ一回しか来てないんですけど」
注文を終えると、しばらくして、湯気の立つ煮込み料理が運ばれてきた。野菜と肉が柔らかく煮込まれた匂いが、食欲を刺激する。
【満腹度が回復しました】
現在:78/100
「美味しい……」
思わず声が漏れた。三ヶ月間、味気ない栄養剤しか口にしていなかった身体には、この一皿が、何よりのご馳走だった。
「リョウさんって、こっちに来る前、何してた人なんですか」
食事の合間、ユイがふと尋ねた。俺は少し言葉に詰まった。現実の自分について、どこまで話すべきか、まだ迷いがあった。
「普通の、高校生でした。今は、ちょっと事情があって、こっちに」
「事情、ですか」
ユイはそれ以上、深くは聞いてこなかった。代わりに、彼女は自分の匙を止めて、静かに続けた。
「私も、似たようなものです。多分、ここに来てる人、みんなそうなんじゃないかなって、最近思うんです」
その言葉に含まれた重みを、俺は正確に理解した気がした。ユイもまた、現実で何かを抱えて、この世界にログインしている一人なのだろう。それ以上、お互いに踏み込むことはしなかった。この世界での距離感というものが、まだ俺にもユイにも、掴みきれていなかった。
「あの、リョウさんは、これから先も、ずっと討伐しない方向でやっていくつもりなんですか」
話題を変えるように、ユイが聞いた。
「分からないです。今日、初めて手を出しましたし。でも、できる限りは、そっちの道を探していきたいと思ってます」
「私は、正直、無理だと思っちゃいました」
ユイは少し苦い顔で笑った。
「今日、リョウさんに助けてもらって、ようやく自分でも一体倒せて。でも、正直、怖かったです。震えが止まらなくて」
「怖いのは、当たり前だと思います。俺も、最初はそうでした」
「リョウさんも、怖かったんですか」
「はい。今も、正直、怖いです。牙猪を倒した瞬間、誰かのLPが減ったんだって思うと」
ユイは黙って、俺の言葉に耳を傾けていた。
「でも、それでも、生きるために必要だって、分かってはいるんです。だから、俺は、できるだけそっちに頼らない道を探したいだけで。ユイさんの選択を、否定するつもりはないです」
「ありがとうございます、そう言ってもらえると」
ユイは少しほっとしたように表情を緩めた。それから、視界の端に浮かんでいたであろうカイに、何かを確認するように目をやった。
「カイ、私、これからどうすればいいと思う?」
呼びかけに応じて、青い光が席の傍らに現れた。
「差し出がましいようですが、まずは戦闘に慣れることを優先されてはいかがでしょうか。無理のない範囲で、リョウ様のように、討伐と成長経験値を組み合わせるという選択肢もあります」
カイの言葉は、ミラの語り口とはまた違う、少し実務的な響きがあった。俺は思わず口を挟んだ。
「ミラの説明とは、少し感じが違いますね」
「はい。各ナビゲーターは、担当する巡礼者様の性格や状況に合わせて、助言の仕方を調整する仕様になっています。同じ質問でも、返す言葉は異なることがあります」
なるほど、と俺は思った。ミラも、カイも、それぞれの主に合わせた形で存在しているのだろう。
食事を終える頃には、外の光もすっかり真上近くまで昇っていた。
食事を終え、店を出たところで、ユイがふと足を止めた。
「あの、リョウさん。この後、まだ時間あります?」
「はい、特に予定はないです」
「じゃあ、もう一つだけ、付き合ってもらえませんか。実は、気になってる依頼があって」
ユイに連れられて、俺たちはギルドへと戻った。掲示板の前に立つと、彼女は迷わず一枚の依頼書を指差した。
【簡易ポーションの調合】
報酬:成長経験値(小)/銅貨45枚
難易度:★
「これ、討伐でも採取でもない依頼で。試してみたかったんですけど、一人だとちょっと心細くて」
俺は思わず、口元が緩むのを感じた。
「実は、俺も前に、これ見たことあります。その時は、知識も道具もないからって、見送ったんですけど」
「じゃあ、ちょうどいいですね。一緒に挑戦してみませんか」
俺たちはそれぞれ、依頼書を手に取ってカウンターへ向かった。受付の女性が、依頼内容を確認しながら説明する。
「こちらは、村の薬屋での調合作業です。二名同時の受注も可能ですが、報酬はそれぞれの成果に応じて、個別に計算されます」
俺とユイは、それぞれ自分の分の依頼書にサインをした。
【クエスト受注】
簡易ポーションの調合
薬屋へと向かうと、以前村を歩いた時に見た、香草の匂いが漂う小さな店があった。中に入ると、年配の女性が、机いっぱいに並んだ薬草や器具を前に、こちらを見た。
「ああ、依頼を受けてくれた子たちだね。調合は初めてかい」
「はい、二人とも初めてです」
「なら、まずは基本から教えようかね」
女性は俺たちを机に案内し、いくつかの薬草と、すり鉢のような道具を並べた。
「簡易ポーションは、この『癒し草』をすり潰して、清水と混ぜるだけの、一番簡単な調合だよ。とはいえ、力加減と混ぜる順番を間違えると、ただの泥水になっちまうから、気をつけな」
俺は差し出された癒し草を手に取った。銀葉草とはまた違う、丸みを帯びた葉だった。
「観察眼、使ってみますか」
ミラの提案に頷き、俺は意識を集中させる。
【解析中……】
【癒し草】
推奨すり潰し強度:中
(強すぎると薬効が飛ぶ)
「なるほど、力任せにやればいいってわけじゃないんですね」
俺はすり鉢に癒し草を入れ、慎重に力加減を調整しながら潰していった。隣では、ユイも同じように作業を始めている。
「これくらい、ですか……?」
ユイが差し出したすり鉢を見て、女性は軽く覗き込んだ。
「うん、悪くないね。もう少し滑らかにできると、もっといい」
俺の方は、すり潰した癒し草に清水を少しずつ加えていく。混ぜる速度、加える量――どれも、勘だけではうまくいかないようだった。
【調合に失敗しました】
視界に、そんな通知が浮かんだ。手元を見ると、すり鉢の中身は、狙っていた淡い緑色ではなく、濁った灰色になっていた。
「あ……」
「失敗は付き物さ。もう一度、やってみな」
女性の言葉に励まされながら、俺は二回目に挑戦した。今度は、清水を加える速度を、さっきよりゆっくりにしてみる。
【簡易ポーションの調合に成功しました】(1/5)
【成長経験値を獲得しました】経験値:+4
(累計 92/220)
薄い緑色の液体が、小瓶に注がれていく。以前より、獲得できる経験値の数字は、着実に小さくなっていた。レベルが上がるごとに、成長経験値の価値が薄れていくというミラの説明を、俺は改めて実感した。
隣で、ユイも同じように苦戦していた。
「難しい……力加減、全然分からないです」
「観察眼、使ってみますか」
「あ、そっか。私、それ使ったことなかったです」
ユイはぎこちなく操作しながら、癒し草に意識を向けた。
【解析中……】
【癒し草】
推奨すり潰し強度:中
「本当だ、教えてくれるんですね」
俺たちは、それぞれのペースで作業を続けた。何度か失敗を重ねながらも、少しずつコツを掴んでいく。
三本目を仕上げたところで、視界の端に新しい通知が浮かんだ。
【新スキルを習得しました】
「調合の心得・初級」
【調合の心得・初級】
薬草類の調合成功率がわずかに上昇する
「またスキルが増えました」
隣を見ると、ユイも同じタイミングで似たような表情を浮かべていた。
「私も、今、スキル増えました。同じタイミングって、不思議ですね」
「行動の種類と回数で、習得条件が決まってるみたいなので、そういうこともあるのかもしれません」
俺たちは顔を見合わせて、少し笑った。誰かと並んで、同じ作業に取り組む時間は、一人で黙々とやっていた頃とは、また違う心地よさがあった。
残りの二本を仕上げる頃には、日はすっかり西に傾き始めていた。
【簡易ポーションの調合に成功しました】(5/5)
【成長経験値を獲得しました】経験値:+3
(累計 105/220)
「揃いました」
女性に完成した小瓶を見せると、彼女は満足そうに頷いた。
「上出来だね。二人とも、筋がいいよ」
【依頼達成】
簡易ポーションの調合
報酬を獲得しました
・成長経験値:+25(達成報酬)
(累計 130/220)
・銅貨:45枚
・名声:+5
視界に浮かんだ通知を確認しながら、俺は小さな満足感を覚えた。奪わずに、また一つ、積み上げることができた。
薬屋を出ると、外はすっかり夕暮れの色に染まっていた。空が橙色に燃えるように広がり、村の灯りが、ぽつぽつと点り始めている。
「今日一日で、色々ありましたね」
ユイがしみじみと呟いた。
「はい。初めての討伐から、初めての調合まで」
「リョウさんのおかげで、今日は本当に、充実した一日でした」
俺たちは、ギルド前の広場まで、並んで歩いた。
「そろそろ、俺は宿に戻ろうと思います。まだ、怪我も治ってないので」
「そうですね、無理しないでください。私も、そろそろ宿を探そうと思います」
「あ、まだ決めてなかったんですか」
「はい、今日ログインしたばかりで、まだその辺り、何も」
俺はふと、ミラに視線を向けた。ミラが小さく頷き、補足するように言った。
「よろしければ、リョウ様が宿泊されている宿をご案内できます。三日分、先払いされているとのことですので」
「あ、じゃあ、その宿、教えてもらえますか」
「はい、もちろんです」
俺たちは、夕暮れに染まる村を、宿へ向かって歩き始めた。三十日という数字は、まだ頭の片隅で静かに動き続けている。それでも、こうして誰かと過ごす時間が増えるたびに、その重さが、少しずつ、違う形に変わっていくような気がした。
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【ステータス】
名前:リョウ
LV:3
HP:9/18(負傷分未回復) MP:11/11
STR:7 VIT:9
AGI:7 INT:7
延命ポイント(LP):29.8日分
所持金:銅貨50枚(+45)
名声:13(+5)
満腹度:78/100
次のレベルまで:130/220
【装備】
胴:革の胸当て
【所持スキル】
・痛覚遮断
・観察眼
・植物知識・初級
・木工の心得・初級
・調合の心得・初級(NEW)
【称号】
・一線を越えた者
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
初めての調合、そして夕暮れまで続いた一日でした。
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