第五話 初めての装備
ギルドを出た俺は、手の中の革袋を確かめるように握りしめた。中には、依頼の報酬として受け取った銅貨50枚が入っている。初めて自分の力で稼いだお金だった。
村を歩き始めると、金槌の音が少しずつ大きくなってくる。北側の一角、以前ミラと一緒に見て回った鍛冶エリアへと、俺は足を向けた。
店先には、様々な武具が並んでいた。剣、槍、盾、革の鎧――どれもが、ゲームの中とはいえ、確かな存在感を持ってそこにあった。俺はその中の一つ、店の隅に立てかけられた木剣を手に取ってみる。
「見たところ、駆け出しだろう。値段表はそこだ」
不意に声をかけられて、俺は振り返った。カウンターの奥から、無精髭を生やした中年の男が顔を出していた。おそらく、この店の主人なのだろう。
男が指差した壁には、木の板に手書きで値段が記されていた。
【鍛冶屋 値段表】
・木剣 銅貨30枚
・革の胸当て 銅貨40枚
・革のブーツ 銅貨25枚
・鉄の短剣 銅貨120枚
・鉄の小盾 銅貨90枚
俺は手持ちの銅貨を数え直した。50枚。木剣と革の胸当てを両方買おうと思ったら、七十枚必要になる。今の俺には足りない。
「木剣と胸当て、両方はちょっと厳しいですね」
「そりゃそうだろうよ。大抵の駆け出しは、最初はどっちか片方しか買えねえもんだ」
主人はそう言って、特に気にする様子もなく作業に戻った。俺は少し考えた。支給品のナイフはすでに持っている。今、優先すべきは武器なのか、防具なのか。
「ミラ、どう思いますか」
呼びかけると、隣に淡い光が集まった。
「あなたが選んでいる依頼の傾向を踏まえると、防具の方が優先度は高いかもしれません」
「傾向、というと」
「これまでのあなたは、戦闘を避け、採取や生産といった行為を中心に活動しています。フィールドでは、意図せず魔物と遭遇する可能性も否定できません」
「それは、そうかもしれないですけど」
「それに、もう一つ理由があります」
ミラは少し声のトーンを落とした。
「あなたには『痛覚遮断』のスキルがあります。これは戦闘や作業を有利に進められる一方で、自分がどれだけ深いダメージを負っているか、痛みという形で実感できないということでもあります」
俺は思わず、自分の手のひらを見た。確かに、この身体になってから、痛みというものを一度も感じていない。
「つまり……気づかないうちに、大怪我をしてる可能性がある、ってことですか」
「はい。HPの数値でしか、自分の状態を判断する術がありません。だからこそ、防御力を高めておくことには、単純な意味以上の価値があります」
なるほど、と俺は思った。痛みがないというのは、一見すると恵まれた状態に思えるが、それは同時に、自分の限界を測る感覚を失っているということでもあるらしい。
「革の胸当て、いただけますか」
「まいどあり」
主人は胸当てをカウンターに置いた。銅貨40枚を渡すと、残りは10枚になった。
【革の胸当てを購入しました】
装備欄「胴」に設定可能です
俺はその場で装備を試してみることにした。手に取ると、思っていたよりも軽い。身につけてみると、動きを妨げるような窮屈さはほとんど感じなかった。
ステータスウィンドウを開き、装備欄に胸当てを設定する。
【装備を変更しました】
胴:革の胸当て
VIT:6 → 8(+2)
「VITって、防御力のことでいいんですよね。改めて聞くんですけど、他のステータスって、それぞれ何を表してるんですか」
ずっと数値だけを見てきたが、意味を正確に理解しないまま過ごしてきたことに、今更ながら気づいた。ミラが説明を始める。
「はい。基本ステータスは四種類あります」
視界に、簡単な一覧が表示された。
【基本ステータス】
STR:物理的な攻撃力に影響します
VIT:防御力と、最大HPに影響します
AGI:素早さや回避、行動速度に影響します
INT:魔法的な能力や、MPに影響します
「なるほど。痛みを感じない分、HPの残量そのものが唯一の目安になるってことですよね。だったら、VITで最大HPごと底上げしておくのは、確かに理にかなってますね」
「はい。良い理解だと思います」
初めて手にした自分だけの装備。それだけのことなのに、俺は少しだけ、この世界での自分の輪郭がはっきりしたような気がした。
「残り十枚か……」
俺はカウンターに残った銅貨を見つめた。10枚では、これ以上大したものは買えそうにない。
「無理に使い切る必要はありません。次の依頼で、また稼げばいいだけのことです」
ミラの言葉に、俺は小さく頷いた。焦る必要はない。二百日という体感時間が、まだ俺の前には広がっているはずだった。
店を出ようとしたところで、主人がふと声をかけてきた。
「武器は買わないのか」
「今は、まだ大丈夫です。支給品の短剣もありますし」
「戦うつもりは、あんまりないってことか」
「はい。できれば、戦わずに済む依頼を中心にやっていこうと思ってます」
主人は少し意外そうな顔をした。
「珍しいな。大抵の巡礼者は、装備を整えたら真っ先に討伐に向かうもんだが」
「そうなんですか」
「そりゃそうだろ。討伐の方が実入りがいいし、レベルだって早く上がる。理由でもあるのか」
俺は少し言葉を選んだ。この店主に、LPの仕組みまで詳しく話すつもりはなかった。それは、俺たち巡礼者だけが知っている、この世界の裏側の話だ。
「誰かに迷惑をかけたくないので。今は、まだ」
主人はしばらく俺を見つめたあと、ふっと小さく笑った。
「詳しいことはよくわからんが、まあ、嫌いじゃないぜ、そういうのは」
それ以上、深くは追及されなかった。俺は礼を言って店を出た。
外に出ると、村の空気は相変わらず穏やかだった。だが、さっきの主人の言葉が、頭の中で小さく反響していた。多くのプレイヤーは、迷わず討伐を選んでいる。俺のような選択をする人間は、少数派なのかもしれない。
「ミラ、討伐を選ばない巡礼者って、俺以外にもいるんですか」
「一定数は存在します。ですが、あなたが思うほど多くはありません」
「どのくらい、いるんですか」
「正確な統計はお伝えできませんが……全体の一割にも満たない、という程度の認識で構いません」
一割未満。俺は思わず、自分の胸当てに触れた。この装備を選んだ判断が、少数派の道を選んだことの、最初の証のように思えた。
「怖くは、ないんですか。少数派だってことが」
自問するように呟くと、ミラはしばらく黙っていた。
「その質問には、私からお答えする立場にはありません。ただ――」
彼女は珍しく、言葉を選ぶような間を置いた。
「多数派であることと、正しいことは、必ずしも同じではないと思います」
その一言が、なぜか俺の中に、静かに残った。
俺は改めて広場へと戻り、掲示板の前に立った。前回受けた薬草採取の依頼は、もうそこにはなかった。代わりに、新しい依頼書がいくつか増えている。
【井戸の清掃】
報酬:成長経験値(極小)/銅貨20枚
難易度:★
【木材伐採の手伝い】
報酬:成長経験値(小)/銅貨40枚
難易度:★
【道案内の補助】
報酬:成長経験値(小)/銅貨30枚
難易度:★
【簡易ポーションの調合】
報酬:成長経験値(小)/銅貨45枚
難易度:★
最後の依頼書に、俺は少し目を留めた。
「これって、さっきミラが言ってた"生産"に当たるやつですか」
「はい。薬屋の作業を手伝う形で、簡単な調合を行う依頼です。採取や探索とはまた違う、ものづくりに関わる成長経験値が得られます」
興味は惹かれたが、まだ調合の知識も道具も持たない今の俺には、少し早い気がした。
「木材伐採って、体力的にきついんでしょうか」
「はい。伐採は、採取に比べて肉体的な負荷が大きい作業です。ただし、装備を整えたあなたであれば、問題なくこなせる範囲だと思います」
俺は少し考えて、木材伐採の依頼書を手に取った。身体を動かす作業の方が、今の自分には性に合っている気がした。生産系の依頼は、また今度、道具や知識が揃った時にでも挑戦すればいい。
依頼書を持ってカウンターへと向かうと、朝も対応してくれた、あの受付の女性が立っていた。
「こちらの依頼を、受けたいんですが」
「木材伐採ですね。かしこまりました」
受付の女性が手続きを進める間、俺は窓の外に目をやった。まだ日は高く、村全体が穏やかな光に包まれている。何も分からないことばかりの世界だったが、少しずつ、俺はこの世界での自分の歩き方を、見つけ始めているような気がした。
「北の森の外れに、伐採用の丸太置き場があります。そちらで作業をお願いします」
【クエスト受注】
木材伐採の手伝い
「ありがとうございます」
俺は依頼書を受け取り、ギルドを出た。次の目的地――北の森へと、俺は足を向けた。
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【ステータス】
名前:リョウ
LV:2
HP:15/15 MP:10/10
STR:6 VIT:8(+2)
AGI:6 INT:6
延命ポイント(LP):30日分
所持金:銅貨10枚(-40)
名声:5
次のレベルまで:44/120
【装備】
胴:革の胸当て(NEW)
【所持スキル】
・痛覚遮断
・観察眼
・植物知識・初級
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
初めての装備、そして少数派であることの意味。
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