第四十一話 奪った時間
第四十一話です。
どうぞよろしくお願いします。
リーザとの決闘を終えた、その夜。俺は、一人、宿の部屋で、天井を見上げていた。
奪わない道を、俺は、選び続けてきた。だが、あの夜、俺は、確かに、誰かの――サイラスという男の、現実での時間を、この手で、削り取った。LP、+6.2日。その数字は、俺にとっての救いであると同時に、彼にとっての、確かな喪失だった。
「ミラ」
俺は、闇の中で、静かに、呼びかけた。
「はい」
「サイラスさんの、現実での状況、分かりますか」
ミラは、少し、間を置いてから、答えた。
「詳細な個人情報は、お伝えできません。ですが――一般論として、お伝えできることがあります」
「聞かせてください」
「討伐によってLPが移動した場合、対象者の現実における残存生存可能時間は、その分だけ、単純に短縮されます。あなたが得た6.2日という数字は、そのまま、サイラスさんの、現実での時間から、失われたものです」
その言葉を、俺は、改めて、噛み締めた。数字としては、理解していたつもりだった。だが、それが、病室のベッドで、モニターの音を聞きながら過ごしている、誰かの、確かな時間だと思うと、その重さは、まったく違うものに、感じられた。
「会いに、行きたいです。サイラスさんに」
俺の言葉に、ミラは、少し、間を置いた。
「危険を伴う可能性もあります。相手が、あなたに、敵意を持っている場合」
「それでも、行きたいです。奪ったことから、目を逸らしたくないので」
翌朝、俺は、ユイとタクトに、そのことを伝えた。
「私も、一緒に行きます」
ユイの言葉に、俺は、首を振った。
「これは、俺一人の問題です。一人で、会ってきます」
二人は、少し、心配そうな表情を見せながらも、最終的には、頷いてくれた。
リーザに連絡を取ると、彼女は、意外にも、あっさりと、サイラスとの面会を、取り持ってくれた。
「あいつも、多分、あなたと、話したいと思ってるはずよ」
案内された先は、カレナの外れにある、質素な宿の一室だった。扉をノックすると、しばらくして、覇気のない声が、返ってきた。
「……入っていいぞ」
部屋の中、ベッドに腰掛けていたのは、以前、闇の中で対峙した時とは、まるで別人のような、生気を失った男だった。
「サイラスさん」
俺の呼びかけに、男は、力なく、視線を、俺に向けた。
「ああ、あんたか。俺の、レベルを、根こそぎ、持っていった奴」
その言葉に、含まれた棘に、俺は、正面から、向き合うことにした。
「はい。それで、謝りに来ました。それと――」
俺は、深く、頭を下げた。
「あなたの、現実の時間を、俺は、6.2日分、奪いました。そのことを、きちんと、伝えたくて」
サイラスは、しばらく、黙り込んでいた。
「知ってたのか、その数字」
「昨夜、確認しました」
俺の答えに、サイラスは、小さく、自嘲するように、笑った。
「俺は、現実じゃ、事故で、意識不明の状態だ。家族が、延命の選択肢として、Elysiumを、選んでくれた。だから、正直、余命って感覚、あんたとは、少し、違うかもしれない」
その言葉に、俺は、少し、驚いた。
「事故、なんですか」
「ああ。バイクの事故で、脳に、深刻なダメージを受けた。目を覚ます可能性は、低いって言われてる。だから――ここでのLPは、俺にとって、目を覚ますための、猶予期間、みたいなものだ」
サイラスは、静かに、続けた。
「その猶予が、6日分、減った。正直、腹は立った。でも――」
彼は、俺を、まっすぐに、見つめた。
「あんたが、こうやって、頭を下げに来るとは、思わなかった。俺を狩ろうとしたのは、こっちだ。あんたは、仲間を守るために、やったんだろう」
「それでも、あなたの時間を、奪ったことに、変わりはないです」
俺の言葉に、サイラスは、少し、目を伏せた。
「……正直、恨む気持ちが、ないわけじゃない。でも、それ以上に――俺は、俺自身の、生き方を、考え直さないといけないと、思ってる。誰かを狩ることで、自分の時間を、稼ぐ。そのやり方に、限界が来た。今回、それを、思い知らされた」
「これから、どうするんですか」
俺の問いに、サイラスは、少し、考える素振りを見せた。
「分からない。でも、少なくとも、また、一から、積み上げ直すつもりだ。あんたみたいに、まっすぐな道を、選べるかは、分からないけどな」
俺たちは、しばらく、無言のまま、向き合っていた。
「これ、受け取ってもらえますか」
俺は、持参した、道中で使う予定だった、上質な回復薬を、差し出した。
「体調が、優れない時、使ってください。せめても、の気持ちです」
サイラスは、しばらく、それを見つめたあと、静かに、受け取った。
「……ありがとう」
その一言に、俺は、僅かながら、救われる思いがした。奪ったことに、変わりはない。だが、この対話を通じて、俺は、その重さと、少しだけ、向き合えた気がした。
宿を出ると、俺は、しばらく、空を見上げていた。この一連の出来事――夜狩との戦い、そして、サイラスとの対話。それらすべてが、俺の中に、消えることのない、確かな傷跡として、刻まれていた。
「奪わずに生きる。でも、時には、奪わざるを得ない時もある。その時、俺は、その重さから、目を、逸らさない」
俺は、自分自身に、そう言い聞かせた。
宿へと戻ると、ユイとタクトが、待っていてくれた。
「大丈夫、でしたか」
ユイの問いに、俺は、静かに、頷いた。
「はい。色々、話せました。まだ、完全には、消化しきれてないですけど……前に、進む力には、なった気がします」
俺の言葉に、二人は、それぞれ、静かに、頷いた。
数日後、俺たちは、いよいよ、異国交易船の護衛依頼に向けて、準備を整えることになった。
「必要な装備、一通り、確認しましょうか」
俺の提案に、俺たちは、カレナの市場を、改めて、見て回った。長期の航海に備え、保存の効く食料、船上での戦闘に適した、軽量な追加装備を、それぞれ、買い揃えていく。
【携帯品を更新しました】
・長期保存食(追加)
・船上用の軽量ブーツ(ユイ)
・耐水加工の籠手
ヴォルグに、出発の挨拶をしに行くと、彼は、豪快に、俺たちの肩を叩いた。
「気をつけて行ってこい。向こうの海は、こっちとは、また違う顔を、見せるらしいからな」
「ありがとうございます」
「戻ってきたら、また、詳しい話を、聞かせてくれ」
ギルドを出ると、俺たちは、カレナの港へと向かった。潮の香りが、これまで嗅いだことのない、独特の匂いを、運んでくる。
港には、大きな帆を張った、交易船が、何隻も、停泊していた。俺たちが乗り込む船は、その中でも、ひときわ大きな一隻だった。
「久しぶりだな」
出迎えてくれたのは、ガイだった。彼は、この航海にも、案内役として、同行するとのことだった。
「今回の船長は、俺の古い知り合いでな。腕は、確かだ」
紹介された船長は、日に焼けた、屈強な男だった。
「よろしく頼む。今回の航海は、いつもより、少し、長丁場になる。異国――対岸の大陸まで、順調にいって、七日といったところだ」
出航の合図とともに、船が、ゆっくりと、動き出した。カレナの港が、次第に、遠ざかっていく。
「本当に、行くんですね、異国」
ユイが、感慨深そうに、水平線を見つめた。
「はい。ここまで来られたのも、色々な出会いと、選択の、積み重ねですね」
俺の言葉に、タクトも、頷いた。
「俺、正直、まだ、実感、湧かないです。でも――楽しみな気持ちの方が、大きいです」
船旅は、穏やかに、進んでいった。時折、遠くに、大きな海の生き物の影が見えることもあったが、直接、危険が及ぶことはなかった。
「観察眼……看破の瞳、使ってみます」
俺は、遠くの影に、意識を向けた。
【解析中……】
【深海の主(推定)】
LV:測定不能
「あれ、とんでもない大きさですね」
俺の呟きに、船長が、豪快に、笑った。
「安心しな。あいつは、滅多に、船を襲わない。むしろ、あいつがいる海域は、他の危険な魔物が、寄り付かない、って言われてる」
その説明に、俺は、少し、安堵した。
航海の間、俺たちは、船上での、束の間の休息を、楽しんだ。ユイは、甲板で、剣の型を、繰り返し確認し、タクトは、船員たちと、意外にも、すぐに打ち解けていた。
「タクトさん、船員の人たちと、随分、仲良くなりましたね」
俺の言葉に、タクトは、照れくさそうに、笑った。
「船の構造とか、聞いてると、面白くて。建築の勉強、してたからかもしれません」
その様子に、俺は、小さな、確かな喜びを感じていた。彼が、自分の過去と、この世界での経験を、少しずつ、繋げ始めている。
夜、甲板で、俺は、一人、星空を見上げていた。この世界の星々は、現実で見たものとは、また違う、複雑な模様を、描いていた。
「リョウさん」
ユイが、静かに、隣に、腰を下ろした。
「サイラスさんとのこと、まだ、考えてますか」
俺は、少し、間を置いてから、頷いた。
「はい。多分、完全には、忘れられないと思います。でも――それでいいんだと、思うようになりました。奪ったことの重さを、忘れずに、抱えながら、前に進んでいく。それが、俺なりの、けじめの取り方なんだと思います」
「私も、リョウさんの、そういうところ、尊敬してます」
ユイの言葉に、俺は、小さく、微笑んだ。
七日目の朝、見張り台から、大きな声が響いた。
「陸だ! 陸が見えたぞ!」
俺たちは、一斉に、船首へと駆け寄った。水平線の彼方に、これまで見たどの景色とも違う、異質な輪郭を持つ、大陸の姿が、少しずつ、その姿を現し始めていた。
「あれが……」
ユイが、息を呑んだ。
「異国、大陸ヴァルシア。俺たちの、目的地だ」
船長の言葉に、俺は、改めて、自分のステータスを、確認した。
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延命ポイント(LP):28.1日分
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数字は、緩やかに、増加していた。だが、それ以上に、俺の中には、この航海を通じて得た、確かな心の整理と、これから訪れる、新しい世界への、確かな期待が、あった。
船が、少しずつ、港へと近づいていく。見たこともない建築様式の街並み、異なる肌の色を持つ人々の姿――それらが、次第に、はっきりと、視界に映り始めていた。
「着きましたね」
タクトの言葉に、俺は、頷いた。
「はい。ここから、また、新しい物語が、始まりそうです」
船が、静かに、異国の港に、接岸した。俺たちは、それぞれの荷物を手に、初めて訪れる、この見知らぬ大陸へと、確かな一歩を、踏み出した。
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【ステータス】
名前:リョウ
LV:28
HP:145/145 MP:98/98
STR:92 VIT:80
AGI:90 INT:56
延命ポイント(LP):28.1日分
所持金:銀貨48枚(-8、装備更新分)
名声:680
満腹度:65/100
次のレベルまで:820/12,000
【冒険者ランク】
C
【装備】
胴:軽量強化胸当て
武器:疾風の双牙
足:革のブーツ
装飾:魔力の指輪
携帯品:長期保存食・船上用軽量ブーツ(ユイ)・耐水加工の籠手
【所持スキル】
・痛覚遮断
・看破の瞳
・植物知識・初級
・木工の心得・初級
・調合の心得・初級
・回復魔法・上級
・回避の心得・上級
・風纏・中級
・身体強化・中級
・文献解読・初級
・並列詠唱・上級
・対人戦の心得・初級
【称号】
・一線を越えた者
・世界の歪みを正した者
・簒奪者
【フレンド】
・ユイ
・タクト
・クロト
【パーティ】
・ユイ
・タクト
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
奪った時間と向き合う対話、そして異国への到着。
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