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「命を喰うレベルアップ ―僕は誰かの余命で強くなる―」  作者: 黒豚
第1章「三十日のログイン」

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第三話 冒険者ギルド

第三話です。

どうぞよろしくお願いします。


井戸のふちに座ったまま、俺はしばらく村の景色を眺めていた。だが、いつまでもここでぼんやりしているわけにはいかない。俺は腰を上げ、広場の向こうに見えるギルドの建物へと足を向けた。


剣と盾を組み合わせたマークの看板を見上げ、重い木の扉を押し開ける。中は思っていたより広く、いくつもの長机が並んでいた。数人の先客がいて、壁際の掲示板を眺めたり、カウンターで何か話し込んだりしている。


受付らしきカウンターに、若い女性が立っていた。この世界に元々いるNPCなのだろう、ミラとはまた違う、生活感のある佇まいだった。


「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」


聞かれて、俺は一瞬言葉に詰まった。


「あ、いえ……その前に、登録が必要なんですよね? まだ何も、していなくて」


受付の女性は俺の顔を一瞬見て、それから小さく頷いた。


「巡礼者様でしたか。失礼いたしました」


「巡礼者……?」


聞き慣れない呼び方に、俺は思わず聞き返した。


「はい。この村を訪れる方の中には、私共と同じ住人と、そうでない方――巡礼者様がいらっしゃいます。見れば分かりますので」


「見れば分かる、っていうのは」


「申し訳ございません。私共にも、詳しいことまでは分かりかねます。ただ、巡礼者様は皆、どこか"始まったばかり"の雰囲気を纏っていらっしゃいますので」


要領を得ない答えだったが、それ以上は深掘りしても仕方がなさそうだった。受付の女性はカウンターの下から一枚の用紙を取り出した。


「では、冒険者登録の手続きをいたしますね。こちらに、お名前と簡単な誓約事項へのご署名をお願いします。それと、登録料として銅貨10枚をいただいております」


「登録料……」


俺は自分のポケットを探るような仕草をしてから、はたと気づいた。この身体に来てから、一度も財布のようなものを確認していない。


「すみません、俺、今いくら持ってるのか、自分でも分からなくて」


「でしたら」


受付の女性が言い終わる前に、視界の端に淡い光が集まった。呼んでもいないのに、ミラの姿がふわりと浮かび上がる。


「お困りのようですね」


「あ、ミラ。ちょうどよかった、所持金について聞きたかったんです」


「はい。現在のあなたの所持金は、銅貨0枚です」


「0……登録料、払えないじゃないですか」


俺は思わず声を上げた。受付の女性は、それほど動じた様子もなく、淡々と続けた。


「ご安心ください。巡礼者様に限り、初回の登録料は免除される規定になっております」


「そうなんですか」


「はい。巡礼者様は、住人と違い、こちらの世界に来たばかりで蓄えを持たないことが多いためです」


免除された理由はありがたかったが、同時に、俺はこの村のNPCたちが、明らかに"巡礼者"という存在を特別なものとして扱っていることに、改めて気づかされた。


登録用紙にサインを終えると、指先で紙に触れる。


【システム通知】

冒険者ギルドへの登録が完了しました

「冒険者カード」が発行されました

初期ランク:F


半透明のカードのようなものが、ステータスウィンドウの持ち物欄に追加された。


「ランク、ですか」


「はい。冒険者にはFからSまでのランクがあり、こなした依頼の実績や討伐数に応じて昇格していきます。ランクが上がるほど、受けられる依頼の幅も、報酬も大きくなります」


視界に、簡単な一覧が表示された。


【冒険者ランク】

F:登録直後の初期ランク

E:簡単な依頼の実績を積んだ者

D:フィールド中位の魔物と渡り合える者

C:一人前として扱われる目安

B以上:熟練者。指名依頼も多い


「今のあなたはFランクなので、受けられる依頼にも制限があります。無理な依頼を受けて命を落とす方がいないよう、ギルド側でも段階を踏んで管理しているんです」


「制限、ですか。具体的には」


「Fランクのうちは、討伐難易度★★以上の依頼は受注できません。まずは★の依頼で経験と実績を積んでいただく形になります」


なるほど、と俺は思った。いきなり無茶な依頼を受けて痛い目に遭う、という展開を、システム側があらかじめ防いでいるらしい。


手続きを終えると、受付の女性は一礼して次の来客の対応に移った。俺はカウンターを離れながら、隣に浮かんだままのミラに声をかけた。


「さっきの、"巡礼者"って呼び方――住人のNPCは、みんなあの呼び方をするんですか」


「はい。この世界の住人たちは、あなたのようなプレイヤーを、一様に『巡礼者』と呼びます」


「それって、俺たちが……現実の意識だけがログインしてる存在だって、分かってるってことですか」


ミラは少し間を置いてから答えた。


「そこまでの理解を持っているわけではないようです。住人たちの認識では、巡礼者様は『いずれこの世界を去る、特別な旅の途中の者』程度に留まっています。彼らがそれ以上の事情を知ることはありません」


「じゃあ、なんで見ただけで分かるって」


「その仕組みについては、私からは明確にお答えできません。ただ一つ言えるのは――住人とプレイヤーは、このElysiumという世界において、根本的に異なる存在として設計されている、ということです」


その言い方には、どこか含みがあるように感じられた。だが、それ以上追及しても、ミラから明確な答えは返ってこない気がした。


俺は改めて、自分の所持品を確認した。武器の欄も、防具の欄も、空白のままだった。


「装備、何も持ってないですよね、俺」


「はい。初期支給品として、簡素なナイフと衣服が支給されています。ですが、討伐を前提とした活動には、正直なところ心許ない性能です」


「装備を整えるには、お金が必要ってことですよね。でも今は0で……」


「その通りです。多くの巡礼者様は、まず武器を必要としない採取や雑用系の依頼から始め、そこで得た報酬で少しずつ装備を整えていきます」


俺は掲示板を振り返った。薬草採取、木材伐採、井戸の清掃――報酬にはどれも銅貨の記載がある依頼が並んでいた。焦って討伐に挑む必要はない。むしろ、今の俺には、それしか選べる道がなかった。


「まずは、そのあたりから始めてみます」


「良い判断だと思います」


俺は掲示板の前まで戻り、改めて依頼書に目を通し始めた。薬草採取の依頼書に手を伸ばしかけたところで、ふと、さっきの"巡礼者"という呼び方が、頭の片隅に引っかかったままだった。


見ただけで分かる、住人とは根本的に違う存在。


その言葉の意味を、俺はまだ、理解できていなかった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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