第二話 始まりの村
第二話です。
どうぞよろしくお願いします。
煙突の煙が近づくにつれ、木造の家々が視界に増えていった。
村の入口をくぐった瞬間、視界の端に新しい通知が浮かんだ。
【システム通知】
「始まりの村」に到着しました
専用ナビゲーション機能「ミラ」が
アンロックされました
「専用……?」
俺は首を傾げながら、ステータスウィンドウを開いてみた。以前はなかった項目が、新しく追加されている。
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【ナビゲーター】
「ミラ」――案内・解説機能
タップして呼び出す
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試しに指先で触れてみる。視界の一部に、淡い水色の光が集まり、若い女性を模した半透明の映像が浮かび上がった。ホログラムのような、輪郭が少しだけ光を帯びた姿。
「はじめまして。私はミラ、あなた専属のナビゲーション機能です」
声には、驚くほど自然な抑揚があった。プログラムの読み上げ音声とは思えないほどに。
「専属……AIってことですか」
「便宜上、そう捉えていただいて構いません。あなたのログイン開始と同時に生成され、以後、村や街に到着するたびに、必要な情報を提供する役割を担っています」
なるほど、これがいわゆるチュートリアル機能なのだろう。だがその姿は、単なる案内システムにしては、やけに人間らしい表情の機微を持っている気がした。
「あの、一つ聞いてもいいですか。俺のステータス、名前のところがずっと『???』のままなんですけど」
「はい。この村に到着したことで、名前の設定機能が解放されています。よろしければ、今ここで決めていただけます」
視界に、新しいウィンドウが表示された。
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【プレイヤーネーム設定】
このゲーム内でのみ使用される名前です
現実の氏名と紐付けられることはありません
> (入力)
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「現実の名前とは、紐付かない……?」
「はい。Elysium内での安全のため、本名を明かす義務はありません。ニックネームでも、まったく別の名前でも構いません」
俺は少し考えた。本名を名乗るのは、なんとなく気が引けた。この世界では、俺は俺として一からやり直せるのかもしれない――そんな気がしたからだ。
しばらく迷って、俺は一つの名前を入力した。
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【プレイヤーネーム設定】
> リョウ
設定してよろしいですか? [はい]/[いいえ]
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「はい」を選ぶ。
【システム通知】
プレイヤーネームが「リョウ」に設定されました
ステータスウィンドウの名前欄が、「???」から「リョウ」に書き換わっていた。ただそれだけのことなのに、なぜか少しだけ、この世界に自分の居場所ができたような気がした。
「良い名前ですね」
ミラが微笑む。お世辞なのか、それとも本当にそう思っているのか、判断がつかなかった。
名前を設定し終えたところで、俺はふと気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、こっちの世界にいる時間って、現実の時間とどう繋がってるんですか。俺、ログインしてからそんなに経ってない気がするんですけど」
ミラは頷いた。
「良い質問です。Elysium内の時間経過は、現実世界とは異なる速度で流れています」
視界に、簡単な図解が表示された。
【時間換算レート】
現実時間:1日
↓
Elysium内時間:約1週間相当
「つまり……こっちで一週間過ごしても、現実ではまだ1日しか経ってない、ってことですか」
「概ね、その理解で問題ありません。この体感時間の加速は、Elysiumの技術的な核の一つです。あなたが十分な準備期間を持てるよう、意図的に設計されています」
俺は思わず、詰めていた息を吐いた。三十日という数字を見たとき、俺は単純に「あと三十日で死ぬ」と思っていた。だがこの時間の流れなら――
「待ってください。それなら、LPの減り方もこっちの時間基準になるんですか? だとしたら、三十日って言っても、実質は――」
「いいえ」
ミラは静かに、しかしはっきりと首を振った。
「そこが重要な点です。LPの消費は、現実時間を基準に計算されます。Elysium内でどれだけ長い時間を過ごそうと、あなたの現実の肉体が消費する生命維持エネルギーの量そのものは変わりません」
一瞬、期待した分だけ、落胆も大きかった。
「つまり、こっちでどれだけ頑張っても、三十日っていう期限自体は変わらないってことですね」
「はい。ただし」
ミラは、俺の表情を見透かしたように、言葉を続けた。
「期限そのものは変わらなくとも、その三十日という現実の時間の中で、あなたがElysium内で行動できる体感時間は、約7倍――およそ二百日以上に相当します。これは、経験を積み、成長し、この世界の仕組みを学ぶための時間としては、決して短くありません」
二百日。三十日という数字だけを見ていた俺には、それは思いがけない猶予に感じられた。奪わずに、じっくりと力をつけていく。そのための時間は、確かにある。
「希望が持てる話ですね」
「はい。多くのプレイヤーが、この事実を知って、少し落ち着きを取り戻します。ですが」
ミラの声が、また少しだけ低くなった。
「体感時間が長いということは、同時に――他のプレイヤーと過ごす時間、彼らと関わる機会も、その分だけ多くなるということです。良い出会いもあれば、そうでない出会いもあるでしょう」
俺は無言で頷いた。奪うか、奪われるか。そのルールは、時間が長くなったところで変わりはしない。むしろ、その分だけ、選択を迫られる機会が増えるということだ。
まずは、村の様子を見ておきたかった。俺はミラを伴ったまま、村の中を歩き始めた。
「始まりの村」は、想像していたよりもずっと広かった。中央には大きな井戸のある広場があり、そこを起点に、道が放射状に伸びている。
北側には、木材と鉄の匂いが漂う一角があった。金槌の音が絶えず響いていて、覗いてみると、鍛冶屋が汗を流しながら剣を打っていた。壁際には、装備品らしき武具がずらりと並んでいる。
「あちらは鍛冶エリアです」
ミラが隣に浮かびながら説明する。
「武器・防具の購入や修理が行えます。ただし、良い装備を整えるには相応の資金が必要になります」
「資金って、お金のことですか。どうやって稼げば」
「討伐や依頼の報酬として得られます。詳しくは、また改めてご案内します」
広場を挟んで反対側、東の方角には、色とりどりの布が軒先に吊るされた区画があった。花や薬草を並べた露店、香草の匂いが漂う小さな薬屋。
「そちらは薬草・道具エリアです。ポーションや旅の道具などを扱っています」
さらに南側には、小さな宿屋と食堂が並ぶ通りがあった。窓から漏れる灯りが、柔らかな色を帯びている。
「宿屋では、休息によるHPとMPの全回復ができます。長時間の活動で疲労が溜まった際は、利用をお勧めします」
村の中を歩けば歩くほど、精巧に作り込まれた世界であることが分かってきた。石畳の隙間に生えた雑草、井戸のそばで洗濯をする村人、子供が走り回る路地――どれもが、ただの背景処理とは思えないほど生き生きとしていた。
だが同時に、俺はすれ違う人々の中に、明らかに"様子の違う"人影が混じっていることにも気づいていた。
村人然とした落ち着いた足取りの者たちに混じって、時折、妙に切羽詰まった表情で歩く者、あるいは逆に、やけに落ち着き払った目でこちらを一瞥していく者がいる。おそらく――俺と同じ、ログイン中のプレイヤーたちだ。
「あの人たちも、俺と同じなんですよね」
「はい。この村は、新規ログインしたプレイヤーの多くが最初に訪れる拠点です。現在、村の周辺には約200名のプレイヤーがログインしていると記録されています」
200人。俺が思っていたより、ずっと多かった。それぞれに、それぞれの残されたLPがあり、それぞれの体感時間がある。誰かは俺よりずっと長い時間を、誰かはずっと短い時間を過ごしているはずだった。そう考えると、この穏やかに見える村の空気にも、どこか張り詰めたものを感じずにはいられなかった。
広場の中央まで戻ってくると、井戸の向こうに、村の他の建物より一回り大きな建物が見えた。看板には、剣と盾を組み合わせたようなマークが掲げられている。
「あれは?」
「あちらは冒険者ギルドです。討伐や採取などの依頼は、基本的にあの場所で受注することになります」
ギルド――そこでようやく、この世界での"仕事"が始まるらしい。だが今日はもう、色々な情報を詰め込みすぎている気がした。名前を決め、時間の流れ方を知り、村の構造を知り、200人という数字を知り――頭の中を整理するだけで、精一杯だった。
「今日のところは、これくらいにしておこうと思います」
俺がそう言うと、ミラは小さく頷いた。
「承知しました。ギルドでの依頼については、また次の機会にご案内します。何か聞きたいことがあれば、いつでも私を呼び出してください」
「ありがとうございます」
「いつでも呼び出してください。私はあなたの傍にいます」
そう言うと、ミラの姿は淡い光の粒子となって、視界の端にすっと消えていった。
俺は井戸のふちに腰を下ろし、改めてこの世界を見渡した。石畳の広場、遠くに見えるギルドの看板、行き交う村人と、その中に紛れたプレイヤーたち。
三十日という数字は、まだ頭の中で静かに点滅していた。だが、その七倍――およそ二百日という体感時間があるのなら――焦らず、じっくりとこの世界のルールを学びながら、自分なりの生き方を見つけられるかもしれない。そんな、小さな希望が芽生えていた。
「リョウ、か」
自分でつけた名前を、俺は小さく口に出してみた。本名の読みをそのまま使っただけの、簡単な名前。それでも、こうして声に出してみると、この世界での自分を初めて実感できたような気がした。
次はギルドに顔を出してみよう。俺は腰を上げ、まだ陽の高い村の風景を、もう一度見渡してから、ギルドのある広場の奥へと足を向けた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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