第三十三話 セリアの告白
第三十三話です。
どうぞよろしくお願いします。
朝食もそこそこに、俺たちは、セリアのもとへと向かった。
「LPの補正が外れた、というのは……」
事情を説明すると、セリアの表情が、みるみる険しくなった。彼女は、しばらく黙り込んだあと、意を決したように、口を開いた。
「今まで、黙っていたことがあります。この状況なら、話しておくべきだと思うので」
その前置きに、俺たちは、思わず、身構えた。
「私自身も、かつては、あなたたちと同じ、巡礼者でした」
「え……」
俺は、思わず、絶句した。ユイもタクトも、同じように、言葉を失っている。何度も顔を合わせ、共に事件を追いかけてきた相手が、実は、自分たちと同じ立場だった――その事実は、俺の中で、すぐには、飲み込みきれなかった。
「今まで、話さなかったのは……」
「立場上、迂闊に明かせなかった、というのが正直なところです。運営に近い協力者という立場は、巡礼者としての事情を、あまり表に出さないことが、前提になっているので」
セリアは、静かに、続けた。
「今から、五年ほど前になります。私も、現実で、重い病を抱えていました。幸い、寛解に至ることができて、こうして、運営側の協力者として、ギルドに籍を置かせてもらっています」
「寛解……治ったってことですか」
俺の問いに、セリアは、小さく頷いた。
「はい。だから、私は、ある意味、あなたたちの、少し先にいる存在なのかもしれません。この世界を生き延びた先に、何があるのか――その一つの答えとして」
その言葉には、俺たちがまだ知らない、確かな重みがあった。何度も顔を合わせてきたセリアという人物の背景が、この瞬間、まったく違う奥行きを持って、俺の中に、迫ってきた。
「じゃあ、俺たちの状況も、本当に、自分のことのように……」
「はい。他人事ではありません。だからこそ、今回の件は、私自身、絶対に、見過ごせないと思っています」
セリアは、少し表情を和らげた。
「それに、これも、話しておくべきかもしれません。Elysiumにログインしている理由は、必ずしも、LPによる延命だけとは、限らないんです」
「それって、どういうことですか」
俺の問いに、セリアは、静かに続けた。
「私が寛解できたのは、正直、運が良かった部分も大きいです。ですが、巡礼者の中には、末期の病だけでなく、事故による重度の後遺症、あるいは、意識障害からの回復訓練を目的に、ログインしている人たちも、少なくありません。LPの仕組みは、あくまで、余命に関わる患者向けの制度ですが、Elysium自体は、もっと幅広い目的で、運用されているんです」
その説明に、俺は、少し驚いた。この世界に来てから、俺はずっと、自分と同じような、余命宣告を受けた人間ばかりが集まっているのだと、無意識に思い込んでいた。
「じゃあ、LPを持たない巡礼者も、いるってことですか」
「はい。ごく少数ですが。彼らは、こちらでの活動そのものが、リハビリや、意識の覚醒訓練を兼ねているので、LPという概念自体、適用されません」
「知りませんでした、そんな人たちがいるなんて」
ユイが、驚いたように呟いた。
「表立って語られることは、少ないですから。無理もありません」
セリアは、そこで一度、話を区切った。
「本題に、戻りましょう。すぐに、確認します。あなただけでなく、他にも、同様の影響を受けたプレイヤーがいる可能性が、十分にあります」
セリアは、すぐに、限られた協力者のみで構成された、内密の調査チームに、指示を飛ばした。数時間後、俺たちは、再び、セリアの執務室へと呼び出された。
「調査の結果、報告します」
セリアの声は、緊張を帯びていた。
「楽園機関の供給経路は、リョウさんが受けていた恩恵とは逆に、複数のプレイヤーから、想定以上のLPを、意図せず吸い上げていたことが、判明しました」
「つまり、俺の代わりに、誰かが、余分に、削られてたってことですか」
俺の問いに、セリアは、重い表情で頷いた。
「はい。特に、深刻な影響を受けているとみられるプレイヤーが、一名、確認されています」
セリアが、資料を机に置いた。そこに記された名前を見て、俺は、思わず、息を呑んだ。
それは、タクトだった。
「タクトさんの、LPが……?」
俺の視線に、タクト自身が、驚いたように、自分のステータスを開いた。
「え……」
タクトの表情が、みるみる青ざめていった。
「なんで、俺……こんな……」
【延命ポイント(LP):4.2日分】
その数字を見て、俺たちは、全員、言葉を失った。
「そんな……」
ユイが、震える声で呟いた。タクトは、自分の手を、まじまじと見つめていた。
「俺、実感、全然なかった……普通に、動けてたし……」
「痛みや不調が、直接、LPに連動して現れるわけではありません。それが、この歪みの、恐ろしいところです」
セリアが、静かに補足した。
「タクトさんは、赤牙に絡まれた最初の頃から、システムの供給経路に、間接的に接続されていた可能性があります。恐らく、無自覚のまま、他の巡礼者――今回は、リョウさんに、LPを、供給し続ける立場に、置かれていました」
その説明に、俺の中で、罪悪感が、一気に押し寄せてきた。
「俺のせいで……」
「違います」
タクトが、俺の言葉を、遮るように言った。
「リョウさんが、意図的にやったことじゃないです。それに、リョウさんは、俺を、何度も助けてくれました。これは、誰かのせいとか、そういう話じゃない気がします」
タクトの言葉には、震えながらも、確かな芯があった。だが、その芯の強さが、逆に、俺の胸を、締め付けた。
「今、タクトさんの治療は……」
俺の問いに、セリアが、資料をめくりながら答えた。
「供給経路そのものは、既に停止しています。ですが、これまで奪われたLPを、取り戻す方法は、現時点では、確認されていません」
その言葉に、俺は、拳を強く握った。
「奪われた分は、返せないんですか」
「規約上、LPの譲渡は、認められていません。今回の件は、規約違反によって生じた歪みですが、その修復方法についても、まだ、確立されていないのが実情です」
その説明に、執務室は、重い沈黙に包まれた。
「四日……四日で、俺は……」
タクトが、震える声で、そう呟いた。ユイが、そっと、タクトの肩に、手を置いた。
「大丈夫です。まだ、方法があるはずです」
ユイの言葉に、しかし、確信は、あまり滲んでいなかった。俺も、同じだった。何か手を打たなければならない。だが、その"何か"が、まだ、見えていなかった。
「ライアスさんに、聞いてみましょう」
俺は、そう提案した。
「フィリアさんを目覚めさせるために、あれだけの技術を使った人です。何か、突破口になる知識を、持ってるかもしれません」
セリアも、頷いた。
「連絡してみます。今すぐに」
俺たちは、その日のうちに、管理区画へと向かった。フィリアの様子を見守っていたライアスは、俺たちの深刻な表情に、すぐに異変を察したようだった。
「何か、あったのか」
俺は、タクトの状況を、簡潔に説明した。ライアスの表情が、聞き終える頃には、重く沈んでいた。
「そういうことか……。私が構築した仕組みが、まだ、こんな形で、誰かを苦しめていたとは」
「何か、方法は、ないんでしょうか」
俺の問いに、ライアスは、しばらく、考え込んだ。
「一つ、可能性がある。だが、確実ではない」
ライアスは、慎重に、言葉を選びながら続けた。
「フィリアの供給システムを構築する過程で、私は、LPの流動そのものに関する、いくつかの実験的な理論を、確立していた。その中に――失われたLPを、完全にではないが、部分的に、"引き戻す"技術の、原型がある」
「本当ですか」
「未完成の理論だ。実用化には、程遠い。だが……もし、時間をかけて、それを完成させることができれば」
「どのくらい、時間が、かかりますか」
俺の問いに、ライアスは、少し目を伏せた。
「正直に言えば、通常であれば、数か月単位の研究が、必要になるだろう」
その言葉に、俺たちの間に、絶望に近い空気が流れた。タクトのLPは、既に4.2日。数か月どころか、数日の猶予も、ないに等しかった。
「ですが」
ライアスが、続けた。
「今の私には、皆さんという、協力者がいる。それに――フィリアを救うために積み重ねた、私の全ての知識と技術を、今度は、償いのために、使うべきだと思っている」
その言葉に、俺は、顔を上げた。
「手伝わせてください。俺にできることなら、なんでもします」
「私も」
「俺も、手伝います。自分のことですし」
タクト自身も、震える声で、そう言った。
「分かった。だが、時間との勝負になる。まずは、既存の理論を、可能な限り、圧縮して、実用化する道を、探ろう」
その日から、俺たちは、ライアスの研究に、全面的に協力することになった。管理区画の一角に、簡易的な研究拠点が設けられ、俺たちは、昼夜を問わず、ライアスの指示のもと、様々な作業に追われた。
「文献解読のスキル、ここで役に立ちそうだな」
ライアスが、俺の持つスキルに目を留めて言った。
「古い理論書の中に、必要な記述が、埋もれているかもしれない。手伝ってくれるか」
「はい、もちろんです」
俺は、旧図書館で得た文献解読のスキルを駆使し、ライアスとともに、膨大な資料を、読み解いていった。
【文献解読・初級の使用回数が、一定の基準に達しました】
視界の端に、そんな通知が浮かんだが、今は、それどころではなかった。俺は、ひたすら、資料と向き合い続けた。
ユイとタクトも、それぞれ、できることを探していた。ユイは、フィリアの回復状況を見守りながら、供給システムの安定化に必要な、素材の調達に奔走した。タクト自身も、震える手を抑えながら、自分のこととして、資料の整理を手伝い続けた。
「無理、しないでください」
俺の言葉に、タクトは、力なく笑った。
「今、動いてないと、逆に、怖くなるんです。だから、これで、いいんです」
その言葉に、俺は、何も返せなかった。ただ、この状況を、一刻も早く、打開しなければならないという思いだけが、強くなっていった。
数日が過ぎた。研究は、少しずつ、進展を見せていた。だが、タクトのLPは、確実に、減り続けている。
「あと、二日分……」
ある夜、タクトが、自分のステータスを見つめながら、静かに呟いた。俺は、その言葉に、胸が締め付けられる思いだった。
「必ず、間に合わせます」
俺の言葉に、タクトは、小さく頷いた。だが、その表情には、隠しきれない不安が、色濃く滲んでいた。
夜遅く、俺は、一人、ライアスの研究室を訪れた。
「まだ、起きてたんですか」
「ああ。もう少しで、糸口が、見えそうなんだ」
ライアスは、疲れた様子を見せながらも、資料から目を離さなかった。
「俺にも、何か、手伝えることはありますか」
「今は、休んでくれ。明日、また、集中力が必要になる」
俺は、それでも、しばらく、ライアスの作業を、傍らで見守っていた。
「あなたも、フィリアさんのために、同じように、夜を、明かしたんですか」
俺の問いに、ライアスは、手を止めた。
「何度も、な。当時の私には、これしかなかった。自分の全てを、注ぎ込むことでしか、あの子を、救う方法が、見つからなかった」
その言葉に、俺は、改めて、この人の抱えてきた重さを、感じ取った。
「今度は、俺たちが、あなたと一緒に、その重さを、背負います」
俺の言葉に、ライアスは、しばらく、俺を見つめたあと、小さく笑った。
「変わった若者だな、君は」
「よく、言われます」
俺たちは、静かに、笑い合った。窓の外、帝都の夜が、静かに、更けていく。タクトに残された時間は、確実に、少なくなっていた。それでも、俺たちは、今、できることを、一つずつ、積み重ね続けていた。
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【ステータス】
名前:リョウ
LV:25
HP:145/145 MP:98/98
STR:78 VIT:68
AGI:76 INT:48
延命ポイント(LP):17.3日分
所持金:銀貨41枚
名声:570
満腹度:52/100
次のレベルまで:1,070/9,500
【冒険者ランク】
C
【装備】
胴:軽量強化胸当て
武器:疾風の双牙
足:革のブーツ
装飾:魔力の指輪
携帯品:保存食・簡易野営道具
【所持スキル】
・痛覚遮断
・看破の瞳
・植物知識・初級
・木工の心得・初級
・調合の心得・初級
・回復魔法・上級
・回避の心得・中級
・風纏・中級
・身体強化・中級
・文献解読・初級
・並列詠唱・中級
【称号】
・一線を越えた者
・世界の歪みを正した者
【フレンド】
・ユイ
・タクト
・クロト
【パーティ】
・ユイ
・タクト
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
セリアの告白、そして、まだ見ぬ巡礼者たちの事情。
タクトに残された時間は、あと僅か。
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