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「命を喰うレベルアップ ―僕は誰かの余命で強くなる―」  作者: 黒豚
第3章 現実という名の戦場

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33/72

第三十二話 訂正された残量

第3章開始です。

どうぞよろしくお願いします。


帝都での騒動が一段落した夜、俺は、宿舎の一室で、一人、考え込んでいた。


思えば、Elysiumにログインしてから、俺は一度も、現実の身体に戻っていなかった。始まりの村での日々、カレナでの一件、そして「一か月」「半月」と、俺自身、当たり前のように受け止めてきた時間の経過。改めて数えてみると、現実では、恐らく、一週間や十日では済まない時間が、過ぎているはずだった。


「ミラ、聞きたいことがあるんですけど」


呼びかけると、視界の端に、淡い光が集まった。


「はい、なんでしょうか」


「一度、ログアウトすることって、できますか。少しだけ、現実の様子を、確認したくて」


「はい、可能です。ステータスウィンドウから、任意のタイミングで、ログアウト操作を行えます」


俺は、少し緊張しながら、確認のウィンドウに「はい」を選択した。


視界が、白く発光し始める。意識が、ゆっくりと、遠のいていくような感覚――


――目を開けると、そこは、見慣れた病室の天井だった。


「え……」


俺は、思わず、声を漏らした。四つ角の右下、水道管の結露が染み込んでできた、いびつな楕円形の染み。あの、日課のように眺めていた染みが、変わらず、そこにあった。


だが、鏡がないので確かめようがなかったが、伸びた髪の感触が、以前とは、明らかに違っていた。指先を動かしてみる。三ヶ月間、まともに動かせなかった、痩せ細った身体――その痩せ方が、記憶よりも、さらに、進んでいるように感じられた。


心電図のモニター音が、規則正しく、病室に響いている。窓際の椅子に座っていた母が、俺の視線に気づき、弾かれたように立ち上がった。


「稜……! 目、覚めたのね……!」


母は、ベッドの傍らに駆け寄ってきた。その顔は、以前よりも、明らかにやつれていた。目の下の隈が、深くなっている。


「母さん、俺……どのくらい、寝てたの」


俺の問いに、母は、少し戸惑うような表情を見せた。


「あの機械に繋がってから、ちょうど、九日目よ」


「九日……」


俺は、思わず、その数字を、頭の中で繰り返した。想像していたより、遥かに長い時間だった。あちらでの体感で言えば、二か月近く。数字としては理解していたつもりだったが、こうして現実の言葉で告げられると、その重みが、まるで違っていた。


「先生、呼んでくるわね」


母が病室を出ていくのと入れ違いに、佐伯先生が、既に病室へと向かっていたのか、ほとんど間を置かずに入ってきた。


「稜くん、久しぶりだね。話したいことが、いくつかある」


先生の表情は、これまでになく、複雑なものだった。


「まず、良い知らせから。君の腫瘍マーカーの数値は、この九日間で、緩やかながら、改善傾向を示している。ログイン当初の予測から見れば、驚くべき変化だ」


「それって……」


「Elysium内での成長――レベルアップに相当する数値の推移と、生体データの改善に、明確な相関が見られる。理屈は、まだ完全には解明されていないが、少なくとも、良い方向に働いていることは、確かだ」


その言葉に、俺は、少し安堵した。だが、先生の表情は、まだ晴れなかった。


「もう一つ、伝えなければならないことがある」


先生は、手元のタブレットに、何かのデータを表示させた。


「実は、二日前――君のログイン先である、Elysiumの運営システムに、大規模な変動があった。厚労省への報告書によれば、不正なリソース供給システムが摘発され、強制的に停止されたと」


俺は、思わず、息を呑んだ。楽園機関の摘発――それが、現実世界のシステムにも、直接、記録として残っていたということだ。


「その停止と、ほぼ同じタイミングで、君の生体データに、一時的な急落が観測された」


「急落……?」


「ああ。腫瘍マーカーだけでなく、全身状態を示す複合指標が、一時的に、大きく悪化する数値を示した。まるで――何かに、支えられていたものが、急に外れたかのように」


その言葉に、俺の心臓が、大きく跳ねた。


「今は、落ち着いている。だが、正直、我々にも、原因は分かっていない。もしよければ、あちらの世界で、何か、心当たりがないか、確認してもらえるとありがたい」


俺は、頷くことしかできなかった。心当たりは、ある。しかも、それは、恐らく、俺自身が、この手で摘発したものと、無関係ではない。


先生が病室を出ていくと、母が、テレビをつけた。


『――Elysiumプロジェクトを巡る疑惑について、本日、厚生労働省は、緊急の記者会見を開き――』


アナウンサーの声が、淡々と、状況を伝えていた。


『――一部の被験者への、リソースの偏重供給が確認されたことを受け、運営元は、新規の被験者受け入れを、一時的に停止すると発表しました。既存の被験者については、当面、サービスを継続するとしていますが――』


『――一部の被験者家族からは、システムの安全性そのものに対する、強い懸念の声も上がっており――』


画面には、Elysiumに家族を預けているという人々が、不安げな表情でインタビューに答える様子が映し出されていた。


「これ……」


俺の呟きに、母が、心配そうに、俺の顔を覗き込んだ。


「稜、大丈夫? 顔色、悪いわよ」


「あ、うん……ちょっと、考え事」


俺は、努めて、平静を装った。だが、頭の中では、様々な情報が、目まぐるしく繋がり始めていた。


楽園機関――ライアスが、フィリアのために構築した供給システム。それは、俺たちが向き合ってきた以上に、広範囲に、様々な巡礼者たちに、影響を及ぼしていたのかもしれない。もしかすると、俺自身も、知らないうちに、その恩恵――あるいは、歪みの一部を、受けていたのかもしれない。


「母さん、俺、もう一度、あっちに戻らないと」


俺の言葉に、母は、少し不安そうな表情を見せながらも、頷いた。


「そう、ね……。分かったわ。でも、無理は、しないでね」


「うん、大丈夫」


俺は、母の手を、もう一度、優しく握り返した。それから、ベッドに横たわり、視界の端に浮かんだ、再ログインのウィンドウを、選択した。


――目を開けると、そこは、帝都の宿舎の一室だった。


「おかえりなさい」


ミラの声が、静かに、俺を出迎えた。


「ミラ、聞きたいことがあります」


俺は、間を置かず、切り出した。


「俺のLP、本当に、正しい数字なんですか」


ミラは、一瞬、間を置いた。以前、石碑やLPの異変について尋ねた時と、同じ、あの間だった。


「……確認いたします」


数秒の沈黙のあと、ミラは、これまでとは違う、はっきりとした口調で答えた。


「申し訳ございません。これまで、正確な情報を、お伝えできていませんでした」


その言葉に、俺は、身構えた。


「あなたのLP残量は、Elysiumにログインして以降、ある時期から、一部、外部からの干渉を受けていました。楽園機関の供給システムが構築された経路の一部が、偶然にも、あなたの周辺リソースと、重なっていたためです」


「それって……俺のLPが、知らないうちに、上乗せされてたってことですか」


「厳密には、少し違います。あなたのLP消費が、本来よりも、緩やかに補正され続けていた、という表現が近いです。あなたが、楽園機関の調査に深く関わっていたこと自体が、皮肉にも、その恩恵を受ける結果を、招いていました」


俺は、しばらく、言葉を失った。奪わずに生きる道を、選び続けてきたはずだった。それなのに、俺自身が、あの歪んだ仕組みの、間接的な受益者だったという事実。


「今の、俺の本当のLPは……」


ミラは、静かに、視界にステータスを表示させた。


────────────────────

延命ポイント(LP):17.5日分

(訂正値:これまでの表示との差分 -9.4)

────────────────────


その数字を見た瞬間、俺は、目の前が、一瞬、暗くなるような感覚を覚えた。三十日という数字を起点に、俺は、ずっと、この世界での時間を、数えてきた。だが、実際には、既に、その半分以上を、使い果たしていた。


「そんな……」


俺は、思わず、その場に、崩れ落ちそうになった。


「申し訳ございません。この情報を、もっと早くお伝えできていれば……」


「いえ、ミラのせいじゃ、ないです」


俺は、震える声を、必死に抑えながら答えた。ミラ自身、恐らく、何らかの制約の中で、この事実を、伝えられずにいたのだろう。


宿舎の食堂に降りると、ユイとタクトが、俺の顔色を見て、すぐに異変を察したようだった。


「リョウさん、どうしたんですか」


ユイの問いに、俺は、震える声で、現実で聞かされた話と、ミラから明かされた真実を、順を追って説明した。


「そんな……そんなことが……」


タクトが、絶句したように、椅子に座り込んだ。ユイも、しばらく、何も言えない様子だった。


「十七日……。三十日のうち、もう、半分以上、なくなってるってことですよね」


ユイの言葉に、俺は、静かに頷いた。


「はい。この一か月ちょっとの間で、俺が思ってたより、遥かに、時間は、進んでたみたいです」


沈黙が、しばらく、俺たちの間に落ちた。だが、俺は、その沈黙を、自分から破ることにした。


「でも、悲観ばかりしてても、仕方ないです」


俺は、努めて、自分を奮い立たせるように、続けた。


「現実の先生も、言ってました。レベルアップに相当する成長と、俺の身体の回復に、相関があるって。だったら――俺が、今、やるべきことは、変わらないです」


「もっと、強くなること、ですね」


タクトの言葉に、俺は頷いた。


「はい。それに、もう一つ」


俺は、この数日で、頭の片隅にずっと残り続けていた、ある疑問を、口にした。


「今回みたいに、供給システムの影響で、俺のLPが、実は正確じゃなかったっていうことは……もしかしたら、他の巡礼者にも、同じようなことが、起きてるかもしれません」


「それって……」


「良い方向にも、悪い方向にも、です。誰かのLPが、知らないうちに、余分に削られてる可能性だって、否定できません」


その可能性に、ユイとタクトの表情が、一段と、引き締まった。


「奪わずに生きる道を、俺は選んできました。でも、この世界の仕組み自体が、まだ、俺たちの知らない歪みを、抱えてるのかもしれません」


俺は、拳を、静かに握りしめた。


「楽園機関の一件は、終わったわけじゃなかった。むしろ、ここからが、本当の始まりなのかもしれません」


窓の外、帝都の空が、朝の光に、静かに照らされ始めていた。俺は、改めて、自分のステータスウィンドウを開いた。


────────────────────

延命ポイント(LP):17.5日分

────────────────────


三十日という数字は、もう、俺の中にはなかった。今、確かにあるのは、十七日という、以前よりずっと重く、切実な現実だった。それでも、俺は、この事実から、目を逸らすつもりはなかった。


「行きましょう。まだ、俺たちにできることは、あるはずです」


俺の言葉に、ユイとタクトが、それぞれ、力強く頷いた。


第3章の幕は、こうして、これまでとは、まったく違う緊張感とともに、静かに、上がろうとしていた。

────────────────────

【ステータス】

名前:リョウ

LV:25

HP:145/145 MP:98/98

STR:78 VIT:68

AGI:76 INT:48


延命ポイント(LP):17.5日分(訂正:真の残量が判明)

所持金:銀貨41枚

名声:570

満腹度:60/100


次のレベルまで:1,070/9,500


【冒険者ランク】

C


【装備】

胴:軽量強化胸当て

武器:疾風の双牙

足:革のブーツ

装飾:魔力の指輪

携帯品:保存食・簡易野営道具


【所持スキル】

・痛覚遮断

・看破の瞳

・植物知識・初級

・木工の心得・初級

・調合の心得・初級

・回復魔法・上級

・回避の心得・中級

・風纏・中級

・身体強化・中級

・文献解読・初級

・並列詠唱・中級


【称号】

・一線を越えた者

・世界の歪みを正した者


【フレンド】

・ユイ

・タクト

・クロト


【パーティ】

・ユイ

・タクト

────────────────────


最後まで読んでいただきありがとうございました。

第3章「現実という名の戦場」、開幕です。

明かされた真実、そして訂正された、残りの時間。

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