第二十五話 管理区画
第二十五話です。
どうぞよろしくお願いします。
「創設者の身元、割れました」
翌朝、セリアが開口一番、そう告げた。
「帝都の中枢、王城に隣接する『管理区画』に、記録が残っていました。創設者の名は、ライアス・ヴェルデン。二十数年前、当時の皇族の技術顧問として、Elysiumの基礎理論を確立した人物です」
「今も、生きてるんですか」
俺の問いに、セリアは、資料をめくりながら答えた。
「表向きは、十五年前に死亡したことになっています。ですが――」
セリアが、一枚の書類を、机に置いた。
「管理区画への立入履歴が、直近まで、断続的に残っています。誰かが、故人であるはずのライアスの権限を使って、今も出入りしている」
「本人が、生きてるってことですか」
「あるいは、その権限を、誰かが引き継いでいるか。いずれにせよ、管理区画に踏み込めば、真相に近づけるはずです」
管理区画は、通常、限られた者しか立ち入れない、王城直属の施設だった。だが、今回の件を重く見た帝都上層部の判断で、俺たちにも、特別な立入許可が下りることになった。
「行きましょう」
俺の言葉に、ユイとタクトが頷いた。
管理区画は、これまで見てきたどの建物とも違う、無機質な石造りの施設だった。廊下には、見たこともない魔道具が、等間隔に設置されている。
「観察眼……いえ、看破の眼、常に使っておきます」
俺は意識を集中させ続けた。廊下を進むにつれ、施設の奥から、微かな機械音のようなものが聞こえてくる。
最深部に近い一室、重厚な扉の前で、俺たちは足を止めた。
「ここが、記録にあった、最後の立入場所です」
セリアが、扉を慎重に開けた。中に広がっていたのは、無数の光る球体が、天井から吊り下げられた、異様な空間だった。
【解析中……】
【生体維持装置(推定)】
部屋の中央に、一つの、ひときわ大きな装置があった。ガラス張りのカプセルの中に、誰かが、静かに横たわっている。
「これは……」
俺たちは、恐る恐る近づいた。カプセルの中の人物は、若い女性――いや、少女と言った方が近い、幼さの残る顔立ちをしていた。
【解析中……】
【???】
LV:測定不能
状態:長期休眠
「彼女が……あの方……?」
ユイの呟きに、答える者はいなかった。カプセルの傍らに設置された、古い操作盤に、俺は視線を向けた。ライアスの日記にあった、「娘」という言葉が、頭の中で反響する。
その時、部屋の奥、影になっていた場所から、低い声が響いた。
「よくぞ、ここまで辿り着いた」
俺たちは、一斉に振り返った。そこに立っていたのは、白髪交じりの、しかし驚くほど若々しい佇まいの、初老の男だった。
【解析中……】
【???】LV:52
これまで対峙した誰よりも、高い数値だった。俺は、思わず身構えた。
「あなたが……ライアス・ヴェルデン、ですか」
俺の問いに、男は、静かに頷いた。
「いかにも。この装置に眠るのは、私の娘、フィリア。二十年前、不治の病に冒されていた彼女を救うため、私はElysiumの技術を利用した」
ライアスの声には、深い、拭いきれない哀しみが滲んでいた。
「彼女の意識は、既に肉体から離れ、この装置の中で、辛うじて保たれている状態だ。彼女を完全に目覚めさせるには、莫大な量の生命エネルギー――君たちの言う、LPが必要だった」
「だから、経験値供給の仕組みを……」
俺の言葉に、ライアスは、目を伏せた。
「言い訳をするつもりはない。私は、大勢の巡礼者たちの時間を、娘のために利用した。それが、許されないことだと、分かっていながら」
その告白に、俺の中で、複雑な感情が渦巻いた。誰かを救いたいという純粋な願いと、そのために無数の他者を犠牲にした事実。どちらも、確かに真実だった。
「彼女は、今、どういう状態なんですか」
「意識は、まだ戻らない。だが、供給された生命エネルギーによって、消滅は免れている。あと、僅かでも足りなければ、彼女は永遠に、目覚めることはないだろう」
ライアスは、俺たちを、真っ直ぐに見据えた。
「君たちに、頼みがある。この仕組みを、告発するというなら、それも構わない。だが――娘が目覚めるまで、あと僅かなのだ。もう少しだけ、猶予をもらえないだろうか」
その懇願に、俺は、すぐには答えられなかった。奪わずに生きる道を選んできた自分にとって、この仕組みは、決して肯定できるものではない。だが、目の前で眠る少女と、その父親の哀しみもまた、否定できない現実だった。
「セリアさん、これは……」
俺の問いかけに、セリアも、答えに迷うように、押し黙っていた。
「規約違反であることは、間違いありません。ですが――事情を、無視することもできません」
沈黙が、部屋を支配した。カプセルの中で、フィリアと呼ばれた少女は、何も知らないまま、静かに眠り続けている。
「一つ、聞かせてください」
俺は、ライアスに向き直った。
「もし、娘さんが目覚めたら、この仕組みは、止めるんですか」
「もちろんだ。彼女が目覚めれば、この供給システムを維持する理由は、もうなくなる」
「約束、できますか」
「できる。これ以上、誰かの時間を、無為に奪うつもりはない」
俺は、しばらく考えたあと、セリアに向き直った。
「セリアさん、俺からの提案です。この件、もう少しだけ、時間をもらえませんか。ライアスさんが本当に、約束を守るかどうか、確かめる猶予を」
「リョウさん……」
セリアは、しばらく俺を見つめたあと、小さく頷いた。
「分かりました。上には、慎重に調査を継続中と報告します。ただし――」
セリアは、ライアスに、鋭い視線を向けた。
「これ以上、新たな犠牲を出すことは、許しません。供給システムの拡大は、即刻停止してください」
「約束しよう」
ライアスは、深く頭を下げた。
俺は、カプセルの中で眠る、フィリアの穏やかな寝顔を、もう一度見つめた。誰かを救いたいという願いと、誰かを犠牲にすることへの罪。この世界の根幹にあった歪みの正体は、あまりにも、人間的な、哀しい真実だった。
「奪わずに生きる道を、俺は選んできました。でも、今日、分かった気がします。誰かを守りたいって気持ちは、時々、その道を、踏み外させるんだって」
俺の呟きに、ライアスが、静かに目を伏せた。
「その通りだ。私は、道を踏み外した。だが、後悔はしていない」
その言葉には、罪と愛情が、分かちがたく絡み合っていた。俺は、それ以上、何も言えなかった。
管理区画を出ると、帝都の空は、夕暮れの色に染まっていた。
「これから、どうなるんでしょうね」
ユイの問いに、俺は、静かに答えた。
「分かりません。でも、少なくとも、今日、大きな真実には辿り着けた気がします」
タクトが、複雑な表情で、空を見上げた。
「善悪だけじゃ、割り切れないことも、あるんですね」
「はい。俺も、そう思います」
宿舎への帰り道、俺は、自分のステータスを確認した。
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延命ポイント(LP):26.2日分
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数字は、今日も静かに減り続けている。だが、その数字の裏側にある、大きな真実の輪郭が、今、確かに見え始めていた。
三十日という、自分自身のタイムリミット。その中で、俺はまだ、この世界の抱える矛盾と、向き合い続けることになる。帝都ヴェルシアの夜が、静かに、しかし確かな重みを伴って、更けていった。
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【ステータス】
名前:リョウ
LV:20
HP:118/118 MP:78/78
STR:62 VIT:54
AGI:60 INT:38
延命ポイント(LP):26.2日分
所持金:銀貨58枚
名声:345(+15)
満腹度:30/100(低下中、要注意)
次のレベルまで:1,320/8,000
【冒険者ランク】
C
【装備】
胴:軽量強化胸当て
武器:疾風の双牙
足:革のブーツ
装飾:魔力の指輪
【所持スキル】
・痛覚遮断
・看破の眼
・植物知識・初級
・木工の心得・初級
・調合の心得・初級
・回復魔法・中級
・回避の心得・初級
・風纏・初級
・身体強化・初級
・文献解読・初級
【称号】
・一線を越えた者
【フレンド】
・ユイ
・タクト
【パーティ】
・ユイ
・タクト
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
黒幕、ライアス・ヴェルデンとの対峙。
そして明かされた、楽園機関の真実。
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