第十九話 包囲
ヴォルグへの報告から、数日が経った。
表向き、俺たちはいつも通り、依頼をこなす日々を送っていた。討伐と採取を織り交ぜながら、着実に経験値を積み重ね、レベルはさらに一つ、二つと上がっていった。稼いだ資金で、俺は軽量化された胸当てに買い替え、動きの自由度も、以前より増していた。
【システム通知】
プレイヤー「リョウ」がLV11に到達しました
だが、夜市の周辺を通るたびに、どこかから見られているような気配を感じることが、何度かあった。
「気のせい、じゃないですよね」
宿への帰り道、ユイが小さな声で言った。
「はい。多分、見張られてます」
俺は、看破の眼を控えめに発動させた。だが、周囲に、はっきりとした反応は見当たらない。相手も、こちらの解析を警戒しているのかもしれなかった。
その夜、宿の部屋で休んでいると、窓の外から、微かな物音がした。俺は反射的に飛び起きた。
「タクトさん、起きて」
「な、なんですか……」
窓の外、路地に、複数の人影が立っているのが見えた。看破の眼を発動させると、視界に、覚えのある反応が浮かんだ。
【解析中……】
【???】LV:28
【???】LV:22
【???】LV:19
赤牙の連中だった。俺は血の気が引くのを感じた。以前対峙した時とは、明らかに空気が違う。今夜は、明確な敵意を持って、ここへ来ている。
「ユイさんの部屋、確認してきます」
俺は隣室に急ぎ、ユイを起こした。
「赤牙が、外に来てます」
ユイの表情が、一瞬で強張った。
「な、なんで、ここが分かったんでしょう」
「分かりません。でも、今は、それを考えてる場合じゃないです」
俺は、震える手でミラを呼び出した。
「ミラ、ヴォルグさんに、緊急で連絡する方法、ありますか」
「はい。ギルドの緊急通報機能を使用できます。ただし、対応までに、多少の時間がかかる可能性があります」
「今すぐ、送ってください」
【緊急通報を送信しました】
俺たちは荷物を最低限まとめ、部屋の中で身構えた。宿の外、路地から、低い声が聞こえてきた。
「派手に嗅ぎ回ってくれたみたいだな、ガキども」
窓の外、リーダー格の男の声だった。俺は短剣を握りしめながら、看破の眼で状況を確認し続けた。LV28の男が、宿の前に立っている。今の俺たちの実力では、まともに戦って勝てる相手ではなかった。
「今夜は、少し痛い目を見てもらう。二度と、余計な真似をしないようにな」
男たちが、宿の扉に近づいてくる気配があった。俺はユイとタクトに、目配せをした。
「窓から、逃げましょう。時間を稼げれば――」
そう言いかけた瞬間、外から、複数の足音と、鋭い声が響いた。
「動くな! ギルド調査隊だ!」
俺は思わず、窓に駆け寄った。路地に、鎧を纏った一団が、赤牙の男たちを取り囲んでいるのが見えた。先頭に立つのは、ヴォルグだった。
「まさか、こんなに早く動くとはな、ヴォルグの旦那」
赤牙のリーダー格の男が、忌々しげに舌打ちした。
「お前らの動きは、しばらく前から掴んでいた。夜市周辺での経験値供給、それに関わる不正な組織活動――言い逃れはできんぞ」
ヴォルグの背後には、俺が今まで見た中で、最も強い気配を纏った人物が立っていた。看破の眼が、微かに反応する。
【解析中……】
【???】LV:45
「ギルド直属の討伐隊長、ガイウス様だ。お前らが束になっても、敵う相手じゃない」
その一言に、赤牙の男たちの顔色が、明らかに変わった。
「くそ、今日は退くぞ!」
リーダー格の男が叫び、赤牙の一団は、一斉に路地の奥へと逃げ出そうとした。だが、退路もまた、ガイウスの部下たちによって塞がれていた。
「無駄だ。もう、逃げ場はない」
短い攻防の末、赤牙の男たちは、次々と取り押さえられていった。俺はその一部始終を、宿の窓から、息を呑んで見守っていた。
「終わった……のか」
タクトが、へなへなと座り込んだ。ユイも、緊張が解けたように、深く息を吐いている。
しばらくして、ヴォルグが宿の中へと入ってきた。
「危険な目に遭わせて、すまなかった。だが、お前さんたちの報告が、決定的な突破口になった」
「捕まえた人たちから、色々分かるんでしょうか」
「ああ。今夜押収した資料と合わせれば、組織の全容解明に、大きく近づけるはずだ」
ヴォルグは、俺たちを、労うように見た。
「今夜は、ゆっくり休んでくれ。詳しい話は、また後日、改めて聞かせてもらう」
俺たちは礼を言い、ヴォルグたちを見送った。窓の外、夜が明けていくのを、俺はしばらく、ぼんやりと眺めていた。
「本当に、危なかったですね」
ユイが、震える声で言った。
「はい。俺たちだけだったら、多分、無事じゃ済まなかったです」
「ヴォルグさんに、報告しておいて、本当に良かったです」
タクトの言葉に、俺は頷いた。奪わない道を選び続けてきた俺が、今回、初めて実感したことがあった。この世界で生き延びるには、自分の力だけでなく、信頼できる誰かとの繋がりも、同じくらい大切だということだ。
翌日、俺たちは改めてギルドに呼び出された。応接室には、ヴォルグとガイウス、そしてガラム――以前、始まりの村で世話になった支部長も、なぜかそこにいた。
「久しぶりだな、二人とも。まさか、こんな大きな事件の中心にいるとはな」
ガラムの言葉に、俺は少し驚いた。
「ガラムさん、なんで、こちらに」
「赤牙の件は、始まりの村にも関係がある話でな。奴らは、あちこちの村や街で、同じような手口を使っていたようだ」
ヴォルグが、資料を机に広げながら、説明を続けた。
「昨夜の摘発で、赤牙の中枢に関わる、複数の人物を確保した。押収した記録から、経験値供給――巡礼者から得た討伐経験値を、特定の相手にまとめて流していた事実が、確認できた」
「特定の相手、というのは」
俺の問いに、ヴォルグは、少し表情を曇らせた。
「そこが、まだはっきりしない。記録の一部が、暗号化されていてな。誰が、その供給を受けていたのか――今の段階では、断定できていない」
その言葉に、俺の中で、これまでの違和感が、一つに繋がっていくような感覚があった。夜市の裏取引、LPの不自然な変動、そして、まだ見ぬ供給の受け手。
「引き続き、調査は続ける。お前さんたちには、今回、本当に世話になった」
ガイウスが、初めて口を開いた。低く、重みのある声だった。
「若いのに、たいした度胸だ。今後、何か力になれることがあれば、遠慮なく言うといい」
俺たちは、その言葉に、深く頭を下げた。応接室を出ると、日差しが、いつもより眩しく感じられた。
「大きな山場、越えられましたね」
ユイの言葉に、俺は頷いた。だが、心のどこかで、まだ終わっていないという予感が、確かにあった。経験値供給の受け手――その正体が明らかになる時、この物語は、また新しい局面を迎えることになるのだろう。
「今日は、ゆっくり休みましょうか」
俺の提案に、ユイとタクトが、それぞれ笑顔で頷いた。カレナの空は、どこまでも青く澄み渡っていた。三十日という数字は、まだ頭の中で動き続けている。それでも今、俺は確かに、この世界で、大切なものを積み重ねている実感を、噛み締めていた。
────────────────────
【ステータス】
名前:リョウ
LV:11(LV9 → LV11)
HP:56/56(+8) MP:36/36(+5)
STR:33(+5) VIT:27(+4)
AGI:32(+5) INT:18(+2)
延命ポイント(LP):29.4日分
所持金:銀貨1枚・銅貨80枚
名声:176
満腹度:60/100
次のレベルまで:140/2500
【冒険者ランク】
D
【装備】
胴:軽量強化胸当て(更新)
武器:魔力を帯びた短剣
足:革のブーツ
装飾:魔力の指輪
【所持スキル】
・痛覚遮断
・看破の眼
・植物知識・初級
・木工の心得・初級
・調合の心得・初級
・小回復魔法・初級
・回避の心得・初級
【称号】
・一線を越えた者
【フレンド】
・ユイ
・タクト
【パーティ】
・ユイ
・タクト
────────────────────




