第十七話 夜市の入口
「情報屋、また探してみませんか」
朝食の席で、俺がそう切り出すと、ユイとタクトが顔を上げた。
「昨日の人、ですよね。夜市について、詳しく聞けそうな」
「はい。あの後、色々考えたんですけど、もう少し具体的な情報がないと、動きようがない気がして」
俺たちは食事を終えると、昨日老人と出会った茶屋へと向かった。だが、席は空いており、老人の姿はどこにもなかった。
「今日は、いないみたいですね」
店主に尋ねてみると、素っ気ない返事が返ってきた。
「ああ、あのじいさんか。気まぐれでね、毎日来るわけじゃないよ」
肩透かしを食らった俺たちは、仕方なく、ギルドへと足を向けることにした。とりあえず、今できることをやろうという結論だった。
掲示板を眺めていると、一枚の依頼書が目に留まった。
【夜市周辺の警備補助(夜間)】
報酬:討伐経験値(中)/銅貨120枚
難易度:★★
備考:ギルド公認の巡回任務
「これ……」
タクトが、驚いたように呟いた。まさに、俺たちが気にしていた場所そのものだった。
受付で詳細を確認すると、夜市周辺で、不審な動きをする者や、トラブルが増えているため、ギルドが公式に警備人員を募集しているとのことだった。
「これなら、堂々と夜市周辺に行けますね」
俺の言葉に、ユイとタクトも頷いた。俺たちは迷わず、依頼を受注した。
【クエスト受注】
夜市周辺の警備補助(夜間)
日中は、体力を温存するため、比較的軽い依頼をいくつかこなした。行商人の荷物運びを手伝い、街の外れで薬草を採取し、夕方には、依頼で得た成長経験値と討伐経験値の両方が、着実に積み上がっていた。
日が暮れ始めた頃、俺たちは指定された集合場所へと向かった。夜市の入口付近、他にも数組のパーティが、同じ依頼で集まっていた。
「今夜の巡回は、二人一組、あるいは複数人での行動を基本としてください」
ギルド職員の指示のもと、俺たちは夜市の外周を巡回する班に割り当てられた。
「じゃあ、行きましょうか」
夜市は、昼間の大通りとはまったく違う顔を見せていた。等間隔に灯る提灯の明かりが、通りを橙色に照らし出す。露店の数は少ないが、その分、どこか秘密めいた雰囲気が漂っていた。
「観察眼、使ってみます」
俺は意識を集中させた。
【解析中……】
【周辺環境】
不審な反応:複数検出(詳細不明)
「何か、あるみたいですけど、はっきりしないですね」
俺たちは、指示されたルートに沿って、外周をゆっくりと歩いた。露店の一つ一つを、それとなく観察しながら進む。
しばらく歩くと、路地の奥、人目につきにくい場所に、小さな屋台のようなものがあるのに気づいた。看板もなく、フードを被った人物が、静かに立っている。
「あそこ、なんでしょう」
「見に行ってみましょうか。あくまで、警備の範囲内で」
俺たちが近づくと、フードの人物が、こちらに気づいて顔を上げた。
「おや、警備の巡回かい。今夜は熱心だね」
その声には、聞き覚えがあった。昨日の情報屋の老人だった。
「あなた……」
「奇遇だね、坊やたち。まさか、こんな形で会うとは」
老人は、屋台の上に並べられた、いくつかの小瓶を、ちらりと見た。
「安心しな、俺が売ってるのは、ただの怪しげな薬さ。規約に触れるようなものは、扱っちゃいない」
「昨日の話、もう少し詳しく聞けませんか」
俺の問いに、老人は少し考える素振りを見せた。
「そうさなあ……ちょうどいい。あっちを見てみな」
老人が視線で示した先、路地のさらに奥、暗がりの中に、複数の人影が、何やらひそひそと話し込んでいるのが見えた。
観察眼を発動させると、視界に反応が浮かんだ。
【解析中……】
【???】LV:22
【???】LV:19
かなりレベルの高い相手だった。俺は思わず、身構えた。
「あれが、噂の連中かもしれん。だが、坊やたちが今、迂闊に手を出すのは、お勧めしないねえ」
老人はそう言うと、屋台をたたむように、荷物をまとめ始めた。
「今夜は、これくらいにしておこう。長居は、俺の性分に合わない」
「待ってください、まだ――」
「また会えたら、話してやるよ。それより――」
老人は、路地の奥を、もう一度見やった。
「あっちの連中、こっちに気づいたみたいだ。坊やたちも、気をつけな」
その言葉と同時に、暗がりの人影の一つが、こちらに視線を向けた。俺は息を呑んだ。だが、次の瞬間、複数の足音とともに、路地の奥から、大きな唸り声が響いた。
「な、なんですか、今の……!」
タクトが、驚いたように後ずさった。人影たちが、慌てたように散り散りになって逃げていく。その直後、路地の奥から、巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。
【解析中……】
【変異狼・アルファ】
LV:25
これまで遭遇したどの魔物より、遥かに大きく、禍々しい姿をしていた。夜市に、モンスターが迷い込んできたのか、あるいは、何かに引き寄せられたのか――理由は分からなかったが、目の前の脅威は本物だった。
「まずい、あれは……!」
ギルド職員らしき声が、周囲から響いた。近くにいた他のパーティも、一斉に警戒態勢を取る。
「俺たちも、援護に入ります!」
俺は叫びながら、短剣を構えた。ユイとタクトも、俺の両脇に並ぶ。
「三人で、連携でいきます! ユイさんは側面から、タクトさんは俺の後方支援を!」
「はい……!」
「わ、分かりました!」
変異狼が、地を蹴って突進してきた。俺は横に跳んでかわそうとしたが、想像以上の速さに、完全にはかわしきれず、肩を掠める。
【HPが減少しました】
33 → 21
痛みはない。だが、視界の端に浮かぶ数字が、確かな脅威を伝えてくる。俺は観察眼を発動させた。だが、これまでとは何かが違った。意識を集中させた瞬間、視界に映る情報の密度が、明らかに増している。
【スキルが成長しました】
「観察眼」 → 「看破の眼」
【看破の眼】
対象のステータス、弱点に加え、
簡易的な状態異常や、隠された特性の
一部を看破できるようになる
【解析中……】
【変異狼・アルファ】
弱点:後頭部、一瞬の隙のみ
状態:興奮状態(通常より攻撃頻度上昇)
「弱点、後頭部です! でも、隙が一瞬しかないみたいで……!」
「私が、引きつけます!」
ユイが叫びながら、側面から斬りかかった。変異狼の意識が、一瞬、ユイへと向く。
「今です、リョウさん!」
俺は地を蹴り、変異狼の背後へと回り込んだ。何度も攻撃をかわし続けてきた経験が、今この瞬間、確かな形を結んだ。
【新スキルを習得しました】
「回避の心得・初級」
【回避の心得・初級】
戦闘時、攻撃を回避する成功率が上昇する
新しい感覚が、身体に馴染む間もなく、俺は変異狼の後頭部目掛けて、短剣を突き立てた。
――手応えがあった。変異狼が、甲高い咆哮を上げる。
「もう一撃、いけます!」
タクトが、後方から援護の一撃を放つ。俺はもう一度、後頭部へと刃を振るった。
【変異狼・アルファを討伐しました】
【討伐経験値を獲得しました】経験値:+320
とてつもなく大きな数字だった。俺は思わず、その場に立ち尽くした。
視界の端に、続けて通知が浮かぶ。
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延命ポイント(LP):29.1日分(+0.6)
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「LP、増えて……」
これまでの雑魚討伐とは、比較にならないほどの増加量だった。強大な魔物を討伐すれば、それだけLPへの還元も大きくなる――そういう仕組みらしかった。
【レベルアップ!】
LV:6 → LV:7
(次のレベルまで:96/1300)
ユイとタクトも、同じように大きく成長を遂げていた。三人で顔を見合わせ、俺たちは互いの無事を確認し合った。
「あ、あの……大丈夫でしたか、みなさん」
いつの間にか戻ってきていた老人が、興味深そうに俺たちを見ていた。
「変異狼のアルファ種を、Eランクの新人が三人で仕留めるとはねえ。大したもんだ」
「あの、さっきの人たち……逃げていった人たちは」
俺の問いに、老人は肩をすくめた。
「さあな。俺にも、そこまでは分からん。ただ――」
老人は、少し声を潜めた。
「今夜、ここで見たものは、坊やたちが思ってる以上に、意味のあることかもしれん。夜市の裏で何かが動いてる証拠が、また一つ増えたってわけだ」
ギルド職員が駆けつけ、俺たちの討伐を確認すると、通常の警備任務の報酬に加えて、緊急対応としての追加報酬が提示された。
【依頼達成】
夜市周辺の警備補助(夜間)
緊急討伐ボーナス:変異個体討伐
報酬を獲得しました
・討伐経験値:+150(達成報酬)
・銅貨:300枚
・名声:+30
「今夜のところは、これで解散にしよう。詳しい調査は、ギルド側でも改めて行う」
ギルド職員の言葉に、俺たちは頷いた。夜市の灯りの下、俺は改めて、自分のステータスを確認した。
LPは、まだ29.1日。想定外の増加ではあったが、この数字が本当の意味を持つのかどうか、俺にはまだ、判断がつかなかった。
「今日は、色々ありすぎましたね」
ユイが、疲れたように、それでいてどこか興奮した声で言った。
「はい。でも、少しだけ、この街の裏側に、近づけた気がします」
タクトの言葉に、俺は頷いた。奪わずに生きる道を選び続けてきた俺が、今夜、久しぶりに大きな討伐をした。その事実は、単純に喜べるものではなかった。だが同時に、この世界の裏で動いている何かに、俺たちは確かに一歩、近づいたのかもしれない。
夜市の灯りが、静かに揺れている。老人の後ろ姿が、雑踏の中へと消えていくのを見送りながら、俺は、これから先に待つものへの予感を、胸の奥に刻み込んだ。
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【ステータス】
名前:リョウ
LV:7(LV6 → LV7)
HP:21/38(討伐後、未回復) MP:22/27
STR:22 VIT:18
AGI:22 INT:14
延命ポイント(LP):29.1日分(+0.6)
所持金:銅貨630枚(+300)
名声:109(+30)
満腹度:45/100
次のレベルまで:96/1300
【冒険者ランク】
E
【装備】
胴:強化革の鎧
武器:鋭利な鉄の短剣
足:革のブーツ
装飾:魔力の指輪
【所持スキル】
・痛覚遮断
・看破の眼(観察眼から進化)
・植物知識・初級
・木工の心得・初級
・調合の心得・初級
・小回復魔法・初級
・回避の心得・初級(NEW)
【称号】
・一線を越えた者
【フレンド】
・ユイ
・タクト
【パーティ】
・ユイ
・タクト
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
夜市での激戦、そして情報屋の言葉。
物語が、大きく動き始めました。
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