第十六話 闇の噂
三人分の宿を探しながら、俺たちは大通りから少し外れた通りへと入った。カレナは村と違い、宿の数自体は多かったが、どこも値段や設備がまちまちで、選ぶのに少し時間がかかった。
「ここ、良さそうじゃないですか」
ユイが指差したのは、こぢんまりとした、だが清潔感のある宿だった。看板には「灯火亭」と書かれている。
中に入ると、恰幅の良い女将が、愛想の良い笑顔で出迎えてくれた。
「三人かい。個室が二つ、相部屋なら一部屋で足りるよ。どうする?」
「個室二つ、お願いします」
俺とタクトで一部屋、ユイで一部屋という形に落ち着いた。手続きを終え、部屋に荷物を置くと、俺はようやく、一日の疲れを実感した。村を出てから、まだ一日と少ししか経っていないはずなのに、随分と長い時間が経ったような気がした。
「タクトさん、明日からのこと、少し話しておきませんか」
夕食の席で、俺はそう切り出した。三人でテーブルを囲み、湯気の立つ煮込み料理をつつきながら、俺たちはこれからの方針について話し合った。
「俺は、正直、まだ自分に何ができるのか、よく分かってなくて。リョウさんたちの、足を引っ張らないようにしたいです」
「そんなに気負わなくていいと思います。俺も、最初は右も左も分からないところから始めたので」
「リョウさんが、討伐をできるだけ避けてるって話、さっきユイさんから聞きました。それって、大変じゃないですか」
タクトの問いに、俺は少し考えてから答えた。
「大変は大変です。効率も悪いですし。でも、俺は俺なりに、納得できるやり方を選びたくて。タクトさんは、無理にそれに合わせなくていいと思います」
「でも、少し、興味あります。その考え方」
タクトは、意外なほど真剣な表情で言った。
「俺、正直、赤牙に絡まれた時、怖くて何も言えなかったです。あの時、リョウさんが止めてくれなかったら、多分、流されてました」
「あんな連中に、流されなくてよかったです」
「はい。だから、少しでも、自分の意思で選べるようになりたいなって、思ったんです」
食事を終える頃には、夜も更けていた。窓の外、カレナの街は、村とは違う種類の賑わいを見せていた。酒場からは、笑い声や歌声が漏れ聞こえ、遠くには、まだ煌々と灯りの点いた大きな建物も見える。
「あの光ってる建物、なんでしょう」
ユイが窓の外を見ながら呟いた。ミラが答える。
「あれは『夜市』と呼ばれる、夜間限定の市場です。通常の店舗では扱わないような、珍しい品物が取引されることもあると聞いています」
「珍しい品物、ですか」
「詳細については、私からは把握しておりません」
その言い回しに、俺は小さな引っかかりを覚えた。以前、石碑やLPの異変について尋ねた時と、同じような、微妙な距離感のある返答だった。だが、今は深追いする材料もない。俺はそれ以上聞かず、話を切り上げることにした。
「今日はもう休みましょう。明日、改めて依頼を探しに行きましょうか」
「はい、おやすみなさい」
それぞれの部屋に戻り、俺は久しぶりに、誰かと同じ部屋で眠るという状況に、少し落ち着かない気分になりながらも、ベッドに横になった。
翌朝、目を覚ますと、隣のベッドで、タクトがまだ小さく寝息を立てていた。俺は静かに身支度を整え、部屋を出た。一階の食堂には、すでにユイが座っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。タクトさんは?」
「まだ寝てます。起こしてきますね」
三人で朝食を済ませたあと、俺たちはギルドへと向かった。掲示板の前で、俺たちは今日の依頼を選ぶことにした。
「タクトさんも、そろそろパーティ、組みませんか」
俺の提案に、タクトは驚いたように目を見開いた。
「い、いいんですか。俺、まだそんなに実力もないのに」
「実力は、これから一緒に積み上げていけばいいと思います」
俺たちはフレンド機能を通じて、正式にパーティを組み直した。
【パーティが更新されました】
「リョウ」「ユイ」「タクト」
三人のHP・MPバーが、視界に並んで表示される。その様子を見て、タクトは少し照れくさそうに笑った。
掲示板を見ていると、一枚の依頼書に目が留まった。
【街道沿いの狼群れ討伐(討伐支援)】
報酬:討伐経験値(大)/銅貨150枚
難易度:★★
備考:ギルド職員による現地立ち会いあり
「これ、俺たちでも受けられそうですね」
依頼内容を確認すると、カレナ近郊の街道で、灰狼の群れが頻繁に出没し、隊商や旅人を脅かしているという。ギルド職員が現地で指揮を執るとのことで、複数の冒険者パーティが同時に参加する、大規模な討伐作戦のようだった。
俺たちは受注を済ませ、指定された集合場所へと向かった。街の東門を出てすぐの広場に、既に何組かのパーティが集まっている。
「お、あの時のガキどもか」
聞き覚えのある声に、俺は思わず振り返った。少し離れた場所に、赤牙の男たちが立っていた。同じ討伐依頼に参加しているらしい。
「まさか、また会うとはな」
リーダー格の男が、値踏みするような視線を、俺たちに向けた。
「今日は、揉め事はごめんです」
俺の言葉に、男は鼻で笑った。
「別に、こっちから仕掛ける気はねえよ。ただ、依頼中の実力は、しっかり見させてもらうぜ。足を引っ張るなよ」
その言葉には、明確な棘があった。ユイとタクトが、少し緊張した様子で顔を強張らせる。
やがて、ギルド職員らしき男が、集まった冒険者たちの前に立った。
「これより、街道沿いの狼群れ討伐作戦を開始する。各パーティは、指定されたエリアに分かれて行動してほしい。危険を感じたら、無理せず退避すること。よろしいな」
指示に従い、俺たちのパーティは、街道の北側エリアを担当することになった。赤牙の一団は、少し離れた南側エリアへと向かっていった。
「行きましょう」
俺たちは森の中へと足を踏み入れた。観察眼を発動させ、周囲の反応を探る。
【解析中……】
【周辺環境】
生体反応:複数(大規模、集中)
「かなり、数がいそうです」
慎重に進むと、開けた場所に、十数匹の灰狼の群れが確認できた。以前遭遇した時よりも、遥かに規模が大きい。
「これ、俺たちだけで大丈夫でしょうか」
タクトが、不安げに呟いた。
「無理はしないで、少しずつ削っていきましょう。危なくなったら、すぐ退避します」
俺たちは物陰に隠れながら、群れの端にいる一匹に狙いを定めた。まずはユイが先制し、俺が援護、タクトが後方から牽制する、という連携を試みる。
「行きます!」
ユイの一撃を皮切りに、俺たちは連携して一匹目を仕留めた。
【灰狼を討伐しました】
【討伐経験値を獲得しました】経験値:+70
だが、一匹の悲鳴に気づいたのか、残りの群れが一斉にこちらを向いた。
「囲まれます!」
俺は叫びながら、背中合わせになるよう、三人の位置取りを指示した。
「ユイさんは右、タクトさんは正面、俺は左を見ます!」
灰狼たちが、三方向から一斉に襲いかかってきた。俺は短剣を構え、迫る一匹の突進をかわしながら、弱点である喉元を狙う。
【HPが減少しました】
33 → 24
一撃を受けながらも、俺はなんとか一匹を仕留めた。隣では、ユイも懸命に剣を振るっている。だが、タクトの方から、悲鳴に近い声が上がった。
「タクトさん!」
振り返ると、タクトが灰狼に組み付かれ、地面に倒れ込んでいた。俺は反射的に駆け出し、短剣を振るって灰狼を引き剥がす。
【灰狼を討伐しました】
【討伐経験値を獲得しました】経験値:+55
「大丈夫ですか!」
「す、すみません……足が、竦んじゃって」
タクトのHPを確認すると、大きく減少していた。俺は咄嗟に、小回復魔法を発動させる。
【小回復魔法を発動しました】
タクトのHP:8 → 16
MP消費:3
「まだ、動けますか」
「はい……なんとか」
残りの群れは、まだ数匹いた。俺たちは態勢を立て直し、慎重に、一匹ずつ確実に仕留めていく。ユイが的確に弱点を突き、俺が援護し、タクトも震えながらも、剣を振るい続けた。
最後の一匹を仕留めた時には、俺たちは三人とも、息も絶え絶えになっていた。
【灰狼を討伐しました】
【討伐経験値を獲得しました】経験値:+48
「終わった……」
タクトが、その場に座り込んだ。俺も、久しぶりに感じる疲労感に、深く息を吐いた。
「二人とも、お疲れ様でした」
「リョウさんこそ、ありがとうございました。助けてもらってばかりで」
「そんなことないです。タクトさんも、最後までちゃんと戦ってました」
俺たちは自分のステータスを確認した。今回の討伐で、それぞれ着実に経験値を積むことができていた。
集合場所に戻ると、既に何組かのパーティが戻ってきていた。その中に、赤牙の一団の姿もあった。
「よお、生きて戻ってきたか」
リーダー格の男が、意外そうな顔で言った。
「そっちの新入りは、まだ使い物になるかどうか、怪しいと思ってたがな」
その言葉に、タクトが小さく肩を震わせた。俺は間に割り込むように、一歩前に出た。
「彼は、ちゃんと戦いました。それに、俺たちのパーティのやり方に、口出しされる筋合いはないです」
男は、俺をしばらく睨むように見つめたあと、ふっと表情を緩めた。
「ま、いい。今日のところは、依頼をこなした事実だけは認めてやるよ」
そう言い残し、男たちは仲間内で何か話しながら、去っていった。
ギルド職員が、参加した各パーティの成果を確認し、報酬の支払いを行った。
【依頼達成】
街道沿いの狼群れ討伐(討伐支援)
報酬を獲得しました
・討伐経験値:+80(達成報酬)
・銅貨:150枚
・名声:+15
街に戻る道すがら、俺たちは自然と、赤牙のことを話題にしていた。
「あの人たち、本当に、強引に人を集めてるんですね」
ユイの言葉に、俺は頷いた。
「タクトさんが最初に絡まれてた時も、そうでしたし」
「実は、さっき、休憩中に他の冒険者から、少し話を聞いたんですけど」
タクトが、声を潜めて言った。
「赤牙って、表向きは討伐に特化したパーティ集団らしいんですけど……夜市の方で、何か、良くない噂もあるみたいで」
「良くない噂、というと」
「詳しくは分からないんですけど、経験値やLPに関わる、何か裏の取引をしてるんじゃないかって。あくまで、噂話ですけど」
その言葉に、俺の中で、以前感じたLPの異変が、再び頭をよぎった。想定より大きく減っていたあの朝の違和感。もし、それが単なる誤差ではなく、何者かの意図的な行為によるものだとしたら――。
「ミラ、その話、何か知ってますか」
呼びかけると、視界の端に淡い光が集まった。
「申し訳ございません。夜市に関する詳細な情報は、私のデータベースにも、限られた範囲でしか存在しません」
以前と同じ、慎重な言い回しだった。俺はそれ以上、深く追及することはしなかった。だが、心の中には、確かな引っかかりが残った。
「もし、本当にそんなことが行われてるなら……見過ごせないですね」
俺の呟きに、ユイとタクトも、同じように険しい表情を浮かべていた。
宿への帰り道、俺たちは夜市と呼ばれる、灯りの点いた区画の近くを通りかかった。遠目に見ても、通常の市場とは、どこか違う雰囲気が漂っている。人々の話し声は低く抑えられ、行き交う者たちの視線も、どこか落ち着かない様子だった。
「今は、まだ、様子見ですね」
俺は、そう自分に言い聞かせるように呟いた。今の俺たちには、あの区画に踏み込むだけの情報も、確証もなかった。だが、いつか、この違和感の正体を突き止める時が来るような、そんな予感が、確かに胸の中にあった。
宿に戻り、それぞれの部屋に別れる前、ユイがふと、俺に声をかけた。
「リョウさん、なんだか、この街に来てから、色々起きますね」
「はい。村にいた頃とは、また違う忙しさがある気がします」
「でも、リョウさんとタクトさんがいてくれるから、心強いです」
ユイの言葉に、俺は小さく頷いた。三十日という数字は、今も静かに、頭の中で動き続けている。だが、この街で出会った人々、そして目にした不穏な影――それらすべてが、これから先の道のりに、確かな意味を持ち始めているのを、俺は感じていた。
部屋に戻り、ベッドに横になると、俺はもう一度、自分のLPを確認した。
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延命ポイント(LP):28.5日分
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今日一日の討伐で得たはずの微増分を差し引いても、減少幅は、概ね想定の範囲内だった。だが、油断はできない。夜市という言葉が、頭の中で、小さな警鐘のように響き続けていた。
窓の外、カレナの夜は、まだ静かに更けていく。俺は目を閉じ、明日への英気を養うことにした。
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【ステータス】
名前:リョウ
LV:6
HP:24/33(討伐後、未回復) MP:18/24
STR:19 VIT:15
AGI:19 INT:13
延命ポイント(LP):28.5日分
所持金:銅貨330枚(+150)
名声:79(+15)
満腹度:42/100(低下中)
次のレベルまで:576/900
【冒険者ランク】
E
【装備】
胴:強化革の鎧
武器:鋭利な鉄の短剣
足:革のブーツ
装飾:魔力の指輪
【所持スキル】
・痛覚遮断
・観察眼
・植物知識・初級
・木工の心得・初級
・調合の心得・初級
・小回復魔法・初級
【称号】
・一線を越えた者
【フレンド】
・ユイ
・タクト
【パーティ】
・ユイ
・タクト(NEW)
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
灰狼群れとの激戦、そして夜市を巡る不穏な噂。
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