第十四話 カレナの影
第十四話です。
どうぞよろしくお願いします。
翌朝、野営地は、慌ただしい空気に包まれていた。
「よし、出発するぞ! 気を抜くな、街まではもう少しだ!」
ガイの号令で、隊商は再び動き出した。焚き火の跡を残し、俺たちは街道を進んだ。しばらく歩くと、昨日遠くに見えていた街の輪郭が、次第にはっきりとした姿を現し始めた。
灰色の城壁は、想像していたよりもずっと高く、堅牢だった。門の前には、既に何台もの荷馬車が列をなしている。
「大きな街だと、こんなに人がいるんですね」
ユイが、目を丸くしながら呟いた。俺も同じ気持ちだった。始まりの村では、こんな人だかりを見たことがなかった。
門をくぐる際、俺たちは衛兵らしき人物に、冒険者カードの提示を求められた。
「Eランク、二名。護衛依頼での入市だな。確認した、通っていい」
あっさりとした確認だったが、その手続きの慣れた様子に、この街が、これまでとは違う規模で人々を受け入れていることが窺えた。
門をくぐった瞬間、俺は思わず、足を止めた。
石畳の大通りには、露店がひしめき合い、様々な色の旗や看板が風にはためいている。武器屋、防具屋、宿屋、飲食店――村で見た数の何倍もの店が、通りの両側にずらりと並んでいた。行き交う人々の数も、比較にならないほど多い。
「すごい……」
ユイが、隣で小さく声を漏らした。
「ここまでだな。俺は荷を下ろしに行くから、また今度な」
ガイが、軽く手を上げて雑踏の中へと消えていった。他の護衛たちも、それぞれの目的地へと散っていく。俺とユイは、しばらく、その場に立ち尽くしていた。
「まずは、ギルドに行ってみましょうか」
俺の提案に、ユイが頷いた。ミラの案内に従い、俺たちは大通りをさらに奥へと進んだ。
カレナの冒険者ギルドは、村のものとは比較にならないほど、大きな建物だった。何本もの旗が掲げられ、出入りする冒険者の数も、桁違いに多い。
中に入ると、受付だけで五つの窓口が並んでいた。俺たちは一つの窓口に向かい、事情を説明した。
「始まりの村からの、護衛依頼での到着ですね。カレナ支部での活動を希望される場合、簡単な登録更新が必要になります」
手続きを終えると、視界に新しい通知が浮かんだ。
【システム通知】
カレナ支部での活動が可能になりました
Eランクとして継続登録されます
「これで、こっちでも依頼が受けられるってことですよね」
「はい。掲示板の内容も、村とはかなり違うと思います」
俺たちは掲示板に近づいた。想像していた通り、依頼の種類も規模も、村のものとは一線を画していた。
【大型魔物討伐(複数パーティ推奨)】
難易度:★★★★
【貴族邸の警備補助】
難易度:★★★
【薬草園の管理補助】
難易度:★★
「これは……まだ、俺たちには早そうですね」
「はい、しばらくは、Eランクでも受けられる依頼を探しましょう」
依頼を選ぶ前に、まずは街の様子を見て回ろうと、俺たちはギルドを出た。
大通りを歩いていると、村では見なかった、様々な種類の店が目に入った。魔道具を扱う店、宝飾品店、そして――
「あれ、見てください。何かの、大きな建物」
ユイが指差した先には、闘技場のような、円形の建造物があった。
「あれは、決闘場です」
ミラが説明を加える。
「カレナには、正式な手続きを踏んだ上で、プレイヤー同士が模擬戦を行える施設があります。この決闘場での戦闘は、LPのやり取りが発生しない、安全な形式に限定されています」
「LPが発生しない決闘、ですか」
「はい。あくまで、実力を測るための施設です。ただ――」
ミラは、そこで一瞬、言葉を切った。
「正式な手続きを経ない、非公式な決闘が、街の外れで行われているという噂も、耳にすることがあります」
その一言に、俺は小さな引っかかりを覚えた。だが、それ以上詳しくは、ミラも語らなかった。
大通りをさらに進むと、賑わいの中に、何やら人だかりができている一角があった。俺たちは、何となく気になって、そちらへ足を向けた。
人垣の中心には、一人のプレイヤーらしき青年が、数人の集団に取り囲まれていた。
「だから、悪いようにはしないって言ってるだろ。お前、まだEランクにもなってないんだろ。俺たちと組めば、すぐにレベルなんて上がるぜ」
囲んでいる一人が、そう言いながら、じりじりと距離を詰めていた。取り囲まれている青年は、明らかに怯えた様子で、後ずさりしている。
「い、嫌です……。俺は、自分のペースでやりたいんです」
「そう固いこと言うなよ。俺たちの『赤牙』に入れば、経験値効率、全然違うぜ」
「赤牙……」
俺は思わず、その名前を呟いていた。
「聞き覚えが、あるんですか」
ユイの問いに、俺は首を振った。
「いえ、初めて聞きました。でも、なんとなく、嫌な感じがします」
観察眼を発動させると、囲んでいる集団のステータスが、視界に浮かんだ。
【解析中……】
【???】LV:18
【???】LV:15
【???】LV:16
いずれも、俺たちよりずっとレベルが高い。囲まれている青年は、まだLV2程度の、明らかな初心者だった。
「なあ、いい加減、頷けよ。時間の無駄だ」
集団の一人が、青年の肩に手をかけようとした瞬間、俺は反射的に、声を上げていた。
「やめてください」
集団の視線が、一斉にこちらを向いた。俺は少し怯みそうになりながらも、青年と集団の間に、身体を割り込ませた。
「なんだ、お前」
「通りすがりです。嫌がってる人に、無理強いするのは、良くないと思います」
集団のリーダー格らしき男が、俺を値踏みするように見た。
「Eランクの、しかも支給品からちょっと良くなった程度の装備か。俺たちに、口出しできる立場じゃねえと思うがな」
その言葉には、明確な敵意が滲んでいた。俺は短剣に手をかけそうになったが、思いとどまった。ここで争いになれば、街中で騒ぎを起こすことになる。
「街中で、揉め事はやめておいた方がいいと思います」
俺の言葉に、男は一瞬、鼻で笑った。だが、周囲に人だかりができていることに気づいたのか、舌打ちをして手を引いた。
「ちっ……。まあいい、今日のところはな」
男はそう言い残し、集団を引き連れて、雑踏の中へと消えていった。
囲まれていた青年は、へなへなとその場に座り込んだ。
「あ、あの……ありがとう、ございました」
「大丈夫ですか」
「はい……なんとか。あの人たち、最近、この辺りで新規のプレイヤーに声をかけて回ってるみたいで。強引に、パーティに勧誘してくるんです」
青年の名は、タクトというらしかった。カレナに来たばかりの、俺たちと同じような境遇のプレイヤーだった。
「『赤牙』って、有名な集団なんですか」
俺の問いに、タクトは声を潜めた。
「有名っていうか……悪い意味で。強引な勧誘で、若いプレイヤーを取り込んで、討伐依頼をこなさせて、稼ぎの大半を吸い上げてるって噂です。断ったら、嫌がらせを受けたって話も、聞いたことがあります」
その話に、俺は背筋が冷たくなるのを感じた。奪うか、奪われるか。この世界の根本にあるルールを、悪意を持って利用する存在が、確かにいるということだ。
「気をつけた方がいいですよ、あなたたちも」
タクトの忠告に、俺とユイは頷いた。
「タクトさん、これから、どうするんですか」
「まだ、決めてないです。この街に来たばかりで、右も左も」
俺は少し考えて、提案した。
「よかったら、俺たちと一緒に、ギルドの依頼、見てみませんか。一人でいるより、少しは安全だと思うので」
タクトは、少し驚いた顔をしたあと、小さく頭を下げた。
「ありがとう、ございます。お言葉に、甘えさせてもらいます」
俺たちは三人で、改めて掲示板の前に立った。だが、頭の片隅には、さっきの「赤牙」という名前が、小さな棘のように残り続けていた。
奪わずに生きる道を、俺は選び続けている。だが、この世界には、奪うことを積極的に選び、それを組織的な力にまで育てている者たちもいる。その事実を、俺は今、目の当たりにしたばかりだった。
「リョウさん、大丈夫ですか」
ユイの問いに、俺は小さく頷いた。
「はい。ただ、この街、思っていたより、色々ありそうだなって」
「そうですね……。でも、リョウさんがいてくれて、良かったです」
夕暮れが近づく中、カレナの街は、村とは比較にならないほどの活気で溢れていた。だが、その賑わいの裏側に、確かに、何か不穏なものが潜んでいる。俺はその予感を、胸の奥に留めながら、掲示板の依頼書に、改めて目を通し始めた。
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【ステータス】
名前:リョウ
LV:6
HP:31/33 MP:21/24
STR:19 VIT:15
AGI:19 INT:13
延命ポイント(LP):28.7日分
所持金:銅貨140枚
名声:58
満腹度:58/100(低下中)
次のレベルまで:315/900
【冒険者ランク】
E(カレナ支部でも継続登録)
【装備】
胴:強化革の鎧
武器:鋭利な鉄の短剣
足:革のブーツ
装飾:魔力の指輪
【所持スキル】
・痛覚遮断
・観察眼
・植物知識・初級
・木工の心得・初級
・調合の心得・初級
・小回復魔法・初級
【称号】
・一線を越えた者
【フレンド】
・ユイ
【パーティ】
・ユイ
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
大きな街カレナへの到着、そして不穏な影。
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