7話『助けたいと思った理由に、やっと気づいた』
「また、この場所に戻って来たんですね、あたしたち……」
「ああ」
迷宮の入り口――
すべては、ここから始まった。
この場所で、レオン王子とカイル団長に出逢って。
あたしの“二度目の人生”が、動き出した。
「ふふ。あたし、最初はここを“死後の世界”だと思ってたんですよ」
「それは……笑えないな」
呆れたような声。
けれど、その視線はずっとあたしを捉えたままだ。
あの頃と同じようで――少しだけ違う。
言葉にしなくても伝わる距離。
近すぎるわけでも、遠いわけでもない、その曖昧さが妙に落ち着かない。
どうしてだろう。
前は、こんなふうに意識したりしなかったのに。
「だって今のあなた、すごく怖い顔してましたから」
その表情を和らげたくて。
そんなことを自然に思ってしまう自分に、ふと戸惑う。
「一年前、言ってくれましたよね。焦るなって。……今は、あなたの方が焦ってるみたいです」
「ふ……そうだったな」
ようやく緩んだ横顔に、張っていた息がほどける。
――よかった。
たったそれだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
安心してしまう自分が、少しだけくすぐったい。
あたしは、この場所に来るまで一年かかった。
カイル団長の四年には及ばないけれど……
それでも、ようやく。
レオン王子を救うための出発点に――立てた。
◇
迷宮攻略は順調だった。
少なくとも、途中までは。
けれど迷宮は、ほんの一瞬の油断さえ見逃さない。
気づいたときには、もう遅かった。
罠にかかった足場が崩れる。
落下。
衝撃。
暗闇。
そして――魔物の気配。
「……っ、痛い……」
足に走る鈍い痛み。
動けないほどじゃない。
でも――逃げ切れるほど甘くもなかった。
次々に襲い掛かってくる魔物たち。
新しく覚えた結界魔法を維持するのに精一杯で、足を回復させるまで手が回らない。
それに――
今、この場には、カイル団長がいない。
その事実が、胸の奥をざわつかせた。
こんな状況なのに。
魔物よりも、“あの人がそばにいないこと”の方が怖いだなんて。
どうして――
こんなにも不安になるの。
魔力が削れていく。
そんな時間が、容赦なく過ぎていく。
「このままじゃ……」
終わる。
そう思った瞬間――
「澪ーーーーーー!!」
名前を呼ばれた。
胸が、大きく跳ねる。
視界に飛び込んできたのは――
血に染まった、カイル団長の姿だった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
鬼気迫る形相のまま、カイル団長が魔物を一蹴する。
息を呑むほど恐ろしいのに。
それでも、あたしには――
どうしようもなく、安心できる姿だった。
「澪、無事か……」
あたしへ向けられた声だけが、ひどく優しい。
「無事か、じゃないです……っ」
震える声を、うまく抑えられない。
カイル団長は全身に深い傷を負っていた。
「どうして、そんな身体になるまで……」
こんな傷だらけになるほど無茶までして――
あたしのところへ来てくれたの。
「回復魔法!!」
カイル団長に触れた瞬間、あたしは魔法を叫んだ。
――けれど、発動しない。
魔力が、足りない!?
「回復魔法……っ、お願い……!」
焦りで、声が崩れる。
どうして、今なの――
一番、助けたい人なのに。
届かない。
気づけば、隣に立ちたいと思っていた。
守られるだけじゃなく。
この人を支えられる自分でいたいと。
ちゃんと並んで歩ける存在になりたいと――
ずっと、思っていたのに。
「……やだ……」
こぼれた声は、小さい。
けれど、自分でも驚くほど必死だった。
この人を失うなんて、考えられない。
「澪……自分を責めるな……」
かすれた声。
もう余力なんて残っていないはずなのに。
それでも、あたしを安心させようとするなんて――
「カイル団長……!」
崩れ落ちる体を抱きとめる。
重くて、熱い。
こんなにも近くにいるのに――
遠くへ行ってしまいそうで、怖かった。
「あたしなんかのために、どうして……」
ううん、違う。
胸の奥で、はっきりと否定する。
“あたしのためにしてくれるから”じゃない。
――あたしが、この人を。
そこまで考えて、息が止まった。
気づいてしまった。
ずっと目で追っていたこと。
隣にいたいと願っていた理由。
助けたいと思った、その本当の意味。
これは――
「……だめ……」
こんな形で、気づきたくなかった。
「まだ……なにも言えてないのに……」
悔しさで、胸がいっぱいになる。
涙が溢れて、止まらない。
こぼれ落ちた雫が一滴。
カイル団長の頬に触れた。
その瞬間――
淡い緑の光が、ふわりと広がった。
やさしく包み込むような輝き。
まるで、想いそのものが形になったみたいに。
傷が、癒えていく。
「カイル団長……!」
「み、澪……?」
「よかった……っ」
もう、堪えきれなかった。
強く抱きしめる。
離したくないと思ってしまう。
――その理由を、もう知ってしまったから。
「傷が……消えている……」
「奇跡、ですね」
カイル団長が生きていてくれる。
それだけでいいと、思ってしまうくらいに。
それが――今のあたしの、全部だった。
「……いや、奇跡なんかじゃない」
低く、静かな声。
「澪が積み重ねてきたものが、ここで届いたんだ」
「そんなの……どうでもいいです」
思わず、言葉がこぼれる。
きっと、らしくない。
でも――止められなかった。
「あなたが無事なら、あたしの努力なんて……」
一瞬だけ、迷う。
それでも――もう、誤魔化したくなかった。
「カイル団長、あたし――」
「澪……魔術部隊が近くまで来ている。そろそろ――」
遮られる。
わかっていた。
ここで言うべきじゃないことくらい。
それでも――
「もう少しだけ……」
無意識に、腕へ力が入る。
「このままで、いさせてください」
沈黙。
それから――
「……ああ」
短い了承。
その一言だけで、胸がぎゅっと締めつけられる。
嬉しいのに、苦しくて。
でも、その全てが――愛おしかった。




