5話『三年後の再会』
あれから三ヶ月――
あたしの中は、ずっと空っぽのままだった。
異世界でヒールを覚えたからなのかもしれない。
この世界に戻ってきたとき、あたしの身体は嘘みたいに治っていた。
もう二度と元には戻らないと思っていたのに。
「……それなのに、どうしてだろう」
胸の奥にぽっかり空いた穴だけは、埋まらない。
体は元に戻ったのに、心だけが取り残されたみたいで。
病気が治ったあたしに、両親は驚くほど優しかった。
まるで、壊れ物を扱うみたいに。
ぎこちなくて、それでも必死で。
その優しさが分かるからこそ、余計に苦しくなる。
――だから、言えなかった。
本当はここにいるべきじゃない気がする、なんて。
昔は、あんなに憧れていたはずの“普通の毎日”。
朝起きて、学校に行って、帰ってきて。
そんな当たり前が、ずっと欲しかったのに。
……なのに今は。
頭から離れないのは、あの日の光景ばかり。
あたしの身代わりになった、レオン王子。
あのときの、優しくて、少し困ったような笑顔。
――どうして、あんな顔で笑えるの。
どうして、あたしなんかのために。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
そして――
カイル団長の、あの表情。
悔しさと絶望を押し殺したような、あの目。
あたしを見ていたはずなのに、その奥には別のものがあって。
守れなかったものを抱えたまま、立っている人の目だった。
……あんな顔、させたくなかったのに。
あたしのせいで、あんな顔をさせてしまった。
そう思うたび、息が浅くなる。
忘れようとしても、忘れられるはずがなかった。
だって――
あたしの心は、あの世界に置き去りのままだから。
「早く、戻りたい……」
ぽつりとこぼれた言葉。
それは、胸の奥からまっすぐに出てきた本音だった。
――あの人たちのところへ、戻りたい。
気づいたときには、もう走り出していた。
三ヶ月間、ただ何もしていなかったわけじゃない。
どうして、あたしがあの世界に行けたのか。
何度も何度も考えた。
偶然なんかじゃない。
――きっと、理由がある。
そうじゃなきゃ、納得できない。
そして辿り着いたのが、この街に残る“神隠し”の伝説。
昔から語り継がれている、不思議な話。
普通の人なら、ただの作り話で終わるようなもの。
けれど、あたしには違う。
あの世界を知ってしまった今なら分かる。
――きっと、繋がっている。
神隠しの伝承は、あたしが異世界に帰るための、たったひとつの道しるべ。
そう思った瞬間、不思議と迷いは消えていた。
あたしは、森の奥へと足を踏み入れる。
空気が少しだけ違う。
静かで、どこか懐かしいような――
「ここが……」
そこにあったのは、小さな社と、その隣に立つ圧倒的な存在感の千年樹。
理由なんて説明できないのに。
気づけば、吸い寄せられるように、その前に立っていた。
――ここだ。
根拠なんてないのに、確信だけがあった。
「回復魔法!!」
この魔法は、あの世界のもの。
そして、ここはきっと結びの場所。
ふたつが重なれば、道は開く。
「お願い、行かせて……!!」
あの人たちのところへ。
――もう一度、ちゃんと向き合うために。
そう願った瞬間。
あたしの身体は、あのときと同じ光に包まれていた――
◇
「やっと目覚めたか……」
「カ、カイル団長……?」
ふかふかの布団の感触よりも先に、視界に飛び込んできたその人に、息が止まりそうになる。
懐かしいはずなのに。
思っていたより、ずっと近くて。
「……なんだ、その反応は。精霊でも見たみたいだな」
「だって……あたし……戻って、来れたんですね――」
声が震える。
うまく息ができない。
それでも、目を逸らせなかった。
「ああ、王宮で倒れているのを見つけたときは驚いたが……三年ぶりだな」
「三年……?」
頭が追いつかない。
あたしの中では、たった三ヶ月だったのに。
「それで……レオン王子は――」
カイル団長は、静かに首を横に振った。
「まだ、魔石に取り込まれたままだ」
その一言だけで、胸が締めつけられる。
……ただ、今は。
目の前の彼のほうが、気になってしまった――
頬は少しこけていて、声もどこか疲れている。
無理をしているのが、見ているだけで分かる。
ずっと、一人で背負ってきたんだ……
「回復魔法」
「どうした? 怪我などしていないが――」
「はい。でも……使わせてください」
少しでも、この人の重さが軽くなるなら。
ほんのちょっとでもいいから、楽になってほしい。
「……そうか」
穏やかな表情で言ったその一言に、胸が温かくなる。
あたしは祈るように魔法を使いながら、三年間のことを聞いた。
王宮が闇に覆われ、次から次に王族に不幸があったこと。
もう、レオン王子以外の王家は残っていないらしい……
初代の王が国民の負の感情を魔石に吸収させていたが、手がつけられなくなったので迷宮に封じていたということ。
魔物が迷宮の外でも出現することが急激に増え、下火になっていた魔女信仰も復活。
王国中に不安と恐怖が広がっている。
そして、そんな中――
カイル団長が、たった一人で。
この王国を守り続けていた……
「あたしが……魔石に触れたせいで……」
視界が滲む。
取り返しのつかないことをしたのだと、痛感して――
膝から力が抜けた。
「違う!!」
強い声に、あたしは顔を上げた。
言い切るその声に、カイル団長の迷いはない。
「お前は何も悪くない、あれは初代の王が原因を作ったんだ……。人の力で解決しようとせずに、魔石に頼ってしまった――それがすべての始まりだったんだよ……」
まっすぐに、あたしだけを見ている。
その視線が、どうしようもなく――
……安心してしまう。
あたしに非がないとは思えない。
それでも。
この人がそう言ってくれることが、こんなにも救いになるなんて。
「今日までは、この国を守ることで精一杯だった。だが――」
一歩、近づいてくる。
「お前が来てくれた」
その言葉に、胸が跳ねる。
「情勢を変えられるかもしれない」
「カイル団長……」
「俺について来てくれないか?」
一瞬だけ、迷いそうになって。
――でも、すぐに分かった。
あたしはもう決めている。
「……はい」
自然と、笑みがこぼれる。
「あたしは、そのために戻ってきました」
――この人と一緒にレオン王子を取り戻すために。




