1話『役立たずのはずだったあたしが、王子様に必要とされました』
その入口は、思っていたよりもずっと暗くて、静かだった――
胸の奥が、ざわつく。
「ミオ。私たちはこれから迷宮に入らなければならない。待機組の救護班と、ここで待っていてもらえるか?」
レオン王子は、気遣うように声を落として言った。
その優しさが、少しくすぐったい。
「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
異世界系の物語でよく出てくるのが、迷宮探索。
本当は中を見てみたい気持ちもあった。
でも――足手まといになるのは、わかっている。
自分の立場を、ちゃんと弁えなきゃ。
そう思った、その時――
「レオン王子!!」
切羽詰まった声が、迷宮の奥から響いた。
「どうした?」
「先に入った部隊が、魔物に襲われて重傷を負いました!!」
運び出されてくる兵士たち。
血の匂いに、思わず息が詰まる。
「救護班へ。早く治療を」
レオン王子の声は落ち着いていたが、その奥には焦りが滲んでいた。
テントから現れた救護班が、手際よく処置を始める。
――あたしにも、何かできるのでは?
気づくと、体が自然に動いていた。
「あの、応急処置でしたら……あたしもできます。手伝わせてください」
昔のあたしは、よく転ぶ子どもだった。
怪我をした時、自分で手当てをしていた。
そのとき覚えた、小さな知識。
「そうか……人手が足りない。頼む」
レオン王子が、迷いなく頷く。
“頼む”という言葉に、胸が熱くなった。
包帯や治療具を手に取る。
――大丈夫、落ち着いて。
そう言い聞かせながら、兵士の傷口に触れた、その瞬間。
ふわり、と。
手のひらから、やさしい緑色の光があふれた。
「……え?」
光に包まれた傷口が、みるみる塞がっていく。
「治ってる……」
自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
「な、何が起こっている……?」
レオン王子の驚きは当然だった。
でも――一番驚いているのは、きっとあたしだ。
「これは……古代魔法の一つ、回復魔法……?」
カイル団長が、信じられないものを見るように呟いた。
……古代魔法?
そんな難しそうなものを、あたしが?
「すごいぞ、ミオ!! その力があれば、迷宮攻略は大きく前進する!」
ぱっと顔を輝かせた王子に、胸が跳ねる。
こんなふうに、まっすぐ喜ばれるなんて……
「殿下、お待ちください。彼女が高位魔術の使い手だと判明した以上、素性も含め慎重に扱うべきです」
カイル団長の言葉に、空気がぴりりと張りつめた。
……そうだよね。
疑われるのが当然だ。
あたしは、この世界では得体の知れない存在なのだから。
「カイル団長」
レオン王子の声は静かだった。
でも、その中に迷いはなかった。
「ミオはそのような存在ではない。今後、そのような発言は控えよ」
「……御意に」
庇われた。
そう理解した瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
信じてもらえたことが、こんなに嬉しいなんて。
「ミオ。どうか私たちと共に、迷宮の最下層を目指してくれないか?」
まっすぐな言葉だった。
逃げ場なんてないくらいに、真剣で。
「……不安がないと言えば嘘になります。でも――」
息を整える。
「あたしも、できることをしたいです」
言葉にした瞬間、胸の奥がほどけた。
守られるだけじゃない。
あたしもここにいていい。
誰かの役に立てる。
そのことが、何より嬉しかった。
視界がじんわりと滲む。
「不安はあるだろう。だが――手を取った以上、私が必ず君を守る」
やわらかく、それでいて揺るがない声。
「心配はいらない」
そっと涙を拭われる。
指先が触れた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
……近い。
ずるい、と思う。
でも――少しだけ嬉しいとも思ってしまう。
「……ありがとうございます」
顔を上げると、レオン王子が静かに微笑んでいた。
その表情に、胸の奥がくすぐったくなる。
――ああ。
恋のはじまりって、こういう感じなのかもしれない。
これはもう、物語なんかじゃなくて。
あたしの、新しい現実だ。
◇
「君は強いな……」
「そ、そんなこと……ありません」
視線を逸らす。
胸の奥が少し落ち着かない。
そんなふうに言われるほど、強くなんてないのに――
レオン王子とカイル団長の迷宮探索に同行するようになって、一ヶ月が経とうとしていた。
一緒に迷宮へ潜る中で、この世界のことを少しずつ知った。
剣と魔法で成り立つ国。
そしてレオン王子が、王命で迷宮最下層の魔石破壊を目指していること。
そこへ向かう道は険しく、何度も命の危険があった。
そのたびにカイル団長は「余計なことをするな」と厳しく言う。
怖い人だと思う。
けれど――
あたしにしかできない回復魔法だけは、認めてくれているようだった。
レオン王子が傷つけば、カイル団長は必ずあたしを見る。
その視線に、胸がぎゅっと締めつけられる。
この人は、本当に王子のことを大切にしているのだ。
ある日、カイル団長に尋ねられた。
「お前は、突然こんな場所に来て怖くはないのか?」
冷たいようでいて、少しだけ優しい声だった。
「怖いです。でも――」
言いかけて、迷う。
「レオン王子が、そばにいてくださるので」
口にした瞬間、胸が軽くなった。
「……そうか」
短い返事。
それでも、どこか安心したように聞こえた。
そして――
王子の言葉なのかもしれないが、カイル団長もまた、あたしのことを気にかけてくれている。
そのことに気づいたとき、ほんの少しだけ心が温かくなった。




