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光り輝く未来をあなたと  作者: みゃ~むら


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2/5

未だ恋を知らず

今宵も、見上げる夜空は満天の星々で埋め尽くされている。

吸い込まれそうな漆黒のベールにちりばめられた、無数の宝石――その夜空の中央には、ひときわ美しい満月が、砂漠の静寂を照らすように堂々と輝きを放っていた。

天上のそんな天然のきらめきに負けじと、地上でもいくつもの松明が、パチパチと爆ぜる音を立てながら赤々とした炎を揺らしている。


何百人もの観客を収容できる、すり鉢状に作られた半円形の石造り劇場。

昼間の灼熱が嘘のように、砂漠の夜風はひんやりと心地よく、オアシスの水源から運ばれてくる微かな水の匂いが鼻腔をくすぐる。本番を待つ客席の熱気と興奮が、心地よいざわめきとなって夜の空気に溶けていく――そんな本番の喧騒が嘘のように、今はただ、満天の星々が静かに開幕前の舞台を見下ろしていた。


「ふふっ、今日も楽しみだなぁ」


すべての視線が集まる、中央の大きな円形ステージ。

桃色の髪をした少女が一人。

その舞台の上で、私は踊る。

昔から、ただ踊ることが大好きだった。


ステージの上に立つ私の衣装は、情熱的な薔薇を思わせる赤とピンク、そして砂漠のオアシスを宿したようなターコイズブルーで統一されていた。その鮮烈な色彩は、夜の闇の中で息をのむほど鮮やかに浮かび上がる。

高い位置で結い上げた薄ピンクのポニーテールには、色鮮やかな砂漠の花飾りと金の装飾が施され、額には細緻な金の額飾りが気高く輝いていた。ステップを踏むたびに、額から垂れ下がったラピスラズリの宝石が、シャラシャラと細かな音を立てて涼やかに揺れる。

胸元を飾るのは、眩いばかりのビジューが敷き詰められたブラトップだ。アクセントの赤い絹布が胸元のしなやかな曲線を強調し、高い露出でありながらも、見る者を圧倒する気高さを放っていた。肩から手首にかけては、金のバングルに繋がれた透き通るような薄布が流れるように伸びている。私が腕をしなやかに翻すたび、その薄布が夜風をはらんで、踊りの軌跡を空中に美しく描き出した。

そして、この衣装で最も気に入っているのは、何と言っても腰回りだった。

中央に大粒のルビーを嵌め込んだ、重厚な金のベルト。そこから広がるスカートは、ピンクから赤へと移り変わる見事なグラデーションの最高級シルクを幾重にも重ねたものだ。片側が大きく開いたスリットからは、太ももに巻いた金の装飾バンドと、引き締まったしなやかな脚線美が大胆にのぞく。


「ワン、ツー…」

私が激しく身をくねらせ、ステップを刻むたび、乾いた風を受けたスカートが大きな蝶の羽のように軽やかに舞い踊った。


幼い頃、私たちの集落には活気がなかった。

広大な砂漠の中にぽつんと位置する小さなオアシス。そこには娯楽なんて何一つなく、明日食べるものにも困るような飢えと隣り合わせの日々。年の離れた、小さい弟や妹たちもいた。

(あの頃はガムシャラになって、踊ったなぁ…)

私はみんなを元気づけるために踊った。

楽器がなくても、私のステップに合わせてみんなが手を叩き、即興の調べを口ずさんでくれた。私が踊れば、誰もが砂漠の苦しい生活を忘れて笑顔になり、楽しんでくれた。

(今みたいに裕福じゃなかったけど、楽しかった…)

生活はいつだって苦しかったけれど、私が踊ることで、大好きなみんなが少しでも幸せになってくれるのなら、私はいくらでも、喜んで踊り続けた。


そうして夢中で踊っているうちに、いつしか私の噂は集落から町へ、そして国中へと広がっていった。

遠方からわざわざ私の踊りを見るために隊商キャラバンが足を止めるようになり、気づけば、ただの土の広場だった場所には、こんなにも立派な石造りのステージが組まれ、私は世界を魅了する踊り子になっていたのだ。


「本番前にそんなに踊っちゃ疲れないかい? それに、せっかく舞台映えするセットが崩れちまうよ」


背後から掛けられた、少し呆れたような、けれど底抜けに温かい声。

振り返ると、私を有名にしてくれた心優しき興行主オーナーが、外套を揺らしながらステージの端に立っていた。

年齢は四十手前らしいが、その年齢を感じさせない豪快な体躯と大らかな笑顔を持つ人だ。泥にまみれて踊るしかなかった私の才能をいち早く見出し、この華やかな世界へといざなってくれた恩人でもある。


「この、お客さんが入る前の静けさが好きなんです。世界に私しかいないかもしれない……そんな気分に浸れて」

「いつも言ってるねぇ、それは。まぁ、本番で最高のパフォーマンスを見せてくれりゃあ文句は言わんが。後で裏方に髪のセットを見直してもらうんだよ」

「は~い」


私は気のない返事をしながら、またひらひらと舞うようにステップを踏んだ。

右へ、左へ。時に砂丘の波のように優雅に、時に熱風シロッコのように激しく。

時にはステージに設置された青銅の主柱につかまり、妖艶に回転し、美しい脚を絡ませる。重力すらも操るかのような、しなやかなポールダンス。

「フッ…」

ふたたびダッシュにジャンプ、身体が覚えている動きの組み合わせをすべて解き放ち、全身で夜の空気を引っ掻き回す。細長くしなやかな手足が、ドレスの裾と共に美しい弧を描いた。後ろに高く束ねられた薄ピンクの長髪が、夜風に激しくなびく。

それらを頭上の星空と、足元の松明の炎が鮮やかに照らし出し、私をどこまでも魅惑的に浮かび上がらせていた。


「ふーむ……」


オーナーはしばらくの間、黙って腕を組み、私のダンスをじっと見つめていた。その視線の真剣さに気づき、私はピタリとステップを止める。


「どうかしました?」

「いやね、アンフリーちゃん。君のダンスは確かに美しいよ。誇張抜きに、この国で一番のダンサーだと思うんだ」

「え、えへへ……。なんか、急に改まられると照れちゃうなぁ」


私はきゅっと肩をすくめた。なんだか背中がむずがゆい。

客席から浴びる万雷の拍手には慣れてきたが、このようにストレートに面と向かって褒められるのはまだ慣れていない。けれど、誰からの賛辞であっても、それは今の私にとって、身に付けているどんな高価なドレスや宝石よりも遥かに嬉しい贈り物だった。


「だからこそ、ちょっと惜しいんだよねぇ」

「え…?」

「うん。ねぇ、アンフリーちゃん。君はこれまで、恋をしたことはあるかい?」

「こい……ですか?」

唐突に飛び出した単語に、私はぱちくりと目を丸くし、思わずオウム返しにしてしまう。自分の声とは思えないほど、間抜けな声が出た。


今までは家族を支え、生きることで精一杯で、そんな色恋沙汰にうつつを抜かす余裕など微塵もなかった。ダンサーとして売れた今も、頭の中はダンス一色。プライベートな時間などほとんどとっていない。

「それは…オーナーだってご存知でしょう」

それに、この砂漠の諸国での恋愛なんて、本人たちの意思とは関係なく、家や集落同士の都合で若い男女が無理やり結びつけられるのが普通だった。むしろ、十六歳になってもまだ嫁入りしていない私のような身の上の方が、世間一般から見れば珍しいくらいなのだ。

私はオーナーに向かって、困ったように苦笑いを返した。


「…今まで生活が大変だったし、ダンサーとして生きてる今だって忙しいし……。私が頑張って、実家の家族を養っていかなきゃいけないですから。そんな時間も余裕も、あるわけないですよぉ」


たはは、と笑いながら冗談めかして流そうとする私をよそに、オーナーはどこか真剣な面持ちを崩さない。


「いや、何か恋をしてみた方がいいかもしれないよ。そうすれば、もっと色気があって、柔らかく美しく……魂を揺さぶるようなダンスができるようになるかもしれない」

「んー……。でも、相手がいませんし。そもそも、あと少ししたらダンサーとしても女としても、私の旬なんて終わっちゃうでしょう?」


オーナーは、静かに首を横に振った。どうやら、そういう単純な話ではないらしい。


「君は、私が以前話した神話時代のおとぎ話を覚えているかい?」

「えーっと……確か、なんでしたっけ?」

「全く、物覚えの悪いお嬢さんだなぁ」


やれやれとオーナーはわざとらしく溜息をつくと、ステージを降り、半円形に広がる客席の一つに腰掛けた。

私もそれに続くように、ステージの端に腰を下ろし、舞台から脚をぷらぷらと投げ出した。夜のひんやりとした風が、火照った脚の肌に心地いい。


「それは、遥か昔のことだよ……」


オーナーは、静かに昔話を始めた。低く響くその声音は、決して高いわけではなかったが、しっかりと聞き取りやすく、どこか聞いていて心が落ち着く深みを持っていた。


――かつて、国中にその名をとどろかせる美しい踊り子がいた。

彼女はステージの上で数多の名声や大歓声を浴び、巨万の富を築いていたが、どこか心は満たされず、そのダンスもどこか今一つ、彼女にとっては「何かが物足りない」と感じていたんだ。

そんな彼女にある日、心から愛することのできる相手ができた。

恋を知ったことで、彼女のダンスは内側から溢れるような色香と生命力を纏い、瞬く間に国一番のナンバーワンとまで称えられるようになった。


「え、ハッピーエンドじゃないですか?」

「ちょっと、アンフリーちゃん。お話はまだここからなんだよ」

オーナーは悪戯っぽく人差し指を立て、私をなだめるように先を続ける。


――ある時、その最愛の相手が大病を患ってしまった。

彼女は来る日も来る日も看病を続け、神に祈りを込めて踊り続けた。

けれど、彼の容態は悪化する一方で、ついに名医たちも匙を投げてしまったんだ。

……最愛の相手の臨終が迫る、ある夜のこと。

いつものように看病を終えた彼女が、お気に入りのオアシスの湖のほとりで、祈るように踊りの練習をしていた時だった。

突如として、目の前に『それ』が現れた。


夜の闇を引き裂いて、まるで小さな太陽が昇ったかのように、辺りが煌々と明るく照らし出された。

光の中から現れたのは、成人男性ほどもある巨大な聖なる鳥。

純白の身体に、七色に輝く美しい羽を持つ鳥だった。

自身を神の化身と自称する鳥は、彼女のひたむきな愛に憐れみと愛おしさを覚え、どんな願いも一つだけ叶えるという奇跡の羽を、一枚だけ授けてくれたんだ。


「願いを叶える、羽……?」

「あぁ。だが、それには残酷な制約があったという。『その羽を使うとき、お前が最も大切にしているものを、一つ犠牲にしなければならない』とね」

オーナーは静かに私を見つめて、おとぎ話を先に進める。


――羽を授かって数日後、ついに恋人は危篤に陥った。

彼女は激しく思い悩んだ。

彼女の最も大切なもの。

それは紛れもなく人生のほとんどを費やしたダンスだ。

自分のすべてであったダンスを取るか、最愛の彼の命を取るか。

究極の選択を突きつけられた彼女は、しかし、迷うことなくその羽を彼のために使った。

するとどうだい、彼は瞬く間に病から回復したんだ。

しかし、その代償として、彼女は二度とステップを踏めないほど、踊りの才能を完全に失ってしまった。


「そんな……。彼女はその後どうなっちゃったんですか?」

「彼は彼女の犠牲に深く感謝し、生涯、彼女だけを妻として愛し抜き、二人は支え合って幸せに暮らしたという。踊れなくはなったけれど、彼女は今でも私の祖国で『愛と舞の女神』として称えられ、その奇跡の羽と清い恋の逸話は、聖なるシンボルとして国の紋章になっているんだよ」


そう言われてみれば、心当たりがあった。興行先で見かける隣国の馬車や街頭のエンブレムに、美しい女性の背中と鳥の翼がモチーフの紋章を何度か目にしたことがある。あれには、そんな伝承があったのか。


「オーナーの故郷、お隣の国だったものね」

「あぁ。つまりね、この伝説が物語っているのは、己を犠牲にしてまで成就する愛こそが何よりも尊く、誰かを想う強い心が、本物の輝きを宿らせる。君はダンサーとしては一流だけど、女性としてはまだまだ発展途上だ。ここらで一つ、自分のすべてをなげうってしまうような大恋愛でもしてみたらどうだい?」


オーナーは口角を上げて悪戯っぽく笑うと、よっこらしょと立ち上がり、本番の準備のために舞台袖へと戻っていった。


そんな劇的な出会いなんて、私には関係のない遠い世界の話だ。

恋、か。

そんなおとぎ話のような感情が、私の踊りをどう変えてくれるというのだろうか。


一人残されたステージの上。

私はぽつんと夜空を見上げることしかできなかった。

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