第98話 王国ノ真実 ~後編~
ある日の深夜――。
孤児院の子供達が眠りについた後、フレーディルは二人を部屋に呼ぶ。
「ミレイユ、スウェン……あなた達にお話しがあります」
その声は静かだった。
だが、どこか覚悟を感じさせる響きがあった。
「あなた達には、この先も孤児院を守ってほしいのです」
ミレイユはフレーディルが何を言っているのか分からなかった。
「急にどうしたのですか、お母様?」
ミレイユは不思議そうに首を傾げる。
しかしフレーディルは微笑まなかった。
長い沈黙の後――。
ゆっくりと口を開く。
「スウェンには、まず真実を知ってもらわなければなりません」
その瞳は遠い過去を見ていた。
「私とミレイユは――イスガ王国の王妃と姫だったのです」
「――っ!?」
スウェンの目が大きく見開かれる。
当然だった。
突然、自分の妻が滅びた王国の姫だったと告げられたのだから。
そしてフレーディルは語った。
イスガ王国で起きた悲劇。
王の決断。
封印された王国。
そして自分達が生き延びた理由を。
ミレイユですら知らなかった真実を。
イスガ王国が何を作り上げていたのかを。
全て――。
語り終えた時。
部屋には重い沈黙が落ちていた。
そして目的を伝える。
「――これから私はイスガ王国へ戻ります」
静かな声だった。
だが迷いはない。
「彼の意思を果たさなければなりません」
「お、お母様……」
ミレイユの声が震える。
そんなミレイユの手を握りしめながら、フレーディルは続けた。
本来ならば封印後、一週間も経てば砂漠は消え大地へ戻るはずだった。
だが現実は違う。
何十年経っても砂漠は消えない。
つまり――。
何かが起きている。
イスガ王はその可能性を想定していた。
もし砂漠が消えなかった場合。
誰かが王都へ戻り、手動で停止させなければならないと。
「恐らく、魔物の襲撃で何らかの障害が発生、失敗したのだと思います」
フレーディルは静かに言う。
「それが私に残された最後の役目」
「でも……戻るって……」
ミレイユの顔が青ざめる。
「脱出に使った乗り物は、もう――」
「大丈夫よ」
フレーディルは優しく微笑んだ。
「実は王国へ入る方法は、もう一つあるの」
そう言って取り出したのは二本の鍵だった。
「これがその鍵です」
「鍵……?」
「この『鍵』を持って王国のあった場所に近づけば、王宮地下へ転移できるのです」
「転移……?」
スウェンが呆然と呟く。
「そんなことが本当に……」
「イスガ王国の高度な魔法技術は、他国には流出していません」
「この鍵は、出入りの転移するためと封印するための魔法に、1つ欠けた魔法を補うものなのです」
フレーディルは静かに頷いた。
そして鍵を一本握りしめる。
「私は王国へ戻り、砂漠を止めます」
「それが王妃としての最後の務めです」
その言葉に。
ミレイユは何かを察した。
「ま、待って……」
その表情に。
ミレイユの胸が締め付けられた。
「でも、もし――」
フレーディルはもう一本の鍵をミレイユに差し出す。
「……私が帰ってこなかったら――」
「お母様っ!」
ミレイユは必死に拒む。
「お願いだから……」
その声は優しかった。
だからこそ残酷だった。
「その時は、どんな手を使ってでも……イスガ王の姫として役目を果たして――」
「――そんなの嫌!」
「馬鹿なこと言わないで!」
ミレイユは首を振る。
「なんで、なんでなんですか! お母さまっ!」
「今、この世界は平和です! 封印する理由がわかりませんっ」
「これからも一緒に……」
一瞬、その言葉に心は揺れた。
だが――。
フレーディルは娘を抱きしめた。
「ごめんなさい」
「でもね、やっと――」
フレーディルは微笑む。
どこか懐かしそうに。
「……二十年近くも待たせてしまった」
「あなたにはスウェンがいます」
「私は、これで安心して――あの人の元へ行けるのです」
その一言だけだった。
ミレイユは母親の覚悟を理解した。
そしてその日の深夜。
フレーディルは孤児院を後にした。
イスガ砂漠へ向かって。
誰かを危険へ巻き込むつもりはなかった。
そして――。
帰ってくることはなかった。
一週間が過ぎても。
一か月が過ぎても。
砂漠の様子は変わらない。
広大な砂の海は、そのままだった。
それから約六十年。
フレーディルとの約束を果たせぬまま。
今日まで時が流れていたのである。
「「「「「……」」」」」
ミレイユの話を聞いた五人の間には重い沈黙が流れていた。
誰もすぐには言葉を発せない。
その中で。
最初に口を開いたのはルティーナだった。
「ミレイユさんは……イスガ王国の姫」
「そして、この鍵は――」
視線を鍵へ向ける。
「イスガ王が残した最後の希望なんですね」
ミレイユは静かに頷いた。
「はい」
その目に少しだけ安堵が浮かぶ。
「さすがですね、ルティーナさん」
「私が皆さんにお願いしたいことも……もう分かっているようですね」
一方。
エリアルは言葉を失っていた。
幼い頃。
前院長のスウェンから聞かされた昔話。
王国の話。
砂漠の話。
子供向けの作り話だと思っていた。
だが違った。
「全部――本当だったんだ」
ミレイユは自嘲するように笑った。
「今のイスガ砂漠は……私が何もしなかった結果なのです」
その声には深い後悔が滲んでいた。
六十年。
何も出来なかった。
いや――しなかった。
そう思い続けてきたのだろう。
馬琴は、それが本当の理由なのかと違和感を覚えていた。
ルティーナが静かに口を開く。
「ミレイユさん」
「……はい」
「本当に何もしなかったんですか?」
ミレイユが目を背ける。
「行かなかったんじゃなくて、行けなかったんじゃないですか?」
「――」
「孤児院を残して」
「みんなを置いて」
「もし自分まで帰れなくなったら」
「そう思ったからでは?」
部屋が静まり返る。
ミレイユは目を伏せた。
そして苦笑する。
「……見抜かれてしまいましたね」
ミレイユは苦笑した。
確かに、それも理由の一つだった。
フレーディルが戻らなかった理由も分からない。
それなのに行く勇気もなかった。
しかし――。
本当は、もう一つ大きな理由があった。
スウェンに反対されたこと。
二人の間に娘が生まれたこと。
守るべきものが増えてしまったこと。
「(この事だけは……エリアルには言えない)」
それが決定的だったことを――。
だが、ルティーナの予想で上書きしていたのだった。
ルティーナは目を細める。
「私達が、その依頼を受けると?」
「――」
「ですよね……こんな身勝手な話」
ミレイユは俯く。
「忘れてください」
「私自身の問題です」
「皆さんを見ていたらつい……甘えてしまいました――」
エリアルは静かに立ち上がる。
「僕は行くよ!」
静かだった。
だが迷いのない声。
「僕は、ミレイユに恩がある」
「それに」
「僕は冒険がしたい……それが夢」
そして拳を握りしめ、揺るがない決断の目をしていた。
「一人でも行くよ」
「エリアル……」
ミレイユの瞳が揺れる。
すると。
サーミャが大きく笑った。
「何言ってんだエル?」
「一人で勝手に行くなっての」
「――!」
「面白そうじゃねぇか」
「それにさ」
サーミャは肩を竦める。
「あたいはエルを仲間だと思ってたんだが?」
「ミヤ……」
「そうですね」
ロザリナも微笑む。
「裸の付き合いもしましたしねぇ」
エリアルが真っ赤になる。
空気が少しだけ和らいだ。
「私はぁ~」
シャルレシカがのんびり言う。
「あの魔物の正体が気になってぇ、夜も眠れないんですよねぇ~」
「「「嘘つけ! 一番、寝てるくせにっ」」」
「「「「あははははは」」」」
ルティーナは全員を見渡す。
「――って事みたいですよ? ミレイユさん」
ミレイユは言葉を失った。
信じられなかった。
こんな危険な話だ。
普通なら断る。
――それが当然だ。
なのに。
誰一人引かなかった。
エリアルの声が震える。
「だから僕は、みんなが好きなんです」
「今さら遅ぇよ」
サーミャが肩を叩く。
エリアルは何も言えなくなった。
――その瞬間。
涙が零れた。
「じゃあ決まりね」
ミレイユはずっと頭が上がらなかった。
ルティーナ達は本当にエリアルの心の支えになってくれた。
本当は、エリアルに頼みたかった。
でも、一人で行かせたくなかった。
そこへ偶然、集まった頼りになる仲間達。
これも、きっと――父であるイスガ王の導きなのだと感謝した。
「(エリアル……王国を頼みます)」




