第97話 王国ノ真実 ~中編~
無事にイスガ王国から脱出できたフレーディルとミレイユ。
ミレイユは必死に父を探し求め、そのうちに疲れ果てて黙り込んでしまった。
しかし、夜が明ける前にやらなければいけないことがあった。
豪華な装飾。
王家を示す紋章。
全てを棺へ戻す。
代わりに身に付けたのは、避難用として用意されていた平民の服だった。
「ミレイユ……今日から私達は王族ではありません」
フレーディルは静かに告げる。
「もう誰にも、イスガ王家の者だと名乗ってはいけません」
ミレイユは何も答えなかった。
ただ小さく頷く。
それがどれほど重い言葉なのか。
七歳の彼女も突きつけられた現実を受け入れるしかなかった。
そして。
脱出用ポッドに備え付けられていた消滅装置を起動する。
――淡い光と共に棺は崩れ去り、跡形もなく消滅した。
イスガ王国最後の痕跡が消えた瞬間だった。
そして二人は、夜明けの街道をひたすら歩く。
バルステン王国を目指して――。
イスガ王国は技術流出を恐れ、他国との国交を持っていなかった独立国家。
使用していた通貨も独自のもの。
当然、他国では使えない。
入国の際、フレーディルは所持金を失った旅人を装う。
幸い、身に付けていた宝石類を売却することで当面の生活費は確保できた。
さらに運も味方した。
当時のバルステン王国は戦争を終えたばかり――。
国内は混乱しており、二人の身元を深く調べられることはなかった。
だが。
ミレイユは街に入ると、ある光景を目にする。
路地裏。
痩せ細った子供達。
汚れた服。
空腹を紛らわせるように、人が捨てた食べ物を漁っている。
「お母様……」
ミレイユは立ち止まった。
「どうしたの?」
「あの子達は……?」
フレーディルは視線を向ける。
そして悲しそうに目を伏せた。
「この国は少し前まで戦争をしていたみたいね」
「おそらく……戦争で家族を失った子達よ」
ミレイユは息を呑んだ。
「可哀想……」
自然とその言葉が零れる。
「私には……」
胸が締め付けられる。
父を失った自分でさえ、まだ母がいる。
だがあの子達には誰もいない。
「――何かしてあげられないの?」
そう尋ねる娘に、フレーディルは困ったように微笑んだ。
「してあげたい……だけど」
「――もう私達は王族ではないのよ」
その言葉にミレイユは俯く。
何もできない。
その事実が悔しかった。
それからしばらく。
二人は宿暮らしを続けていた。
だが幼い娘を抱えながらの生活は厳しい。
宝石を売った金も、いずれ底を尽く。
フレーディルは今後の生活を考えながら仕事を探していた。
そんなある日だった。
宿の扉が勢いよく開く。
「お母様っ!」
ミレイユが満面の笑みで飛び込んできた。
久しぶりに見る明るい表情だった。
「どうしたの?」
「この前に見た子供達、今、孤児院に住んでるんだよ!」
フレーディルは目を瞬く。
「ミレイユ……お散歩に行くって言っていたのは……」
「うん!」
ミレイユは元気よく頷いた。
「また会ったから一緒に遊んでたの!」
「それでね!」
「孤児院の人が働いてくれる人を探してるって教えてくれたの!」
その瞬間――。
フレーディルの胸から重石が落ちたような気がした。
仕事。
住む場所。
そして娘の笑顔。
「そう……」
フレーディルも微笑む。
そして。
亡き夫を思い出しながら、静かに空を見上げた。
ここからもう一度、やり直せるかもしれない――。
フレーディルにとって、今の暮らしは決して苦ではなかった。
元々、彼女はイスガ王国の平民だったのだ。
まだイスガ王が皇太子だった頃、市井の暮らしを学ぶため街を訪れていた彼と偶然出会った。
そして見初められ、王宮へ迎え入れられたのである。
だからこそ。
再び平民として生きることに抵抗はなかった。
だが――。
ミレイユは違う。
王宮で生まれ育ち、不自由のない暮らしをしてきた娘だ。
そんな娘に今の生活を押し付けているのではないか。
フレーディルは何度もそう考えた。
しかし――彼女は成長していた。
父を失った悲しみを抱えながらも、孤児院の子供達と笑い合い、友達を作り、毎日を懸命に生きている。
その姿を見るたびに、フレーディルの胸は少しだけ救われるのだった。
そして翌朝。
フレーディルはミレイユと共に孤児院を訪れることにした。
「院長様ぁ~今日も来ましたぁ~」
ミレイユが元気よく手を振る。
「はいはい、どちらさ――あらっ、ミレイユちゃんじゃないの」
「今日はね、お母さんを連れて来たんだ」
院長は目を丸くした。
「ということは、こちらがお母様かしら?」
「院長さんですね、おはようございます!」
その姿に院長は優しく微笑んだ。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
フレーディルは丁寧に頭を下げた。
「私、フレーディルと申します」
「本日は娘から、こちらで働き手を募集されていると伺い参りました」
「えっ、本当ですか!?」
院長は驚いたように声を上げた。
「ここでは何ですから、どうぞ中へ」
フレーディルはミレイユに子供達と遊んでくるよう伝え、院長と共に応接室へ向かった。
院長は働いてもらえることに感謝した。
だが――まともな給金は払えないことを申し訳なさそうに告げる。
しかしフレーディルは首を横に振った。
「住まわせていただけるだけで十分です」
幼い娘を抱えながら、仕事もなく宿暮らしであること。
そして、少しでも安定した生活を送りたいこと。
それらを正直に話した。
――院長はしばらく考えた後、大きく頷く。
「分かりました」
「歓迎します。こちらこそよろしくお願いします」
こうしてフレーディルとミレイユは、孤児院で暮らすことになった。
その夜。
「ここで暮らせるの?」
ミレイユは少しも嫌そうな顔をしなかった。
「やったぁ!」
むしろ嬉しそうだった。
「だって、みんなと一緒にいられるもん!」
その笑顔を見て、フレーディルは胸を撫で下ろす。
娘はちゃんと前を向いている。
ならば自分も前を向かなければならない。
そう思えたのだった。
しかし――。
孤児院での生活は想像以上に過酷だった。
泣き出す赤子。
喧嘩を始める子供達。
足りない食料。
足りない人手。
毎日が慌ただしく過ぎていく。
子供達は零歳から十五歳まで三十二人。
さらに十六歳から十八歳までの年長組とミレイユを合わせれば四十人近い。
決して余裕のある環境ではなかった。
それでも皆で支え合って生きていた。
年長の子供達は働きに出て、その収入の一部を孤児院へ入れる。
やがて自立すれば巣立っていく。
そんな仕組みだった。
苦しい生活だった。
それでも――。
誰かが笑えば皆が笑う。
そんな温かさが確かにあった。
気付けば五年の歳月が流れていた。
そして院長は老衰で亡くなる。
遺言によって、孤児院はフレーディルへ託された。
「あなたなら大丈夫です」
最期にそう言い残して――。
フレーディルはその想いを受け継ぐことを誓ったのであった。
それからさらに十年の年月が流れた。
ミレイユは二十二歳になっていた。
やがて同じ孤児院で育った二つ年上の青年――スウェン。
二人は結婚することになる。
スウェンは幼い頃から剣の才能に恵まれていた。
彼は、十六歳になると、その実力を認められ、バルステン王国騎士団の見習いとして入団。
努力を重ね、着実に実力を身につけていった。
それでも彼は孤児院の事は忘れなかった。
騎士として受け取る給金の一部を毎月孤児院へ送り続けていたのである。
そして結婚を機に騎士団を退団。
ミレイユと共に、孤児院の運営を支える道を選んだ。
そんな二人を見ている時のフレーディルは、本当に幸せそうだった。
娘が笑っている。
信頼できる伴侶が傍にいる。
娘は幸せになった。
だからこそ――。
夫との約束を果たす時が来た。




