第96話 王国ノ真実 ~前編~
ミレイユは静かに箱の上に手を添えながら、ルティーナ達を見つめる。
「あなた達に、イスガ王国を完全に消滅させてほしいの」
「「「「は?」」」」
あまりにも突拍子もない言葉だった。
ルティーナ達は一斉に固まる。
『鍵』はイスガ王国を消滅させるための物……。
意味が分からない。
エリアルですら目を丸くしていた。
「ま、待ってください」
ロザリナが慌てて口を挟む。
「さっきから――王国を消滅させるって……何ですか?」
「そのままの意味よ」
ミレイユは静かに答えた。
「そして――」
一瞬だけ言葉を区切る。
その沈黙が妙に重かった。
「イスガ王国はまだ滅びていない。今も砂漠の下に存在しているわ」
その言葉にルティーナ達は息を呑んだ。
砂漠に沈んだ幻の王国。
巨大な魔物に滅ぼされたという伝説。
ルティーナ達も調査していたが、異様な何かが潜んでいることしか分かっていなかった。
「――そうかあの時、ルナとシャルは砂漠で……」
エリアルが偶然に出会った意味を理解する。
「うん……調べてたの」
その話にミレイユは小さく頷いた。
「そう……ただの砂漠でないことは知っているのね」
理解が追いつかない。
滅びたはずの王国が存在している?
それも今なお?
あまりにも常識外れな話だった。
だがミレイユの目は冗談を語る者のものではない。
「これから話すのは――」
ミレイユは箱へ視線を落とした。
「八十年前に起きた本当の出来事よ」
そうして彼女は語り始めた。
王国が滅んだ日の真実を。
八十年前。
イスガ王国。
その日は朝から快晴だった。
しかし黒い影が太陽を隠す――。
巨大な翼を持つ魔物が容赦なく、吐き出す業火。
次々と街を焼き尽くしていく。
石造りの建物は崩れ落ち、人々の悲鳴が響き渡る。
王都も地獄と化していた。
「一体何が……」
ルティーナが思わず呟く。
ミレイユは続けた。
「王国の大半は滅びたわ」
「多くの民が命を落とした」
「けれど、全員ではなかったの――」
イスガ王国は高度な技術大国だった。
王都の地下には、有事の際に要人や研究者を避難させるための巨大な地下施設が建設されていたのである。
生き残った者達は、そこへ避難していた。
しかし――。
安全だったはずの地下施設にも絶望が広がっていた。
地下施設の奥。
王は重々しい表情をしていた。
――兵士から入る報告。
守るべき民も街も焼かれていた。
「どれほど技術が発展しても……民を守れんのか」
王は拳を握る。
「王として情けない限りだ」
「王のせいではございません」
側近のガザスが頭を下げる。
だが王は首を振った。
「いや」
静かな声だった。
だがその声には深い後悔が滲んでいた。
「結果として守れなかった」
「それが全てだ」
王は静かに立ち上がる。
「だが――」
「この魔物を他国へ行かせるわけにはいかん」
「せめて世界は私が守る!」
イスガ王の顔は覚悟に満ちていた。
「――例の技術を使う」
ガザスは王の意図を悟った。
「まさか……」
それは――。
イスガの大地そのものを、魔物ごと地下深くへ封印するという選択だった。
ガザスもその決断には賛成だった。
だが、要人や研究者達が受け入れるとは思えなかった。
「ガザスよ……すまぬ。避難シェルターに睡眠ガスを投入してくれ」
「――」
「……私は、なんて最低な王だ」
ガザスは首を振る。
「――苦渋の決断ではありますが……私も王と同じ考えです」
「皆が眠ったのを確認後、『砂漠化の技術』を発動し私も皆と共に逝きます」
ガザスは一呼吸おいて続ける。
「――全員が眠りにつくまでには二十分はかかるでしょう」
「せめて王と王妃と姫だけでも生き延びてください……」
「馬鹿を申すなっ!」
しかしイスガ王はガザスの提案を却下し、自分も一緒に眠るという。
もし魔物を巻き込めなかった場合に、他の国にこのことを伝える役目は二人でいいと。
それは王としての責任であり、最後のわがままでもあった。
「余も、十五分ほどしたらそちらに行く……一緒に起動させよう」
その後、イスガ王は急いで妻と娘が避難している部屋へ向かう。
そこには、不安そうな顔で王を見つめる王妃と姫の姿があった。
「あなたっ、私たちはどうなるのですか?」
「お父様っ」
「今日はミレイユの七歳の誕生日だったというのに……すまんな」
そう言いながら睡眠薬を嗅がせる。
「お、おとう……さ……」
小さな体から力が抜けた。
王は眠った娘の髪を撫でる。
「最低な父親だな」
「あなた……」
フレーディルの声は震えていた。
「ミレイユ」
その名を呼ぶ声は、王ではなく父親のものだった。
「お前のことを愛している」
眠る娘に届くことはない。
それでも王はそう告げた。
やがて王は立ち上がる。
ドゴーンッ!
その時、地下施設の天井にひびが入り始めたのであった。
予想以上に暴れる魔物の攻勢に強度を誇っていた施設が崩壊するのも時間の問題となった。
「フレーディル」
「……はい」
「これから私が何をするのか、お前には話しておく」
王は静かに決断を語った。
砂漠化計画。
王都の封印。
そして、自らもその地に残ることを。
フレーディルは涙を流しながら話を聞いていた。
「本当に……行かれるのですね」
「あぁ」
短い返事だった。
「お前にはミレイユを託した」
「ですが――」
「聞け」
王の声が強くなる。
そして。
フレーディルの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「決して私の無事を祈るな」
「――っ」
その言葉に、フレーディルの肩が震える。
「あなた……」
「頼む」
王は苦しそうに笑った。
「最後くらいは、王ではなく夫として願わせてくれ」
フレーディルは唇を噛み締める。
その意味を理解していたからだ。
「……なんて酷い人」
「そうかもしれんな」
「最後の最後まで、私に辛い選択をさせるのですね」
王は答えない。
答えられなかった。
しばらくの沈黙。
やがてフレーディルは涙を拭う。
「分かりました」
震える声だった。
「私は貴方の願いを守ります」
王は安堵したように目を閉じる。
「ありがとう」
そして背を向けた。
「先にあの世で待っておる」
そうしてイスガ王はガザスの待つ部屋へ向かう。
その決断に満ちた夫の姿を目に焼き付けながらフレーディルも眠るミレイユを抱きしめる。
彼女が目指すのは砂漠化を行った際に使われる脱出用のポッド。
そして二人は乗り込み、砂漠化が始まるのを震えながら待つのであった。
「ガザス……付き合わせて申し訳ない」
「いえ、最後にお供できることを光栄に思います」
そして、イスガ王は砂漠化するためのスイッチを起動した。
「フウインカイシマデ……アトゴフンデス」
城の中に警報が鳴り響く。
そして――その時は訪れる。
天空に巻き上がる大量の砂の粒子――。
その粒子は魔物をも巻き込み空一面を埋め尽くす。
やがて巨大な砂の渦となり、地中に深く沈み始める。
そんな中、ミレイユが乗る脱出用のポッドは魚雷のように王城から発射された。
数分後、
地上へ脱出することに成功したフレーディルは泣きながら、ポッドの中でミレイユが目を覚ますのを待っていた。
やがて――。
「……お母様?」
ゆっくりと瞼が開く。
揺れる薄暗い空間。
そして。
自分を見つめる悲しみでボロボロな母の顔。
「お母様っ! なんで泣いて――」
そこでミレイユは思い出した。
炎。
悲鳴。
崩れゆく王都。
そして――父。
「お父様っ!!」
ミレイユは森へ飛び出した。
転びながら父を探し続けたが、どれだけ呼んでも返事はなかった。
やがて体力が尽きたミレイユは、その場に崩れ落ちた。
そんな娘を抱き締めながら、フレーディルは遠くの空を見つめていた。
その先には黒煙が上がっている。
イスガ王国があった方角だった。
――もう戻れない。
魔物がどうなったのかは分からない。
ただ、イスガ王国が滅んだことだけは確かだった。
そしてフレーディルはミレイユに何があったかを話す。
ミレイユは必死に理解しようとした。
父が最後に何を選んだのか。
父が本当に死んだのか。
それだけは、どうしても知りたかった。




