第95話 冒険ノ切掛
ユルゲンは、ロザリナの拳をまともに受け、裏門近くの壁へ叩きつけられたまま気絶していた。
その様子を確認すると、ルティーナはロザリナに裏門を任せ、シャルレシカの元へ走る。
一方――正門側。
逃げ惑う男達をサーミャが追い込み、エリアルは敷地へ侵入した賊達を迎え撃っていた。
戦いが始まってから、まだ五分も経っていない。
それにもかかわらず。
地面には次々と賊達が転がり、まともに戦える者はほとんど残っていなかった。
そして、最後に残されたのは、バッシュとタッセの二人だけだった。
「エルっ! こっちは終わったぜ!」
サーミャが肩に杖を担ぎながら笑う。
「そいつらは、エルに任せるぜ」
「二度と馬鹿な考えを起こしたくならねぇように、たっぷり調教してやんな」
「ありがとう」
エリアルは短く答えた。
だが、その視線は一度もバッシュ達から外れない。
怒っていた。
それも、生半可な怒りではない。
孤児院を。
子供達を。
いや――我が家と家族を。
傷つけようとした相手への怒りだった。
その瞳に宿る怒りだけで、バッシュは背筋が冷えた。
「な、なんなんだよ……こいつら」
計画は完璧だったはずだ。
しかし、裏門から聞こえる仲間達の悲鳴――。
駆けつけたサーミャを見て痛感する。
――最初から罠だったのか。
理解が追いつかない。
だが。
まだ終わりではない。
バッシュは笑みを浮かべる。
(ガキだ……さすがに一人ぐらいは)
(人質にしちまえば――)
そう思った瞬間だった。
「あ、兄貴……ここは俺がっ!」
バッシュの目論見を察したタッセが、叫びながらエリアルへ飛びつく。
「なっ――!?」
エリアルが体勢を崩す。
タッセは必死だった。
死ぬほど怖い。
今すぐ逃げ出したい。
だが、自分の失敗でこうなったという思い。
――だから、とにかくしがみつく。
「放せっ!」
エリアルが叫ぶ。
「な――貴様っ、どこ触ってるっ!」
次の瞬間。
「ソード・オブ・ボルケーノ!」
(【炎】)
剣に炎が走った。
その炎はタッセの服へ飛び火する。
「ぎゃああああっ!?」
慌てて転がりながら火を消そうとするタッセ。
しかしバッシュは、二人を無視し走っていた。
サーミャは動かなかった。
エリアルなら止められる。
孤児院にも入らせない。
そう確信していたからだ。
玄関へ。
――あと数歩。
あと数歩で届く。
「しまっ――!」
エリアルの声。
だがもう遅い。
――勝った。
バッシュはそう確信した。
そして。
玄関のドアノブを掴んだ。
――その瞬間だった。
バキバキバキッ――!
異音。
右腕が動かない。
「なっ!?」
腕が凍っていた。
肘まで。
「な、なんだこれはぁぁぁっ!!」
パニックになるバッシュ。
すると、扉の向こうからルティーナが現れる。
「残念でした~っ」
「ルナっ!」
「あんたはここで動けずに、エルに直々に成敗されなさい」
ルティーナはドアノブの裏から【凍】を発動させていた。
シャルレシカに、バッシュが玄関に着くタイミングを見計らわせて――。
もう逃げられない。
「ま、待ってくれ――」
言葉は最後まで続かなかった。
「ソード・オブ――プラズマっ!」
(【雷】)
剣からほとばしる雷――それはもはやエリアルの怒りそのものであった。
バッシュは全身を雷で包み込まれる。
そのまま意識は一瞬で闇へ沈んだ。
サーミャが肩を竦める。
「こいつらで全部か?」
「そうね」
ルティーナは頷く。
「全滅ですぅ~」
バタンッ。
「むにゃむにゃ……」
と言った直後、シャルレシカはその場へ倒れ込む。
いつものように魔力切れで眠ってしまったのだ。
「平常運転だなぁシャルは」
そして――。
静寂が訪れる。
さっきまでの喧騒が嘘のようだった。
倒れ伏す賊達。
焦げた地面。
凍り付いた玄関。
だが。
孤児院は無事だった。
誰一人傷付いていない。
それを確認した瞬間。
エリアルは大きく息を吐いた。
「……守れた」
小さな呟き。
それだけだった。
そこへヘギンズが駆けつける。
「お~い! 大丈夫かっ!?」
彼はサーミャ達が出かけてから護衛団の詰め所に駆け込み事情を説明していた。
そのおかげで事情聴取も驚くほどスムーズに進む。
襲撃犯は全員拘束され、連行されていった。
その後――。
ルティーナ達は、子供達の漢字を解除する前に孤児院の後片付けを始める。
「みんな、本当にありがとう」
エリアルが頭を下げる。
その顔は晴れていた。
「これで街中に今日の出来事が広がるわね」
「抑止力になればいいですね」
ロザリナが微笑む。
「その事なんだけどさ――」
ルティーナが口を開く。
「孤児院の護衛依頼をギルドに出してみない?」
「護衛依頼?」
エリアルは首を傾げる。
「出かけるたびに護衛団に頼んでたんでしょ?」
「護衛団も街の治安があるから孤児院にかかりっきりになれないしさ……」
ルティーナの言う通り、それが理由で、エリアルは国外にほとんど出ることが出来なかったのだ。
「白級の冒険者ってさ、仕事探しが大変なのよ」
サーミャが納得するように話に乗る。
「そうだな、お前も苦労したもんな」
「レミーナさんに相談しといてやるよ」
「……それは助かる」
エリアルは素直に頷いた。
そんな話をしているうちに。
ミレイユがルティーナ達の輪に入る。
「もうこれぐらいで、大丈夫でしょ」
「もうすぐ夜が明けてしまいますが、お茶を入れましたのでこちらへどうぞ」
ルティーナはシャルレシカを起こし、五人で客間に案内される。
お茶を飲みながら雑談が再開される。
もうそこには先ほどまでの緊張感はなく、一緒に苦難を乗り越えた笑顔があった。
それを見ていたミレイユが、何かを決意したような顔で話しかける。
「エリアル――」
「そして、『零の運命』の皆さん」
「「「「「――」」」」」
「あなた達を見込んで、ご相談があります」
そういいながら、ミレイユは一度部屋を出ていく。
しばらくして戻ってきた時。
その手には、小さな木箱が抱えられていた。
「それは?」
ルティーナ達が首を傾げる。
ミレイユは机の上へ木箱を置いた。
まるで。
長年大切に守り続けてきた宝物を扱うように。
エリアルも不思議そうに箱を見つめる。
だが。
ミレイユは箱ではなく、ルティーナ達へ視線を向けた。
その表情は真剣だった。
「ルティーナさん」
「は、はい?」
「あなた達の実力を見込んで――」
ミレイユの言葉に、部屋の空気が静まり返った。
「イスガ王国の姫だった、私からの仕事の依頼です」
「…………え?」
最初に声を漏らしたのはエリアルだった。
だが、それが精一杯だった。
誰一人として、すぐには理解できない。
馬琴は言葉の意味を読み解く。
姫だった――つまり、王国を追われたということか?
いや、追われた王族なら身を隠して暮らすはず――。
ふと、砂漠での道中でエリアルから聞いた話が脳裏をよぎる。
遥か昔、砂漠に消えたとされる幻の王国。
まさか――。
ルティーナはそのまま口に出す。
「まさか、砂漠に消えたという王国……」
「その通りです」
「私は、祖国を追われこの国に王妃であった母と逃げ込み、今では孤児院の院長になっています」
五人は完全に言葉を失った。
一番、顔色が変わったのは、育ててもらったエリアルである。
「えっ……?」
「ミレイユが……姫様?」
そしてミレイユは小箱を開ける。
その中には一本の鍵が収められていた。
古びてはいる。
だが不思議なことに錆一つなく、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。
「……鍵?」
エリアルは首を傾げる。
「ただの鍵……ですよね?」
「えぇ」
ミレイユは静かに頷いた。
だが、その表情は真剣そのものだった。
「ただし――」
一度言葉を区切る。
「この鍵は、イスガ王国を完全に終わらせるための『鍵』なのです」
「「「「「……は?」」」」」
全員の反応が綺麗に揃った。
あまりにも話が飛躍しすぎていた。
鍵。
王国。
――終わらせる。
それらの単語が頭の中で繋がらない。
馬琴ですら理解が追いつかない。
(いやいやいや……流石に意味が)
「(情報量が多すぎるんだけど!?)」
だが。
ミレイユは冗談を言っている顔ではなかった。
むしろ――。
長年胸の奥に閉じ込めてきたものを、ようやく打ち明けられる。
「まずは、イスガ王国についてお話しなければなりません」
静かな声だった。




