第94話 襲撃ノ業報
ルティーナ達は、いつ襲撃が来るのか分からない。
だが、バッシュ達もまた同じだった。
出国した五人がいつ戻るか分からない――。
だからこそ、馬琴は近日中に仕掛けてくると睨んでいた。
しかし――。
二日。
三日。
何事も起こらなかった。
だが、その静寂は安心ではない。
シャルレシカは夜ごと索敵を続け、
サーミャ達も身を潜めながら合図を待った。
そうして緊張のまま四日目を迎える。
「ルナぁ~っ!!」
突然、シャルレシカが反応する。
その声に、部屋の空気が一瞬で張り詰める。
「来ましたぁ!!」
「孤児院の二キロ圏内にぃ、こっちへ向かって来る悪意がありますぅ!!」
「っ!」
ルティーナが立ち上がる。
「数は?」
「二十ぐらいですぅ~!」
その報告に、全員の表情が険しくなった。
ついに来た。
だが――。
シャルレシカはさらに顔を青ざめさせる。
「まだ増えてますぅ……」
「増えてる?」
「はいぃ……」
ルティーナは小さく息を吐いた。
襲撃が遅れた理由が分かった。
想定以上に人数を集めていたのだ。
「聞いてた人数より多いじゃない!」
(金に目がくらんだクソ野郎共が……)
エリアルもルティーナと同じ気持ちを抱えながらも、作戦を遂行するため冷静に努める。
「それじゃ、僕はミレイユに伝えてくる」
エリアルが即座に立ち上がる。
「子供達のことはまかせたよルナ」
「まかせて」
ルティーナは頷いた。
そしてシャルレシカへ視線を向ける。
「シャル」
「予定通りいくわよ!」
馬琴はサーミャの手に仕掛けていた【光】を起動した。
サーミャ達へ襲撃を知らせる狼煙は上がった。
そんな中、エリアルは足早に廊下を進む。
胸の奥がざわつく。
子供達が危険に晒されようとしているのだ。
だが今はルティーナ達がいる。
恐怖に飲まれている暇はない。
そして――院長室へ飛び込む。
「ミレイユっ!」
浅い眠りについていたミレイユが目を覚ます。
「エリアル? まさか――」
「はい」
その一言で十分だった。
ミレイユの顔色が変わる。
「そう……」
「子供達は?」
「今、ルナが準備をしています」
「さぁミレイユも子供部屋へ」
二人はすぐに行動を開始した。
一方、ルティーナは子供部屋に到着していた。
部屋の中では十七人の子供達が無防備な寝息を立てている。
今回の作戦で最も重要なのは、子供達を守ることだった。
十七人。
一人ずつ起こさないよう【眠】と【硬】)を描いていく。
額に汗が滲む。
画数の多い文字は想像以上に時間が掛かった。
やがて最後の一人を書き終えた頃――。
「あの……ルナリカさん」
ミレイユが不安そうな声を漏らした。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫です」
ルティーナは即答する。
「少し違和感は残るかもしれませんけど、危険はありません」
そして小さく笑った。
「だから安心してください」
ミレイユは静かに頷いた。
――その時だった。
勢いよく扉が開く。
「ルナぁ~!」
飛び込んできたのはシャルレシカだった。
「来てますぅ!!」
肩で息をしながら報告する。
「五百メートル圏内に入りましたぁ!!」
「間に合ったぁ――」
ルティーナが安堵しようとした瞬間――。
シャルレシカの顔が引きつりながら続きを言う。
「よ、四十人ぐらいになってますぅ」
「はぁ?」
ルティーナの目が点になった。
「四十?」
「はいぃ……」
シャルレシカは必死に頷く。
「孤児院を取り囲むように集まってますぅ」
二十どころではない。
完全に想定外だった。
「あいつら……」
怒りがあらわになるエリアル。
だが。
ルティーナの口元は逆に笑っていた。
(四十人? まとめてゴミを捕まえる手間が省けたじゃないか)
シャルレシカはさらに続ける。
「玄関側と裏口側に分かれ始めましたぁ」
「それからぁ――」
水晶玉を見つめながら言った。
「ミヤ達も近付いて来てますぅ」
ルティーナは満足そうに頷いた。
そして立ち上がる。
「それじゃエルは玄関でミヤとうまくやってね」
「うん」
「私は裏口へ行くわ」
「シャルとミレイユさんはここ居てください。硬くして安全は確保しますから」
――ついに防衛戦が始まる。
守るべきものがある。
仲間がいる。
負ける気がしなかった。
エリアルは玄関から堂々と出ていき、炎を纏わせた剣を手に仁王立ちする。
――バッシュは理解できなかった。
「な、どうしてエリアルがここにいる」
「タッセ! てめぇ~っ!」
タッセは言葉に詰まる。
確かに見た。
確かに確認した。
門から出国した。
なのに――。
「な、なんで……」
思わず後ずさる。
目の前に立つエリアルは、彼らの知る少女ではなかった。
冷たい。
恐ろしい。
そして何より――心の底から怒っていた。
「あなた達――」
静かな声だった。
だが、その声に宿る怒気だけで空気が凍り付く。
「僕の家族――子供達に手を出そうとしたのよね?」
誰も答えない。
答えられない。
「そんなにお金が欲しいなら!」
「最初から僕だけを狙えばよかっただろう!」
エリアルが一歩前へ出る。
その瞬間。
男達が一斉に後退した。
本能だった。
危険だと理解してしまった。
「どうして――」
さらに一歩。
「どうして――」
また一歩。
バッシュは思わず叫んでいた。
「う、うるせぇ!!」
恐怖を振り払うように。
「てめぇが悪いんだろうが!!」
「……僕が?」
「そうだっ!」
バッシュは吐き捨てる。
「あんな大金を見せびらかしやがって!」
「孤児院なんかに寄付しやがって!」
「どう考えたって、使いきれねぇだろうが!」
「てめぇが、孤児院を危険にさらした張本人じゃねぇかっ!」
その瞬間だった。
エリアルの瞳から感情が消えた。
完全に。
「そうか……」
ぽつりと呟く。
「――もういい」
「――『ソード・オブ・ブリザード』」
(【凍】)
魔剣が冷たく輝いた。
「貴様らを切り刻みたい気分だが――」
「この地だけは、お前たちの血で穢すわけにはいかない……」
エリアルは鋭く剣を振り下ろす。
空気が凍る。
その冷気を浴びた男達の足元が一瞬で氷結した。
「ぎゃあああああっ!!」
悲鳴。
そして――混乱。
逃げ出そうとした男達を、背後から雷撃が襲う。
轟音――。
天を仰ぎながら失神する。
玄関側の暗闇からサーミャが現れた。
「よぉ、仲間に入れろよ」
男達の背筋が凍る。
「四日間も暴れられなかった憂さ晴らしに付き合ってもらうぜ」
「「「ひっ――」」」
悲鳴が暗闇を駆ける。
次の瞬間――。
「ぎゃああああああっ!!」
「待たされた分、きっちり楽しませてもらうぜぇ」
サーミャは心底楽しそうに笑いながら、男達を次々に気絶させる。
――バッシュはようやく悟る。
終わった。
最初から。
勝負にすらなっていなかったのだと。
だが。
本当の地獄は裏口側だった。
――――。
「ぐあああああっ!!」
ユルゲンは地面を転がった。
息ができない。
みぞおちに入った一撃で身体が言うことを聞かなかった。
目の前の少女は。
どう見ても――。
可愛らしくて。
優しそうなのに……。
「まだ立てますかぁ?」
にこにこと笑っている。
「う、うそだろ……」
全身が震える。
「なんなんだお前……」
ロザリナは首を傾げる。
「回復師ですけど?」
「んなわけあるかぁぁぁぁーっ!!」
絶叫だった。
直後。
再びロザリナの拳が炸裂する。
「ぶべはっ!?」
――吹き飛び、門へ激突する。
地面に転がったユルゲンは立ち上がれなかった。
だが。
ロザリナは困ったように頬へ指を当てていた。
「うーん」
「加減が難しいですねぇ」
「化け物だろお前ぇぇぇぇ!!」
ユルゲンが泣きそうな声を出した。
「ひどぉ~い……」
「私、回復師なのに」
「だからだよっ!!」
ユルゲンは助けを呼ぼうと振り返る。
だが、その声は喉で止まった――。
そこには、どや顔のルティーナと地面に張り付いたまま必死にもがく仲間達の姿があった。
ルティーナは事前に、子供達と遊びながら漢字の罠――【粘】を、あらゆるところに仕掛けていたのだ。
誰一人として動けない。
――勝てるわけがなかった。
そしてロザリナは。
相変わらず穏やかな笑顔で言った。
「それじゃあ」
「回復師なんで、二度と悪いことを考えたくならないように治療してあけましょう」
裏門での最後の断末魔が響き渡る――。




