第92話 冷静ナ判断
温泉施設の休憩所。
ルティーナ達は、雑談を装いながら、自分達に悪意を向ける男達の会話へ耳を傾けていた。
――もちろん。
シャルレシカの水晶越しに。
「ユルゲン、さっきガキが戻った席にいる五人だ」
「あいつらの、顔をとにかく覚えろ」
「へぇ~」
「ガキ以外は、なかなか色っぽい姉ちゃんばっかじゃねぇか」
「全く、お前は本当に女しか見てねぇな」
「(なぁなぁ、色っぽい姉ちゃんって――あたいのことだよな?)」
「(なかなか見る目あるじゃねぇか、あの髭野郎)」
非常時にもかかわらず、笑みがこぼれるサーミャ。
「でもよぉ……あの胸に埋もれてみてぇもんだ」
「そっちを覚えちまいそうだぜ」
「(ふにゃ? 埋もれるぅ?)」
「(けっ! シャルの方かよっ)」
サーミャに殺意が芽生えた。
「(魔法ぶち込んでいいか?)」
「「「「(駄目っ!)」」」」
危うく吹き出しそうになる。
幸い、男達には自然な会話に見えていた。
そして――。
会話の内容は徐々に核心へ近づいていった。
バッシュは武闘大会へ足を運んでいた。
その目的は試合観戦ではなく――エリアルの監視だった。
「今年は準優勝か……まぁ金貨三百枚でも上出来か」
「しかし、あのガキが優勝するとはな……」
「でも、あいつらだけで金貨千枚以上?」
「俺達なんて、一蹴されませんかね?」
「だから、おめえはあいつらの顔を覚えろっつんだよ!」
会話の内容に、馬琴は違和感を覚える。
(なんで、顔を覚えさせようとしているんだ?)
「しかし、馬鹿な女だよなぁ」
「今年も全額寄付したんだろ?」
ルティーナの表情が険しくなる。
やはり――。
エリアルの寄付が原因だった。
エリアルが言っていた『最近治安が悪くなった』という話。
その理由がようやく繋がった。
男達は賞金の行方を追い続けていたのだ。
「兄貴ぃ、もう覚えましたぜ」
「よし」
「タッセ、お前は明日の朝から門を張れ」
「え? まさか?」
「あぁ、連中が全員出国するまで監視しろ」
「へい」
「(明日、出る気配には見えねぇけどな)」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何もないです」
そこへ三人目の男が合流した。
そして――。
彼らはさらに踏み込んだ話を始める。
「よぉバッシュ、例の件、声をかけてきたぜ」
「どうだった?」
「二十人くらいなら集まりそうだ」
ロザリナは笑ったふりをしながら、疑問を投げかける。
「(二十人? なんのことでしょう?)」
「それだけいれば、孤児院のガキ共を全員拘束できるな」
「近隣の護衛団の方は?」
「別の事件を起こして、近づけないように足止めさせる」
「なら問題ねぇな」
男達はうすら笑いをしながら見つめあう。
下卑た笑いだった。
「(あいつら……まさかっ!)」
エリアルの肩が震える。
怒りだ。
当然だった。
自分の育った孤児院。
何もしらない子供達。
守り続けてきた場所。
それを金目当てで襲撃すると言っている――。
「(エル、落ち着いて)」
「(な――これが落ち着いて――)」
「(お願い)」
ルティーナは、わざと机から飲み物をこぼす。
「きゃっ!」
それに白々しくサーミャが芝居に乗る。
「ルナぁっ!」
「あたいの浴衣にかかっちまったじゃねか!」
周囲の視線が一瞬こちらへ集まる。
男達も反射的に視線を向けた。
「ごめんごめん、つい手が」
だが。
すぐに興味を失う。
「騒がしい連中だな」
「気にするな」
そして再び会話へ戻った。
ここで動いてはいけない。
まだ。
今は耐える時だった。
ルティーナはエリアルを必死に制止する。
「そうですねぇ」
「孤児院に金があっても意味はないですよねぇ」
「あぁ俺達が有効に使わせてもらわなきゃな」
「「「ひひひっ」」」
その笑い声に。
エリアルの怒りは頂点に達していた。
――だが彼女は耐えた。
せっかく、一緒に付き合ってくれたこの場を――自分の怒りで台無しにしたくなかった思いが先行した。
やがて。
三人は解散する。
そしてシャルレシカが小さく頷く。
「施設から外に出ましたぁ~」
すかさずルティーナはシャルレシカに確認する。
「三人の気配は覚えた?」
「ばっちりですぅ~! いつでも追跡できますよぉ」
それを確認してから。
ようやく全員が息を吐いた。
「ルナっ!」
エリアルが声を上げる。
「追跡できるなら、今すぐ捕まえないと――!」
「駄目よ」
ルティーナは即答した。
「でも!」
「落ち着いて、エル」
ルティーナは真っ直ぐ彼女を見る。
「今の段階じゃ、あいつらは計画を話していただけ」
「捕まえる証拠にはならないわ」
エリアルが言葉を失う。
「私達が先に手を出したら、逆にあいつらにとって好都合よ」
分かっている。
分かっているからこそ悔しい。
「それに」
「もし私達が先に手を出したら?」
「向こうは被害者を装うかもしれない」
ルティーナは確信を突く。
「私達が捕まったら」
「――孤児院は誰が守るの?」
その一言が決定打だった。
エリアルは唇を噛む。
「――っ」
感情だけで動けば。
本当に守るべきものを失う。
それが分かった。
「ごめん……止めてくれてありがとうルナ」
「感情的になりすぎた」
「ううん」
「普通なら怒るよ」
ルティーナは優しく笑う。
そして。
少しだけ悪戯っぽく口元を吊り上げた。
「だから発想を変えましょう」
「え?」
「襲わせればいいのよ」
エリアルの顔が歪む。
「は?」
「現行犯で」
他の三人も顔が固まる。
――ルティーナは続ける。
孤児院を守る。
犯人も捕まえる。
見せしめにもなる。
「つまり、一石三鳥よ」
サーミャがニヤリと笑う。
「なるほどな」
「それなら堂々と叩き潰せるぜ」
「――あたいへの屈辱、万倍にして返してやる」
(違う逆恨みを買ってるなあいつら……)
「ミヤ? 調教なら私も手伝いますよ」
ロザリナも笑みがこぼれる。
(リーナが切れたら怖ぇ〜)
だが。
全員の顔から暗さは消え始めていた。
『私達ならあんな奴ら、余裕で勝てる』
そう思えたからだ。
しかし、孤児院を襲撃させるとしてもエリアルには不安が残る。
「子供達は? どうするんだ」
エリアルが尋ねる。
そこだけは譲れない。
しかし、ルティーナは胸を張った。
「任せて」
「絶対に起こさない」
「誰一人怖い思いなんてさせない」
「私が守るから」
その言葉には不思議な説得力があった。
エリアルは目を見開く。
そして。
小さく笑った。
「……ありがとう」
「凄いな、ルナは」
「私達、友達でしょ?」
胸を張るルティーナ。
その姿に。
全員が笑った。
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
エリアルは静かに頭を下げた。
「お願いだ」
「僕に力を貸してほしい」
その言葉に。
四人は顔を見合わせた。
そして同時に笑う。
「「「「もちろん」」」」
その瞬間。
エリアルの目から涙が溢れた。
張り詰めていたものが切れたように。
一人で責任を背負い続けてきた。
でも、今は違う――こうして自分を心配してくれる友達がいる。
「ありがとう……」
「本当に……ありがとう」
誰も茶化さない。
誰も笑わない。
ただ静かに受け止めていた。
早速ルティーナは、作戦会議を始める。
もちろん考えるのは馬琴であるが……。
その内容に全員が即座に了承する。
「任せな」
「頑張ります」
「ふにゃぁ~」
「うん」
そして――。
翌朝。
孤児院の下見を兼ねて訪問することにしたルティーナ達。
「おはようございます」
「エリアルさんはいらっしゃいますか?」
門を開けたのは一人の女性だった。
黒髪。
穏やかな微笑み。
高齢を感じさせない整った顔立ち。
「いらっしゃい」
「貴方たちがエリアルの言ってたお友達?」
「はい」
「もしかして院長さんですか?」
「ええ」
女性は優しく微笑む。
「この孤児院の院長のミレイユです」
「話はエリアルから聞いています」
「私達の為に……本当にすみません」
ルティーナは思わず目を瞬かせた。
(この人が……)
年齢から想像していた姿と違い過ぎたのである。
だが。
その微笑みの奥にある優しさは。
どこかエリアルと重なって見えた。




